「ん〜このケーキ美味しい!」
「お母さんが入れてくれた紅茶も美味しいですね。これは?」
「ああ。今気に入ってる茶葉なのよ。お土産に少し持って帰るといいわ」
「しかしあの結菜が同棲か。大人になったな。それで。婚約はもうしたのかな?」
お父さんの言葉に私は内心焦る。婚約なんて予定していなかったから。でも一緒に住むようになるし、いずれ結婚するかもしれないから婚約はしておいた方がいいのかもしれない。
チラリと累を見ると何か決意したかのような顔になっていて少し嫌な予感がした。
「あの…結菜さんとはいずれ婚約したいと思っていましたが、お父さんの言葉に目がさめました。同棲するなら婚約すべきですよね。覚悟はとうにできているので、ジュエリーショップに一緒に来ていただけませんか?そこで婚約指輪を買って、結菜さんに正式にプロポーズしたいと思うんです」
「ええ!累!」
「まあ!素敵だわ!ぜひ行きましょう!じゃあケーキを食べたらおすすめのジュエリーショップに連れて行ってあげる」
話がトントン拍子で進んでいく。お父さんを見ると嬉しそうにいそいそとケーキを食べていた。私も急いでケーキを食べて累に耳打ちする。
「プロポーズ。嬉しいけど急すぎて気持ちがついてこないよ。でも…お母さんとお父さんが喜んでるから…それもいいのかもしれない」
素直な気持ちを告げると急いでケーキを食べていた累はケーキを食べ終えて紅茶で口を潤してから真剣な表情になる。
「ノリだけで婚約を申し出たわけではないよ。ずっといつ言おうか考えていたところだったから。お父さんに言われてようやく気持ちが固まったというだけなんだ」
「そういうのは勢いも大切だからな。同棲だけして結婚までいかないパターンなんていくらも見てきたから心配していたんだけど、累さんはきちんと婚約してくれるというじゃないか。いい人で良かったな」
お父さんはニコニコ嬉しそうにしている。その顔を見るとNOと言えるはずもなく、また、自分自身もまんざらではないからあれよあれよという間にジュエリーショップのキラキラしたショーウィンドウの前に立っていた。連れてきてもらった店は日本人のアーティストがデザインや制作を行っているお店でデザインもシンプルだけどこだわりのある素敵なものばかりだった。
「これらは1つ1つに意味のあるものなのです。これは永遠の愛。こちらは幸運…そういう意味を込めて作らせていただいています」
最初に見せてもらった永遠の愛の指輪にはダイヤが嵌め込まれており、普段使いもできそうなデザインだし、何より、永遠の愛というフレーズに惹かれてそれが欲しくなってしまった。累をチラリと見ると、同じだったようで、男性向けの対のデザインの指輪を試着していた。
「素敵ねえ。2人ともこの永遠の愛が気に入ったみたいね。お母さんもいいと思う」
お母さんには全てお見通しだったらしくそう言われる。私と累は目を合わせて頷くと店員さんに指輪を出して言った。
「これにします。サイズ合わせをお願いしてもいいですか?」
「はい。ではこちらで計らせていただきますね」
男性店員さんが累の指を測り、女性店員さんが私の指を測ってくれた。
「ああ。嬉しいね。一人娘が婚約指輪を買ってもらう場面に立ち会えるなんて…」
ふと見たお父さんの瞳は潤んでいる。私の幸せを喜んでくれているのだろう。私はその思いに報いることができるのだろうか。いいや何がなんでも幸せになって2人を安心させてあげたい。
「これで計測は終わりです。完成まで数週間かかりますが、お届けは配送でよろしいでしょうか」
「はい。こちらの住所に…」
累は半分出すという私を遮ってお会計を済ませるとお店を出て花屋に寄って小さなブーケを買い求める。その足で近くのビーチに向かうと人が多いそのビーチで跪くと先ほど買ったブーケを差し出して言った。
「結菜…一生愛しぬくと誓うよ…どうか俺と結婚してください」
じわじわと頬が熱くなる。まっすぐこちらを見る累の瞳は真剣そのもので、ほのかに熱い熱をはらんでいた。
(こんな場所で、周りの人も見ているのに…恥ずかしいけど嬉しい)
勇気が必要だった。少しの躊躇もあったが私はその花を手に取り累の手をとって立たせるとそのむねに飛び込んだ。
「ありがとう。累。大好き」
累はどんな表情をしているのかはわからなかったが、いつもより早い心音で緊張していたことがわかる。それだけで十分嬉しかった。