「累との付き合いは大変でしょう。彼、隠してますが執着心が異常に強いですから」
「ご存知だったんですか?」
合原はちょっと笑って困ったものですと言った。
「累は私が発掘したんです。街中でもっさりした姿をしていましたがいい体つきで、前髪から覗く瞳が美しくて、最初は振られましたけど、何度か交渉していたらなんとかOKをもらえて。配信も顔を出すのが恥ずかしいということで差別化を図るために上半身裸のマッチョ系配信者にしましょうと提案したのは私なんです」
「ああ〜それであの累さんがマッチョ系配信者なんてしていたんですね」
「最初は嫌がっていたんですけど、リスナーが増えるごとに慣れていって、あと、nanaさんという方がずっと応援してくれていたおかげで続けていけていたんです」
その時私の名前が出てドキッとした。
「あの、nanaは私なんです」
「え!!なるほど。それはもう執着しまくっているでしょう。なんせあなたは彼の救世主なんですから」
(私が救世主?一体どういうことかしら)
不思議に思って尋ねてみた。
「あの、私が救世主って?」
「聞いていませんか?電車での一件。彼はあれから随分変わりましたから。ボサボサだった髪を整えて、服にも気を使うようになって。おかげで周りが彼の魅力に気づいてざわつきましたけど、泉川さんのおかげだったんですね」
嬉しかった。私が累を変えたと言うことが。だが同時に不安にもなった。救世主とまで言っていると言うことは彼の私への執着は異常なものなのだろうから。
(性懲りも無くまたストーカーされたら困っちゃうなあ)
累ならしそうだった。これから1ヶ月も会えないのなら、1ヶ月後が怖い。せめてLIMEは欠かさず送ろうと思いながら車に揺られる。
「でもアイドルになる気、本当にありませんか?配信、結構儲かるんですよ?」
「いえ〜仕事だけで精一杯ですので、無理ですね」
そこはバッサリ断っておく。
合原はそれを聞くと明らかにがっかりした顔をした。
「今Vチューバーの中の人を探していたから結菜さんピッタリだと思っていたんですけどねえ。他に適任をご存じないですか?」
私は何人か思い浮かべたがみんなそんなキャラじゃくて、合原さんに紹介できる人はいなかった。
「申し訳ないですが私の知人にもいませんね」
「そうですかあ。あ!そういえば累には義妹がいるんですよね?その子はどんな子ですか?」
「ああ〜。そうですねえ。激しいと言いますか、難しいと言いますか」
「性格に難ありということですね」
合原が苦笑いした。彼は勘がいい。多くの人をマネージングしているおかげなのだろう。
「顔は可愛いし声も可愛いんですけどね。一度痛い目を見てるのであまり会いたくはないですね」
私は正直に言った。
それを聞いて合原は考えるように言った。
「ああ。じゃあこの世界向きじゃないですね、速攻炎上してリタイアが関の山でしょうから」
合原はバッサリそういうと笑った。わたしもそれが容易に想像できたので苦笑いした。
「お仕事大変ですね。こういうことってよくあるんですか?」
「今は配信者にガチ恋する人多いんですよ。それから特定班っていって、配信者の個人情報を特定する専門の人とか、だから配信には個人情報が映ることがないように細心の注意をしています。それでも今日の累みたいに一瞬油断しただけで特定されちゃうんですから、怖い世界ですよ」
合原は運転しながら気遣わしげに私を横目で見た。
巻き込まれた形で今後危険があるかもしれない私を憐れんでいるのだろう。
「大丈夫ですよ。顔とかは映ってないですし」
「いえいえ、油断してはいけません。既に住所を特定されて待ち伏せしている可能性だってあるんですから」
「ええ!怖いんですね」
「ええ。なんとか全員守ってあげたいのですがいかんせん人手が足りなくて」
疲れた顔だが合原はなかなか端正な顔立ちをしている。
(きっと恋人は彼が忙しいからヤキモキしてるんだろうなあ)
そう思った時、合原は言った。
「残念ながら恋人はいないですよ、俺は独身主義なので、仕事の方が楽しいんです」
「え!?何でわかったんですか」
「私は自分が顔がいいと自覚しているので、その横顔を哀れそうに見られていたら大体考えていることは想像できます」
合原はそういうとクツクツと笑った。
私の驚き方がおもしろかったようなのだ。
仕事が恋人な人が近くにいなかったので合原の考えは新鮮だった。
こんなに端正な顔立ちなのに過去にどんなに嫌なことがあったのだろうか。
「ああ。独身主義なのは結婚できないからなんですよね、俺ゲイなので」
「え!?」
「最初に累に声をかけたのも好みのタイプだったからなんですよね。振られましたけど」
「でも仕事が恋人って」
「今は…です。未来はわかりません。安心してくださいね、累は俺の好みから外れてしまいましたから。俺はもっさりした男性が好きなんですよね、イケメンは自分の顔で見慣れているので」
私はあいたくちが塞がらなかった。
絶対的な自信と一般的ではない趣向を隠さない大胆さ。
(私、この人のこと嫌いじゃないかも)
そんなことを考えながら車窓から流れる街並みを見た。