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第75話 お参り

(また余計なこと言っちゃった?)


 累の表情がすぐれないので少し心配になる。やっぱりまだお父さんとお母さんのことを言うのは良くないのかもしれない。

 私は即座に話題を変えた。


「ねえ累。暗くなる前に少し外出しない?たまには累とぶらぶらお散歩したいな。この家の周辺も知っておきたいし」


 すると累は嬉しそいうに微笑む。


「ああ!そうだね。ここに住むなら色々知っておいた方がいいから。これ食べ終えたら出ようか」


(良かった。累に笑顔が戻って)


 累は家族について考えるのにまだ時間が必要なのだろう。特にうちの両親に会ってから自分の家がいかに異常だったかを実感したようで、時々考えるようになってしまっていたから。

(過去は変えられないし、助けてあげられない。だから今できることをしよう)

 今できることは累が心休まる家族になること。それだけだった。


「じゃあ行こうか」


 累はシンプルなダウンを羽織ると伊達メガネとマスクで顔を隠して2人で家を出た。私も顔を隠して欲しいとお願いされたためマスクをつけてニットキャップを被った。寒さが肌をさす冬の日。空は美しく澄み渡っていた。


「綺麗ね。心が洗われるみたい」


「この先に神社があるんだ。少し歩くけど行ってみない?」


「うん!おすすめの場所があったら行ってみたい」


 累はそっと指を私の指に絡めて累のボケットに突っ込むと歩き始めた。

(あ…嬉しい。それにあったかいな)

 カバンの中には手袋があるが、つけていなくてよかったと心から思った。

(ふふ。ちょっとズルいかな?でも少しでも触れ合いたい)

 私は累と触れ合えることが嬉しいのでこういう機会は逃したくなかった。

 しばらく道なりに歩いていくと、上に続く長い石段が右側に現れた。


「うわわ。すごい階段だね」


「ふふ。長いだろ?でもこの石段を登ってると、これだけ頑張ってお参りするから願い事も叶うんじゃないかって思えるから結構気に入っている」


「確かに!神様に会う前にこれだけ苦労したら何か叶いそうな気がしてくるのすごくわかるよ。累はもうお願い事決まったの?」


「ああ。願い事は一つ。ずっと結菜と幸せに暮らせますように」


「えっ!それが願い事なの?」


「うん。今は仕事は順調だし、あと願うとしたらやっぱり結菜のことかなって」


「ふふ。私も似たようなものかな。累と仲良く暮らせますようにってお願いしようとしていたの」


「なんだ。結菜もなんだね。じゃあ2人からお祈りするんだからきっと叶うよ」


(そう。きっと叶う。というよりも叶えてみせる。)


 私はそうグッと心の中でガッツポーズを取ると累と一緒に石段を登り始めた。今日はたくさん歩くだろうから歩きやすい靴で来ていたので、長い石段は体力的には大変だったけど、足元はしっかりしていた。


「歩きにくくない?石段、手作りっぽくてガタガタしてるから、しっかり掴まっていて」


「今日はヒールじゃないから大丈夫だよ。近所を散策していっぱい歩くと思ってたから最初から沢山歩く日用の靴だから心配しないで」


「えらいね。見た目じゃなくて機能性を重視する考え方好きだな」


(累はどんな些細なことでも私のことを褒めてくれる)

 それが嬉しくてこそばゆかった。


「累は普段からトレーニングしてるから全然息が上がってないね」


 私は肩で息をしているが、累は息があがらず平地を歩くのと変わらない様子だった。

(そういえば最近配信の話をしていないけど、結局どうなったのだろう)


「こんな時に突然ごめんね。今配信ってどうなってるの?復帰したって話を聞かないけど」


「ああ。配信はやめたんだよ。元々息抜きで初めたものだったから。今は結菜がいてくれるしね。ただ。やめて間もないから色々用心はしていて、この前みたいなことがあったらこまるから…」


 驚いた。累は配信をそれなりに楽しんでいたようだったので、それをやめてしまうなんて、本当に良かったのだろうか。


「累、もし私に遠慮してるのなら、気にしなくていいんだよ?ちょっと嫉妬とかしちゃうかもしれないけど、累のこと縛りたくないの」


 すっと累が悲しそうな顔になる。一体どうしたのかと思っていると、ゆっくりと累が話し始めた。


「俺は結菜に縛って欲しい。結菜に俺が結菜以外見ないで欲しいって思って欲しい。やっぱり俺自身がなくて、結菜は淡白なところがあるから不安なんだ」


「ごめんね、確かに私淡白かも。もっと愛情表現を出せるように頑張るから、累は変な方向に向かわないでね」


「わかってる…努力するよ」


 累はそういうと私の手を引いてまた石段を上り始めた。石段が中程まで来た頃に振り返ると眼前にはふだん暮らしている街並みが広がっており、それを高いところから見るのは不思議な感覚だった。


「ああ。いい景色だろ?てっぺんから見るとさらに綺麗だから、もう少し頑張ろうか」


「うん!綺麗な景色も楽しみ!あ、そうだ、お守りとかおみくじもあるのかな?」


「大丈夫だよ。ちゃんと買えるから」


「良かった!今年こそ大吉を引きたいんだ〜。去年は末吉でパッとしなかったから」


「今日の頑張りに免じて神様がきっと大吉を引かせてくれるよ」


 だったら嬉しい。おみくじは私の一年のモチベーションにつながる新年の大切な行事なのだ。


「え〜い!!あ!やったあ」



「どうだった?」


「大吉が出たよ〜嬉しい!“今年は一年思うままに進むでしょう“だって」


「いいのが出たね。俺は中吉だったよ“苦難あり。乗り越えた先に光が見えるでしょう”ってなんだかいいのか悪いのかわからないよね」


「ふふ。光が見えるって書いてあるからきっといいことがあるんだよ。ね?」


「結菜のその前向きなところ好きだな。ありがとう。元気が出てきたよ」


 累はふっと優しく笑うと私の髪の毛をくしゃくしゃに撫で回した。

 累は何かあるとすぐに私の頭をくしゃくしゃにしてしまうのでいつも手鏡を持ち歩いて乱れた髪の毛を直す癖がついてしまった。


「もう。累は!わざとでしょ!」


「はは。結菜の反応が可愛くてつい…ごめんね」


 私は拗ねたふりをして階段に向かって歩き始めた。


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