神社の頂上から見る景色は絶景だった。前に遮るものがないので割と遠くまで見渡せて累と私の家も見えたのが少し嬉しかった。
私と累は階段の縁で眼下に広がる景色を眺めた。
「あそこが俺たちの家だね」
ちょうど累もそこを見ていたようで顔を寄せ合って2人のマンションを眺めた。
顔が近くて少しドキドキしたけど、累も流石に神様のいる神社では何もしてこなくてホッとした。
「結菜今ホッとしたでしょ?」
ズバリ言い当てられてたじろぐ。
「ええ!どうしてわかったの?」
「あはは。気づいてなかった?俺が顔を話した時、ほ〜って息ついてたよ?」
「えええ!失礼なことしてごめんね」
「いいよ。ここは神聖な場所だからね。気持ちはわかるから」
まさか無意識にそんな反応をしていたとは。猛烈に反省した。
しょぼくれている私に累は手を引いて神社の参拝の場に引き寄せた。
「お参りしよう。これからのことを祈って、それで幸せに暮らそう」
「そうだね。お参りしよっか」
私と累は5円玉を入れてから手を叩いてお願いごとをする。凪いだ空気がその場に広がり、しばらく私たちは静かに祈っていた。
「結菜…お願い終わった?」
累に声をかけられてハッとする。熱心に祈っていたので随分時間を使ったようだったのだ。
「あは。恥ずかしい。熱心に祈りすぎかな」
「そんなことないよ。それだけ2人のこと考えてくれてるんだって思って嬉しかったから」
累は上機嫌で手を出して私の手を握ると、来たばかりの石段を降りる。途中、一瞬、累から手を離して上空を舞う鳥を見ていた時、バランスを崩して石段を踏み外してしまった。
そこからはあっという間の出来事だった。急坂でバランスを崩して結構下の方まで転がり落ちてしまったのだ。目の前が赤くて頭を動かせない。体も傷んだけど動かすおとができない。累は慌てて階段を駆け降りて救急車を呼んでくれているのがなんとなく聞こえてきたけれど、急に眠くなってそのまま意識が途絶えた。
目が覚めるとそこには知らない天井があって、腕には点滴が繋がれており、ピッピッと規則正しい音が鳴る機械があった。
それらをぼーっと見ていると、部屋の扉が開いて男の人が看護師らしい人と一緒に入ってきた。
「あの…ここは?」
2人に話しかけると、両者とも驚愕して私に駆け寄ってきた。
「ああ!良かった。もう3日も意識が戻らなかったから心配していたよ。結菜」
「結菜?あなたは誰?」
「――――!!」
そう問いかけた途端、男の人の顔が悲しみに歪む。看護師さんは先生を呼んでくれたらしく、白衣を着た長身の先生がやってきて私のことを診てくれた。
「頭を強く打ったために一時的に意識が混濁しているのでしょう、脳内のCTには何も問題なかったから原因ははっきりとはいえないのですが、時々あるんです」
「元に戻るんでしょうか?」
男の人は心配そうに聞いていたが医者は首を振る。
「こればかりは、いつ思い出すのかお伝えすることはできません。申し訳ありませんが、経過を見ていくことしか…」
「そうですか…」
男の人は肩を落として項垂れている。私はなぜかその人を慰めたくてベッドの縁に腰掛けている男の人の手をそっと握った。
「結菜!思いだしたの?」
「いいえ。でもなんだか…あなたのことを慰めたいと思って…なぜでしょう。知らない人なのに」
「知らない人…」
その言葉は男の人の心を深く抉るようで、肩を落としてしまった。失敗したと思った。私の一言でこの人は一喜一憂する。つまり私にとって親しい人だったのだろう。全然実感が湧かないが、この人は大切にしないといけないと私の本能が叫んでいた。
「あの…お名前を伺ってもいいですか?」
「沢村累だよ君のフィアンセ。君は泉川結菜。ちょうど同棲を始めた初日に俺のミスで怪我させちゃって…これって天罰かな」
累は涙を堪えているようだった。私は累の背中をそっと摩る。そうしている間にまた扉が開き、見知らぬ人達が病室に入ってきた。
「結菜!無事で良かった」
すごく綺麗な女の人が私を見て涙を流している。その隣にはパートナーであろう男の人がいて、2人はとても美しくて思わず見惚れてしまった。
「心配しましたよ。これ、お店からのお見舞いです」
白髪のいぶし銀な男性から紙袋を受け取ると困惑しながらもお礼を言った。
その中の一人、若い女の子が私にぎゅっと抱きついて涙ながらに言った。
「良かったよ〜!!結菜お姉ちゃんがいなくなったらって思ったら怖かった…無事で本当に良かった」
「花ちゃん、頭打ってるからあまり激しくしちゃダメだよ」
「うう。英二に正論言われると腹たつ〜」
花と英二という2人は仲がいいのか悪いのかよくわからない。
「結菜…さっきからキョロキョロしてるけど何かあったの?」
モデル体型の美人さんが声をかけてきてちょっとびっくりしていると、スラリとしたスーツを着込んだ男性がその美人さんに声をかける。
「なんだか、いつもの結菜さんじゃないような…彼女の返答を待ちましょう」
ふと扉の外を見ると悲しげな顔をした優しそうな男の人が私を見ていたが、目が合うと立ち去っていった。
「あの〜。ごめんなさい。私。何もわからなくて、皆さんのことも私のことも。何も覚えてないんです」
そう自己申告すると一同驚きのあまりさっきまで賑やかだった病室が静まりかえった。