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第69話 穏やかな時間

美味しいパンケーキを単横した後、累と私はブラブラと街を歩き回った。知り合いにお土産を買ったり、ウインドウショッピングを楽しむ。日が傾いた頃。お母さんから電話がかかってきた。


「結菜。夕飯の支度ができたから帰っていらっしゃい」


「お母さんありがとう。お手伝いしなくてごめんね」


「ふふ。いいのよ。たまにはお母さんさせて。かわいい娘と息子に美味しい料理を食べさせるのが今の私の楽しみなんだから」


「嬉しい!じゃあすぐに帰るね」


 通話を終えると累にご飯ができたことを告げると、累はキラキラと目を輝かせる。


「それは急いで帰らないと。結菜!早く早く」


 よっぽど楽しみにしていたのだろう。累は子供のように無邪気に微笑んできた道を引き返す。先ほどプロポーズを受けた砂浜の前を通り過ぎた時、キスしたことを思い出して思わず赤面した。

 いつもはそんなちょっとした変化を気にする累だが、今はお母さんの料理で頭がいっぱいになっているようで、気づかれなかったことにホッとする。

 家に着く私と累は手を洗ってからリビングに向かう。そこには所狭しとご馳走が並べられていた。


「すごい…なんて贅沢な…」


 累は言葉を失って立ち尽くす。私はそんな累の背中を押してダイニングチェアに座らせると取り皿に山盛に煮物や揚げ物をとってあげた。


「お母さん累さんがなんでも好きって聞いて張り切っちゃって作りすぎちゃったの。残ったら明日の朝ごはんにするから食べらえっるだけ食べてね」


「はい。いただきます。うわあ。どれも美味しそう」


 累は私が取り分けた料理を一口食べると感動したようにウンウンと頷いた。


「すごく美味しいです。優しい味で、ああ。これが“お母さんの味”なんですね」


「ふふ。喜んでもらえて良かった。遠慮せずにどんどん食べてね。あ。ご飯は炊き込みご飯にしたんだけど食べるかしら。具材はきのこと鶏肉よ」


「いただきます!俺炊き込みご飯大好きなんです」


 子供のようにキラキラした目で返事をする累が可愛くて私は穏やかな気持ちでその様子を眺める。累が憧れていた家族の団欒はこんな感じなのだろうかと思うと、少し切なくなった。


「私もいただきます。ん〜お母さんの煮物相変わらず美味しい!私も作るけどどうしてもこの味にならないのよね」


「あらそう?結菜も料理は得意じゃない。やっぱり手癖というか目分量でやってるからかしらねえ。今日は成功したけど時々とんでもない失敗をしちゃうから本当はレシピ本を見た方がいいんだけど、面倒なのよね」


「ふふ。とんでもない失敗もたまにだったら大丈夫だよ。私はお母さん流目分量料理の方がずっと好き」


「あら、嬉しいことを言ってくれるじゃない」


「俺もそう思います。こっちの唐揚げも美味しいですね」


「それは特製ダレに一晩つけてたの。自信作よ」


「うん。これお父さんも好き」


 わいわいと楽しく食事をする。暖かな時間がすごく心地よかった。

 流石に累もお腹いっぱいになったようで、少し残ることを申し訳なく言っていたが、再度明日の朝ごはんんはこれになるからというお母さんの言葉で、また食べられるのが楽しみと言っている類がかわいいとお母さんは上機嫌だった。片付けはお父さんとお母さんに休んでもらって、私と類の2人で分担することにした。

 累はお皿や鍋を洗って私がそれを拭きあげて片付ける。連携プレーが良かったのかお母さんとお父さんは機嫌が良かった。

 片付けが終わるとリビングに呼ばれて一緒にいろんなことを話す。婚約した後、どれくらいで結婚するのかの目安を聞かれて累は1年くらいで考えていることを話した。私もそれくらいかなと思っていたので意見が一致したことを喜んだ。


「ああ〜早く孫がだきたいわ」


 お母さんは気が早くそんなことを言い出したので私は混乱する。まだ婚約しただけなのにそんなの気が早すぎる。それに仕事との兼ね合いもあるからいつでもというわけにはいかない。

 累もそれは私に同意見だったようで。子供はもうしばらく待ってくださいと軽く流していた。


 その後、お風呂に入って部屋に戻ると累はベランダから見える海を見ていた。


「綺麗だね…この海を見ているだけで心が洗われるよ」


 今晩は月がないため、星がよく見える。美しい小さな輝きが心を癒してくれる。

 先ほど子供の話題が出た時、普段冷静な類が一瞬こわばった表情を見せたため、ちょっと気になって質問してみる。


「類…もしかして子供は欲しくないの?」


 核心をついていたらしい。累は子供を作る気はあまりないらしい。


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