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第77話 あなたは誰?

「嘘…もしかして記憶喪失なの?」


 花と呼ばれた少女が震える声で泣きそうな顔をして私に近づく。

 私は自然とその少女の手を取るときゅっと握りしめた。なんでそんなことをしたのか不思議だったけど、少女が悲しむのが嫌だったのだ。


「結菜お姉ちゃんは記憶を無くしても優しいんだね…」


 少女は流れる涙を拭いながら私の隣に座って肩に手を回して抱きついた。


「あの…あなたとはどういう関係だったのでしょうか?」


「私は隣にいる累の義理の妹。結菜お姉ちゃんは私のお友達でお姉ちゃんなの。仲良しだったんだよ?」


 すっかり萎れた花のようになった花と名乗る少女の頭を撫でた。


「忘れてしまってごめんなさい」


「ううん。事故のせいだから仕方ないよ。無事で良かった」


 花は目尻に溜まった涙を拭って私にぎゅっと抱きついてきた。

 知らない人に抱きつかれたら普通は不快なはずなのに、不思議と花に抱きつかれたら嫌な気持ちにはならなかった。

 集まった人たちはみんな困惑気味で、でも皆私の身を案じてくれていることがわかったので私はお礼を言った。


「あの…皆様、お見舞いに来ていただきありがとうございました。少しずつですが思い出すように努力しますので、よろしくお願いします」


「結菜…無理しないでね。急いで思い出そうとしたら心や頭に負荷がかかりそうで怖いんだ」


 累がそういうと皆も頷く。私はそれがありがたくて頭を下げた。


「本当の私がいつ戻ってくるかわかりませんが、どうか見守っていただけたら嬉しいです」


「でも退院したらどうするの?記憶がないから累さんと暮らすのが不安だったらうちで面倒みるよ?」


モデルのように綺麗な女性がそういうと、累は彼女に対抗するように言った。


「いえ。やっぱり俺が面倒見ます。結菜も俺のそばにいたほうが記憶が取り戻しやすいと思うので…」


「そっか…。結菜はそれでいい?」


「私は…この方がいうことが本当みたいですので、一緒に暮らすのが一番なのかと思います。ご迷惑はおかけしますが、えっと…累さんと一緒に生活します」


「そっか…結菜がいいなら…でもいつでも家に来てもいいんだからね?」


モデルのように綺麗な女性はそういえばと言って名乗ってくれた。


「私は五木ななみ。結菜の学生時代からの友達だよ。良平とも仲良くしてる。今はアパレルで働いてるの」


「ななみさん…」


「じゃあ次は私が…佐々木愛花だよ。結菜の同僚で仲良し。一緒にお弁当食べたり恋バナする仲かな。今は結菜と良平くんから紹介された栄くんと同棲してる」


 こちらもスラリとした美人が自己紹介をしてくれる。


「俺は飯田栄。愛花の恋人だよ。君とはちょっと特殊な事情で知り合ったけど、愛花と出会わせてくれて本当にありがたく思っているんだ。少しでも記憶を取り戻す手助けになればいいんだけど」


 栄は恐ろしく顔が整ってスタイルもモデルなみに良い。


「結菜さんは私のお店の常連で、癒しの存在です。あなたが失った記憶を呼び覚ますお手伝いができればいいのですが…。バー蓮花のマスターをしております鈴村蓮です」


 いぶし銀な男性にバーのマスターなんて似合いすぎていてすごくしっくりきたし、なんだか懐かしい気持ちになった。


「ちょっと場違いかな。俺は結菜ちゃんのことはあまり知らないけど、花ちゃんの心の成長に貢献してくれた大恩人だから名乗るね。田村英二。花ちゃんの彼氏に立候補中で累の友達だよ」


 派手なオレンジ髪の男性が自己紹介をしてくれた。関係が薄かったせいか、全く何も感じなかった。


「最後に俺か。黒沼諒。黒沼財閥の長男でお祖父様から勧められて君にプロポーズしたけど振られた男だよ。今は君のこと諦めて前を向うとしている」


 スラリとした長身に高級そうなスーツを嫌味なく着こなした男性がそう自己紹介をしてくれた。

(私にプロポーズしてくれていた?全然思い出せない)


「あとこの場にいない白状者が一人いるんだよ。結菜の幼馴染で累の恋敵だった高木良平。一応知らせは受けてるはずなのにくる資格がない〜とか言って来てないの」


 花が鼻息荒くプリプリ怒っているその人の名前には聞き覚えがあった。幼い頃いつも手を引いてくれた。いつも私を守ってくれた優しいお兄ちゃん。


「良平のことだったら少し覚えてる」


 そういうと病室内がざわめく。隣に座っていた累はあからさまにショックを受けた顔をしていて、これは言ってはいけないことだったんだとすぐに理解したが、もう遅かった。

 自分の名前すらわからないのに良平のことはしっかり覚えてる、お父さんが亡くなっていて、佐和子さんが女手一つで育てた良平は女の子にも男の子にも優しくてすごくいい人。私にもいつもお兄ちゃんとしてせしてくれて、失恋したらいつも慰めてくれたし、いいことがあったら一緒に喜んで、悲しいことがあったらよりそてくれた。大切な大切な私の幼馴染。どうして良平のことだけ覚えているんだろう。やはり助けてくれる存在だからだろうか。

(良平は…確かにお兄さんだけど、なんだろう。何か悲しいことがあったような…思い出せないけど確かに何かあったはず)

 頭の奥が焼き切れそうだったが思考した。だがそれでも思い出せない。よっぽど重要なことなのだろうが、どうしても思い出せなかった。



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