昨日のことが尾を引いて朝家の外に出るのが億劫だった。だが、会社を休むわけにもいかず家の外に出る。するとタイミング悪く良平も家から出てきた。
「あ…おはよう」
「おはよう。なんだか顔色わるけど大丈夫か?」
思ったより普通に返されて私はほっとする。昨日のことは水に流してくれたらしい。私たちは連れ立ってエレベーターに乗り込むとなのはの話をした。
「あいつさ、最近俺にも懐いて家を出る時玄関まで送りにくるし、家に帰ると迎えに来るんだよ」
「ないそれ!すっごく可愛い羨ましい」
あの可愛いなのはが玄関まで来てくれるなんて、良平が羨ましくなった。
「今日の夕食カレーだから食べにくるか?」
「え?いいの?」
昨日のことはあるけど佐和子さんのカレーもなのはのことも魅力的だった。
「じゃあ…お邪魔しようかな」
そう言うと良平はわかりやすくホッとした。きっと良平も昨日ことがあるから平静を装っていたけど緊張していたのだろう。
突然頭を優しく撫でられた。それは子供の頃よくしてくれていたことだった。大人になってからは一度もされたことがなかったので驚いたが、良平は優しい微笑みを浮かべて言った。
「これくらいならいいだろ?お前に触れたいんだよ」
「良平…」
私が良平の立場だったらきっと逃げていた、それなのに良平は変わらずそばにいてくれる。それが嬉しかった。
「良平ありがとう。そばにいてくれて」
「おう。俺はもう割り切ってるからな。隙があったらせめていくからな」
そう言ってニヤリと笑う。
私はその顔にふふと笑ってしまった。
それから2人は途中の駅まで談笑して過ごすと私は会社に向かった。
途中、誰かの視線を感じたが周りを見渡しても知り合いはいない。
(気のせいだったのかな?)
始業時間も迫っていたので早足で会社に向かった。
休み時間、愛花と累のことを話ているとひょっこりと黒沼が会話に入ってきた。
「結菜さんの彼氏さんの話ですか?」
「あ〜黒沼さんはおよびゃないからどっかいってください」
愛花は立場が上の黒沼にも厳しく、黒沼を追い払うが、彼は諦めず私に質問してくる。
「もしかして俺との婚約話で亀裂が入っちゃった感じかな?」
「黒沼さん…累さんには全部話して納得してもらっていますから亀裂なんて入っていません」
私が言うと黒沼は言った。
「ああ。意外と問題にならなかったのかあ〜。結菜さんの彼氏、束縛すごいからこれくらいのことで亀裂が入って破局するかと思っていたのに」
私がそう言うと、隣にいた愛花が援護してくれる。
「黒沼さん、あなた結菜の好みから外れてるから無理ですよ。結菜は人のパーソナルスペース踏み荒らす人嫌いなんですよ」
私は色々と頭を突っ込んでくる人が正直嫌いなのだ。
それを代弁してくれた愛花に感謝した。
「はあ。色々と急ぎすぎたんですかねえ、わかりました。また出直してきます」
肩を落として去っていく黒沼が哀れに思ったが追いかける気にはならなかった。
「それより災難だね、1ヶ月って結構長いよ。このままだと良平くんに持っていかれちゃうんじゃない?」
「そんなことないよ!確かに昨日は…危なかったけど…」
そう。一瞬それもいいかもと頭の片隅を掠めたのだ。だが私の好きな人は累。それ以外の人とキスなんてできるはずがない。
良平は諦めないと言っていたけれど、私は累が好きという気持ちを変えるつもりがないのだ。
「頑張りなよ。唐揚げ一個あげるから」
愛花は大好物の唐揚げを私のお弁当の上に載せる。
「ありがとう。ちょっと元気出た」
同僚で友達の愛花からの励ましで私はちょっとだけ元気を歳戻したのだった。
その夜、私は良平の家にお邪魔していた。家に入ると早速なのはがお迎えに来て尻尾をもげそうなほどふってピスピスと鼻を鳴らして甘えてくる。
「なのはちゃ〜ん♡なんて可愛いの!お迎えに来てくれたんだね」
「おう。来たか。なのは、足音が聞こえたのかずっと扉の前で待ってたぞ」
「そうなの〜♡じゃあ抱っこしちゃおうかな」
私は靴を脱いでからなのはを抱っこしてリビングに入る。そこには佐和子さんもいて私にほほんでくれた。
「来てくれてありがとう!結菜ちゃんがくると食卓が賑やかになっていいわ〜」
良平の父は交通事故で10年前に亡くなってから母一人、子一人で生活している
「いつもはこの子と2人で食事でしょ?いつももっさりしてて〜女の子がいるといいわね!」
佐和子さんはそう微笑むとカレーを盛って用意してくれた。
「あ!わたし運びますね」
「あらあ!女の子っていいわね。可愛いわ!」
たったそれだけのことなのに佐和子さんは嬉しそうだった。良平も手伝いをしてるのだが、私がするとそれは違う感じなのだろう。
「美味しい!佐和子さんのカレー食べたの久しぶりですけど相変わらず美味しいですね」
「ふふ。野菜切って入れただけだけどね。隠し味は内緒」
「それで!私が作るのと少し味が違うなと思ったけど隠し味があるからなんですね」
私はもう一口食べるがそれが何かはわからなかった。
「ふふ。内緒。だって隠し味カレーが食べたくてまた結菜ちゃんが遊びに来てくれるからね」
「佐和子さん、ふふ。また食べに来ます!」
そうして和やかな食事会は終わった。