「うん。私は仕事を続けたい。ずっと家にいたらだめになりそうだから。外で仕事していると気持ちが落ち着くんだよね」
言い切ると累はちょっと複雑な表情になる。きっと私が会社で色々な人と触れ合うのが不安なのだろう。だけどここは引けない。退職したらきっと後悔する。だからどうしても働くのが難しくならない限りは続けたいと思っている。
「ごめんね。累からしたら家にいた方が安心だと思うけど、私は仕事にやりがいを感じているしやめる気はないの。だからお願い。このままそっとしておいて」
「うん。わかったよ。俺も結菜の意見を尊重するって決めたから。わがままは言わない。でも本音ではずっと家にいてくれたなって思ってるんだけどね」
(やっぱりそう思ってたかあ)
累は私が人と触れ合うのをあまり好まないのは知っているが、この家に閉じ込めておきたいという心がまだ完全に拭えていないようで、そこをなんとか矯正していこうと私は心の中でグッと拳を握った。これから一緒に生活するのだから、少しずつでも矯正していこうと思う。だって私もいつまでも元気でいられる確証はない。もし私がいなくなっても生活できるようにしないと、万が一の事故や病気で累をおいていく可能性も考えて、累が一人でも困らないようにしたい。
「累、一緒に過ごせるようになるのは嬉しいけど、依存しちゃだめだよ?ちゃんとお互い自立して生活しようね」
「う…うん。頑張るよ…あまり自信はないけど」
累は本当に自信がなさそうな声で弱々しく言った。困った人だ。でもそれを隠さないくなったことは一歩前進しているのだろう。前だったらきっと隠して一人で思い詰めて変な方向にいっていただろうから。
「ふふ。正直でよろしい」
「うん。結菜と約束したからね。心の澱は口に出してしまうことにしたんだ。そうしたらすごく生きるのが楽になった気がする。ありがとう。結菜。君のおかげだよ」
「ふふ。役に立ててるなら嬉しいな。ねえ累、私はあなたのこと愛してる。だから信じていて欲しいの。私は累以外の人とは恋に落ちないって」
「そうだね…。俺ももっと人を信じられるようになれないとだめだよね。わかった。俺は結菜を信じるよ。愛してる」
ここは飛行機の中。流石にキスはまずいと思って私はまた類の肩に頭を預けた。その意図に気付いたようで累はつむじにキスをしてくれる。それが心地よかった。
日本に着くとそれぞれの家に帰るために別々のタクシーに乗る。しばしのお別れが寂しかったが人が並んでいるからお別れはさっさと済ませてタクシーに乗った。家に帰るとお土産を持って良平の家に向かった。
チャイムを鳴らすとすぐに良平が出てきてくれる。腕にはなのはが尻尾が千切れんばかりにふりながら抱かれていた。
「急にごめんね。実はハワイの両親のところに同棲のお許しをもらいにいってたからお土産を持ってきたよ」
そういうと良平は固まる。
「え…じゃあ隣で同棲するのか?」
どこか傷ついたような弱々しい声で聞かれる。私はそれに首を振った。
「実家はお母さんとお父さんが戻ってきた時の宿泊用に残すことになっているの。私は累の家にお世話になる予定。引っ越すのも来月の3連休になりそう」
「急だな…」
「うん。それにハワイにいた時。プロポーズされて婚約することになったの」
「え…」
早く撫でて欲しい南乃花は良平の腕の中でばたついていたが良平は固まったまま動かなかった。
(私のこと、まだ好きできてくれたんだよね。だからこそ隠したくない。良平は私の大切なお兄ちゃんだから)
良平は私から視線を外すと片手でお土産を受け取ると力無く微笑んだ。
「おめでとう…応援してる。でもごめん。ちょっと今はお前とまともに向き合えないから。今日はこれで…」
今まで見たことのない弱った良平に心が痛む。
(でも私に慣れることは何もない)
私は累が好きだから良平には寄り添えない。これだけは徹底しようと思っていた。下手に何かすればきっとお互い良く泣くことになるだろうから。
「うん…もしかしたら今日が最後かもしれないから…握手してもいい?」
「っ!結菜」
良平はお土産を地面に落としなのはを地面に下ろすと私を強く抱きしめた。
「愛してる。もし今世で結ばれなくてもいい。来世は俺を選んでくれ…結菜…俺は生涯結菜だけを愛してる。他には誰もいらない。だから…ここでお別れだ。結菜…どうか幸せになってくれ」
いつの間にか泣いていた。良平のどこまでもまっすぐなその思いに私は悲しみでいっぱいになった。どうしてこの優しい幼馴染を愛せなかったのか。でも今考えてももう遅い。私には累という愛する人ができてしまったのだから。
そのことに後悔はないし、今はとても幸せだ。だけど良平とのお別れは寂しい。それでもこうしないと先に進めないのならば仕方ない。私は子供の頃のように良平に抱きしめられながらその温もりをしっかり覚えて身を離した。
「じゃあ。バイバイ」
「ああ。元気でな」
そう言って扉を閉めて自宅へ駆け込んだ家の扉を閉じてからズルズルと座り込んだ。まだ良平の温もりが残っているが心は揺れない、ただ大好きなお兄ちゃんがいなくなってしまった喪失感は大きい。
(もう会えないのか…現実味がないけど…来世では…か)
あの口ぶりだと良平は今後誰とも心を通わせる気がないことが気になった。それは悲しい。長い人生を一人で暮らすなんて…。自分に置き換えて考えると信じられないくらい悲しかった。
(栄さんに相談して良平のこと見守ってもらおう)
私は早速愛花に連絡を取って栄さんから良平の様子に気を配って欲しい旨を伝えた。
「そっかあ。確かにそれは心配だね。わかった。良平くんのことは私と栄に任せて。ちゃんと見守るから…」
「ありがとう。そう言ってもらえてホッとしたよ。私良平にも幸せになって欲しいから。できればこらから長い人生一人で生きていくのはきっと寂しいことだから。どうか良平のことよろしくお願いします」
「うん…良平さんにも幸せになって欲しいよね。しばらく時間はあっかるかもしれないけど…幸せに慣れる道がないか一緒に見守っていくから。結菜はちゃんと累さんのこと見てあげてね。彼も不安定だし…結菜は大変だね。心が苦しくなったらいつでも連絡して。私でよければいつでも力になるから」
頼もしい言葉に私は涙が止まらなくなった。