『sam今家に誰かいるよね?』
『うっそ!もして女?』
『男友達よね?信じてるよsam~』
ちょっとした動きだったのに鋭い人がいるものだ、チャット欄があまりに荒れてしまったので、事務所からL IMEが入ってきた。
『今日の配信は中止して。今すぐそっちに行くから』
担当者からそうLIMEが入ったのだ。
「みんなごめんね。ここには誰もいないよ。だけどこれだけ荒れてしまったら配信が続けられないから今日はおしまい。また会えるのを楽しみにしているよ」
そう言って配信は終わった。
「どうしよう。私のせいですよね?累さんごめんなさい」
「いや、俺が迂闊だった。とりあえず事務所の人が来るまで一緒にいてくれる?事情を話したいんだ」
「わかりました…」
私は内心穏やかではなかった。自分の存在が累の負担になってしまったのだから。
しばらく待っていると事務所の男の人が入ってきて私を見てああと言う表情をした。
「やっぱり女の子でしたか。累、あれほど気をつけるようにと言っていたのに」
「すみません。まさか顔出ししていないのに気づかれるとは…」
「君にガチ恋してる子は少なくないんだよ、気をつけないとファンに住所とか特定されて刺されるかもしれないよ」
ゾッとした。そんなこともあり得るのか。事務所の人は私に向き直ると丁寧に名刺を差し出し挨拶をした。
「私はスタープロダクションの合原圭二です。よろしくお願いします」
「あの、泉川結菜と申します。よろしくお願いします。あの、私たち別れた方がいいんですよね?」
私が言うと合原はびっくりした様子だったが、私があまりに物分かりがいいので。
累も私が別れるというのでショックを受けたようで私を凝視していた。
「いえ別れる必要はありません。匂わせがないように気をつけていただけたら。SNSはされますか?」
「見る専門ですけどうやります」
「それなら問題ありません。これからしばらくS NSに累さんとの仲を匂わせる投稿が溢れると思いますが全て無視してください。そうしたら1ヶ月もあれば鎮静化するでしょう。それまで配信はお休みした方がいいですね」
「1ヶ月も!?」
私は焦った。私のようにsamの配信を楽しみに生きている人がいるだろうからそんなに期間が開いたらその人たちに気の毒だと思ったのだ。
「結菜。心配しないで、今は配信者も多いからそう言う人は俺以外でいい人を見つけるから」
「しかし心配なのは結菜さんですね。特定されたらきっと誹謗中傷の対象になるでしょうから、彼女とも1ヶ月は会わない方がいいですね」
「1ヶ月も!?」
今度は累が驚く番だった。
「だけど…1ヶ月も会えないなんて」
「結菜さんを守るためですよ。自分の責任なんですから自重してください」
それを言われると累はしゅんとしてしまった。
「仕方ないです。LIMEやりとりできますし。ね?1ヶ月なんてすぐですよ」
そんな話をしている時に合原さんはなぜか私を凝視していた。
「いける…あなたの声可愛いですし顔も抜群に可愛い。どうです?うちの事務所に所属してアイドルを目指しませんか?」
「へ?」
合原さんの言葉がうまく飲み込めない。誰がアイドルに?
「許可できない!結菜は俺だけが可愛さをわかっていればいいんだ!他の男の目に晒すなんてとんでもない」
「では今はやりのアバターアイドルはいかがですか?それなら顔出ししませんし」
「ダメだ!!絶対に許可できない」
合原の話に累は怒りながら全否定する。もちろん私もアイドルになるつもりはない。
「累さん大丈夫ですよ。私は会社員続けるつもりなので」
累はあからさまにホッとした顔をした。
(ふふ。心配性。私の性格的にアイドルなんて務まるわけないのに)
私がそう考えていると合原は残念そうに言った。
「そうですかあ。いけると思ったのになあ」
「脱線してますけど、累さんのことは大丈夫ですか?」
「ああ。アイドルではよくあることなんですよ。それも長くて3ヶ月もすれは世間は忘れてしまうんです。あはは。人間って忘れやすいんですよね。それに累はすごく強いから全く心配してません。むしろ結菜さんのことを心配しているんですよ。絶対にここにいたことを口外しないでくださいね」
「合原さんは慣れているんですね」
「マネージャー業が長いですからね。女性も男性もみんな問題ばかり起こして…私がどれだけ…どれだけ…」
なんだか聞いてはいけない心の闇を聞いてしまったようで私はそっと口をつぐんだ。
「じゃあそろそろ帰りましょうか。泉川さんは私が送りますので、累は家で待機」
「待って、せめて俺も見送りを」
「…」
無言の圧に耐えられなくて累は諦めた様子で私を抱きしめた。
合原も1ヶ月離れ離れになる恋人にとやかく言うほど野暮ではなかった。
「じゃあ行きますよ。いつまでもこうしているわけには行きませんからね」
そう言って合原は私の背に手をかけた。
すると累がその手を掴む。
「俺の結菜に触るな」
「はあ、わかりました。ノータッチで送り届けます」
合原はそういうと私にドアを開けてくれた。その仕草はジェントルマンのようで素敵だった。
(この人モテそう。でもアイドルとかで疲弊してるからそんな暇もないんだろうな。なんだか気の毒)
人の恋路を気にしてる暇などないのに、私は彼に同情してしまった。