翌日は晴天。累は今日も送迎をしたがったが、毎日だと申し訳ないので断った。
「う〜んいい天気。今日はいいことがありそう」
私は呑気に出社するとそこには見たことのない長身で顔の異常に整った美青年が課長と話し込んでいた。
(あんな目立つ人、この会社にいたっけ?)
私は不思議に思いつつ愛花にこそっと耳打ちした。
「あのイケメン誰かわかる?もしかして途中入社の人?」
すると愛花も彼については知らないようで頭を捻りながら言った。
「いやあ。そんな噂は聞いてないよ。あんなイケメンいたらすぐに話題になると思うのにね」
ヒソヒソと話をしていると課長が私のことを呼び出した。
「泉川ちょっときて」
「はい!」
急いで席を立つと結菜は課長の席まで向かった。するとイケメンが私のことを凝視する。
(なんでそんな全身ジロジロ見るんだろう、居心地悪いなあ)
行きたくかなったが課長の呼び出しには逆らえない、仕方なく課長の元に行くと、イケメンが私に向かった話しかけてきた。
「君が泉川結菜さんなんだね。初めまして。君の婚約者になる黒沼諒だよ」
「へ?婚約者?」
周りがざわつくのがわかった。私が戸惑っていると、黒沼はゆっくりと説明を始めた。
「実は俺の祖父は黒沼グループの会長でね、いい年なのに外歩きが趣味で、あの日も公園に一人で散歩に出掛けていたんだ。その時急に具合が悪くなって蹲っているところに君が通りかかって祖父のことを介抱してくれて、祖父はその時の君の親切に報いたくて人を使って調べていたんだけどようやく見つけたんだ」
「それで…どうしてあなたと婚約になるんですか?」
「俺はおじいちゃん子でね。祖父にそんなに親切な人がいるのなら是非会ってみたいと思っていたんだ。だけど君のことを知るにつれて、俺の婚約者に相応しいと判断した。だから君に婚約を申し込みたいんだ」
黒沼の顔は自信に満ち溢れていて断られることは想像もしていない様子だった。
「あの、私恋人がいるので、婚約は…できません」
「それは知っているけど、その婚約者よりずっと俺の方が君を幸せにできるよ。金銭面でも不自由はさせないし、大切にすると誓うよ」
「ごめんなさい!それでも私はやっぱり累さんが好きなんです。婚約はお受けできません」
婚約を断ったら仕事を首にされかねなかったが、それでも累が好きだったので断る以外の選択肢はなかった。
「そっか…まあ、突然婚約なんて言われたら驚くよね、わかった。じゃあこれから同僚になるから、少しずつ俺のことしって好きになってもらうように努力するよ」
ニコニコと微笑みながら黒沼はサラッとこれからここで働くと言うことを宣言した。
「あーみんなも聞いた通り、黒沼諒さんが今日からこの部署で働くことになった。教育係は泉川。皆失礼のないように」
課長が言うと部署全体が緊張でピリピリしているのがわかった。
黒沼は非常に優秀だった。1つ教えると2〜3理解するので、お昼には教えることもなくなって、愛花と連れ立って食堂でランチをとることになった。その頃には私と黒沼の関係が他部署の人間にも知れ渡っていたようで、ヒソヒソと噂話が聞こえてくる。
「なんかさ、結菜って色々大変だよね」
「はあ。なんでこんなことに…累に誤解されなければいいけど」
先方が勝手に言っているだけのことといえ、累の耳に入ればきっと彼は激昂するだろう。もしかしたら私に会社を辞めて欲しいと言ってくる可能性だってある。でも私は今の会社や仕事が好きなので辞めるつもりはない。
「どうにか諦めてもらうしかないよね。はあ。気が重い」
落ち込む私の皿に唐揚げ一個を乗せて愛花が言う
「気を落とさないで、付き合ったら意外といい人かもしれないしさ。累さんのこともあるけど、前向きに考えてもいいんじゃない?私としては黒沼さんの方が安心な気がするんだけどね」
愛花は累に対して不信感があるため、黒沼を押してくるのだろう。だけど私は累が好きで他の人のことは考えられなかった。
お昼が終わると黒沼はニコニコしながら私に業務を教えてもらえることが嬉しくてたまらないと言うふうにずっと後ろをついて歩いていた。
(まるで子犬みたい。ちょっと可愛いかも)
身長は180センチを超えている黒沼を子犬に例えるのもおかしな話だが、気持ちはそういう感じだったのだ。
「あのね、黒沼くん。貴方自身はどう思っているの?自分が好きでない人と結婚話が出たら嫌じゃない?」
「いえ。俺自身、貴方のことがいいと思ってこの話を受けたんです。すみません。白状するとだいぶ前から貴方のことを知っていました。電車で貴方が楽しそうに窓の外をみていたり、知らない人を道案内してあげたり、とにかくそんな素朴で善良なところに惹かれたんです。今まで俺の周りにいた女達は将来会長の座を継ぐ俺のスペックばかり見てみてただけの着飾った人ばかりだったので、新鮮だったのもあります」
「そうだったんだ。全然気づかなかったよ。でもごめんね。さっきも話したけど、私は好きな人がいるから」
「そいつがストーカーだとしても?」
心臓が止まるかと思った。黒沼は私のことを調べ上げていたらしく、累のことも当然知っているようだった。
「うん。それでも好きなの」
そう答えると黒沼は複雑そうな表情で私を見つめたのだった。