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第70話 子供

「やっぱり子供の時のことがあるから?」


 累は子供の頃母親の愛に飢えていたから、その影響で子供が欲しくない様子だった。

 だからここははっきりさせておいた方がいいと思って質問する。


「うん。俺、子供が嫌いとかじゃないけど、単純に不安なんだ。子供のこと愛せるかどうか。だけど結菜がどうしても子供が欲しいなら…頑張るよ」


 無理なんてして欲しくない。だって累が不安に思うことを無理矢理なんてできなかったから。


「累。今はそのことは考えなくていいよ。確かに私の体にはタイムリミットがあるからいつまでも待つことはできないけど、結婚してすぐに…とかはないから。ね?だから安心して。でも私は累と2人だけで過ごしていくのもいいかもって思ってる。子供は必須じゃないってこと忘れないで」


 そう。私は子供はできたらいいな。くらいの認識なので累だけが苦しむことになったら困ると思いちゃんと言葉にして伝えたのだ。今は選択して子供を持たない夫婦だって沢山いる。自分たちがそのうちの2人になっても何も問題ないだろう。


「結菜ありがとう。俺のこと考えてくれて嬉しいよ」


 累はそういうと結菜のことをぎゅっと抱きしめてベッドに運ぶと布団に潜り込んで腕枕をしてくれた。


「ふふ。一緒に寝るの。初めてだね」


「そういえばそうだね。でもあったかいな。人の温もりを感じて寝たことなんてないけどこんなにあったかいんだね」


「そうだよ。人の温もりはあったかいんだよ。これからは私が累のことあっためてあげるね」


「うん…甘い匂いがして落ち着く。なんか眠くなってきた」


 累は緊張していたせいもあるだろう。眠そうにウトウトとしている。私はその頭を撫でてあげた。


「おやすみなさい。私も眠るね。いい夢を見て」


「うん。おやすみ」


 そういうと累は静かな寝息を立てて眠ってしまった。その顔は子供のようで可愛らしい。その寝顔を見られるのが自分だけということが嬉しかった。

(累はお母さんともお父さんとも一緒に寝たことがないんだ。花ちゃんはいつも両親と寝ていたらしいから本当に一人だったんだな)

 少し涙が滲む。人肌の温もりを知らずに大人になって、愛を知って少し狂ってしまった累のことが不憫でならない。今はその傷を私が癒せていることが嬉しい。大好きな累がこれ以上悲しまないようにと願いながら私は累の胸に顔を埋めた。


「おはよう。かわいい寝顔見られて幸せだったよ」


 翌朝目が覚めると目の前に累がいて私の顔をじっと見ていた。少し恥ずかしかったけど、昨日私も累の寝顔を見たからおあいこ。そっと頭に手を伸ばして頭を撫でながら挨拶をした。


「おはよう。昨日はゆっくり眠れた?」


「うん。ぐっすりと。これも結菜のおかげだよ」


 私の体温が心地いいらしく目が覚めても累はなかなか私を離してくれなかった。


「累、あまりのんびりしていたらお母さんたちが心配するよ?」


 そういうと累はがばりと飛び起きて大慌てで朝の支度を始める。私はその様子が可愛くてくすくす笑いながら着替えを済ませると2人揃ってお父さんとお母さんに朝の挨拶に行った。


「おはようお父さんお母さん。顔を洗いたいんだけどタオルはどこ?」


「おはようございます。こんな時間まで寝てしまって申し訳ありません」


 お父さんとお母さんは私たちの挨拶に明るく答えてからお母さんが洗面所に行ってタオルを出してくれた。私と累は2人並んで顔を洗って歯磨きをするとダイニングに戻った。そこには昨日の残り物を少しアレンジした料理が並んでおり、お母さんの料理スキルの高さを感じながら美味しく朝食をいただく。


「お母さんの料理は美味しいですね。でも海外だと日本食の材料を確保するのって大変なんじゃないですか?」


「そうなの!近くにたまたま日本用の食材を扱う店があるからちょっと割高だけどそこで買い物してるのよ。それでも完全に揃うわけじゃないから。日本食が恋しいわ」


「お母さんは何が食べたいの?」


「そうねえ。色々あるけど日本の寿司が食べたいわ。あとはお蕎麦とか鰻かしら」


「ああ。やっぱり日本の寿司と違うんですね」


「そうなの。酢飯の味がねえ。ネタもそうだけど寿司っぽい何か、なのよ」


「では日本に来られた際は美味しいお寿司をご馳走します」


「あら!楽しみだわ」


 お母さんはおかわりをした累にご飯を装ってあげながら上機嫌に鼻歌を歌う。


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