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第32話 知らなかったこと

「俺だったらストーカーよりも結菜さんのことを幸せにできます」


「それは…幸せは人によるから。黒沼くんだって、他の子に恋するかもしれないよ?」


「それはありえません、いま、俺が好きなのは貴方ですから」


「黒沼くん…ごめんね。その思いには応えられない」


「…その人の会社を潰してでも?」


「そんな!」


 黒沼は物騒なことを言い始めて結菜は戸惑った。もし累の会社が潰れたら、配信者として食べていけるのか。それが心配だった。


「俺だったら、彼の会社を潰すことくらい簡単ですよ。彼、設計士ですから仕事がこなくなったらさぞ困るでしょうね」


「え?設計士?」


「ええ。家の間取りとかを決める。もしかしてまだ聞いていなかったんですか」


「…」


 累自身から聞きたかった。それがこんな形で知ることになろうとは。どうりでオシャレなマンションに住んでいるはずだ。


「とにかく、今回のことは累さんに全部話します。また暴走するかもしれませんが…

私は累さんを信じていますので、だから婚約のことはお断りします」


 心からの言葉だった。累はきっと今回のことに憤慨するだろうが、きっと大丈夫な気がしていた。

(累以外好きにならないって思っていること、きっと伝わってるよね。だから大丈夫)


そう言って私は黒沼を残してさっさとその場を歩き去った。


  何か誤解が生まれないように、その日のうちに累に全てを話してくて業務を終えると累にLI MEで連絡をとった。


『今日、これから飲みに行けませんか?』


『何かあった?もちろんいいよ。美味しい鉄板焼きの店があるからそこに行こう』


そう言って累は地図をLIMEで送ってくれた。

それを目印に店に着くといい雰囲気のお店だった。

中に入ると累は既に来ていてカウンターに手招いてくれた。


「結菜から誘ってくれるなんて珍しいね」


「実は困ったことが起こって…私が黒沼グループの御曹司の婚約者にって…」


 そう言うと累は目を丸くて驚いていたが、ふっと仄暗い顔になって言った。


「結菜は婚約者になるつもりなの?今日呼び出したのは別れ話?」


「違います!私には累さんがいるってはっきり断ってきましたから安心してほしくて報告に来たんです。ただ、累さんの仕事を妨害するって脅されたから心配で」


「ああ。結菜にはまだ言ってなかったね。俺の仕事は設計士で今は在宅で事務所は別のところに借りてそこで打ち合わせをしているんだ」


「はい。累さんが設計士っていうことも教えてもらって知ってます。でも、累さんの口から聞きたかったです」


私が残念そうに言うと累は申し訳なさそうにする。


「いつか言おうと思っていたんだ、ごめんね、隠すような形になって」


累は申し訳なさそうに言うと、顔を覗き込む。


「どうしてすぐに教えてくれなかったんですか?」


「うん…一般的に女の子は安定した会社員の方が好きかなって思うと、不安定なフリーの建築士をしているって言えなくて…良平くんなんてお医者さんしてるし…」


(ああ。累さんそんなこと気にしていたんだ)

 累が自分の仕事を言い出せなかったのはそんなことだったんだと思うと思わずクスリと笑みが漏れた。


「私は相手の仕事は気にしないです、建築士さん、素敵ですよ。それより、私が婚約を断ったことで累さんに迷惑を書けたらと思うと心配で…」


「ああ、それなら問題ないよ。俺の仕事、口コミで受けることが多いから、お客さん同士が顔見知りで、出来上がった家を見てから注文してくれる人がほとんどで、クレームとかも一切ないんだ」


「じゃあ、私が断っても問題ない?」


「うん。安心していいよ」


 それを聞いて私はほっとした。はっきりと断ってしまったので、内心ヒヤヒヤしていたのだ。


「他には?聞きたいことがあったらなんでも話すよ。俺は結菜に隠し事はしたくないから」


 しばらく考えたが思いついたのは前の彼女の話だった。建築士という立派な仕事をして、こんなにもマメな人がなぜ振られたのか分からなかったから。


「今までの彼女さんっていつも振られていたんですよね?どうしてですか?」


「ああ。俺が手すら握ってこないし、仕事を優先させてデートっをすっぽかしてたからかな」


(それは…振られて当たり前かも)

累ほどのスペックでなかなか彼女が定着しなかった理由がようやくわかった。

(ドライだったのね、今では信じられないけど)

累は私に出会ってか執着を覚えたらしい。そのことがいいことなのか、悪いことなのかはわかないけれど、今までの人と違って、私だけマメに愛してくれるのはやはり嬉しいことだった。


「そうですか…彼女さんのこと、わかりました。ですが一やっぱり仕事に影響が出るかもしれないから会長さんと話してみます」


「黒沼グループの?連絡先はわかっているの?」


「はい。名刺をもらったので」


 私は以前渡されていた名刺を取り出すと電話をかけ始める。


「あの、私、泉川結菜と言います。今度会長と直々にお話をさせいただきたいのですが」


「お待ちください確認してまいります」


その間ドキドキしていたが累が手を繋いでいてくれたので私は安心できた。


「お待たせいたしました。会長もぜひお会いしたいとのことでしたので、明日の業務終了後に向かいを使わします。それにお乗りください」


「わかりました。ありがとうございます」


 要件が終わって電話を切ると私の心臓はドクドクと早鐘を売っていた。


「結菜大丈夫?ひどいこと言われなかった?」


「いいえ。その逆でした。会長さんも会いたいって」


 私はドキドキした。うちの会社のトップに一対一で会うのだから。しかも行き先も言わないのでできる限りおしゃれして失礼のあないようにしようと思った。


「俺のためにありがとう。結菜。大好きだよ」


 累はそう言って私を抱きしめる。私も累に抱きしめられるのが嬉しくてぎゅっと抱きしめ返した。


「どんな結果になっても結菜は俺のこと捨てないよね?もし…もしも結菜の考えが変わったら…」


「累さん?」


 一瞬暗い顔になった累だっがすぐに表情を変えて微笑んだ。

 私はその顔を見て安心した。累のことだからきっと私が諒をとって累を見捨てることになったらきっと許されないと思ったから。

(累のためにも明日は頑張らないと)

 そう思うと早速元気を出すために美味しそうなステーキや魚介の蒸し焼きを注文してもぐもぐ食べた。

 累が連れてきてくれただけあってとても美味しい。


「累さんは美味しいお店よく知っていますよね?」


「ああ、仕事の関係でよく会食するんだよ。それでね。まだまだ結菜を連れていきたい店いっぱいあるんだ。そこに連れて行って結菜を太らせて他の男が結菜に興味を持たせないようにするのが夢なんだよ」


「累さん…」


累はいい笑顔でしかも本気で恐ろしい計画を練っていた。

人間すぐにはかわれないらしい。


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