時計が夜7時になる頃。私たちは帰ってきた佐和子さんになのはを渡して私の家に向かった。ちょうど累がインターフォンを押そうとしていたところだったので、累は良平と栄が私を守るように立っていることに驚いた様子だったが、すぐに硬い表情に戻り、2人に言った。
「俺は結菜と2人で話したい。これは2人の問題ですから」
「許可できない。結菜は俺の大切な幼馴染だ。お前のような危ない男と2人きりにできるわけないだろう」
「俺も同感だね。結菜ちゃんとは今日初めて会ったけど、同じストーカー被害者として放っておけない」
しばしお互い睨み合っていたが、累がふうと息を吐く。
「わかりました。ではお2人も一緒で大丈夫です。結菜…」
累が手を伸ばしてきた途端良平と栄がそれを遮る。私は思わず伸ばされた手を掴みかけたがその手はそっと下ろす事しかできなかった。
無言のまま4人は私の家のリビングに座る。栄と累。私と良平という座り順だった。
「単刀直入に言うけど。結菜と別れてくれ。恋人にGPSや盗聴器を仕掛ける男なんて信用ならない」
良平は結論から言った。累の弁明は聞く気がないらしい。
私はまだ累のことが好きだったので、それに口を挟もうとしたら身を乗り出して栄が私の口に手を添えて発言を遮った。
「結菜ちゃんのことが好きで執着したことは理解できるけど、やりすぎだよ。警察に突き出したらきっと逮捕されるだろうね。俺も何人も警察に突き出したからわかるけど、盗聴やGPSは愛じゃない、ただの自己中だよ。自分さえ良ければいいっていう身勝手な行動だ」
栄は経験者として思うところがあるのだろう。冷静に累の犯した罪を責めた。
「おい。結菜から手を離せ。結菜に触ってもいいのは俺だけだ」
栄の手をぎゅっと掴み上げて累が激昂する。
優しい累しか知らない私はその怒りに満ちた累の姿に恐怖心が芽生えた。
「累さん…」
「あ…これは…」
累は怒りのあまり私が目の間にいることを失念していたらしく慌てて栄から手を引いた。
「累さん…どうして?」
私は知らぬ間に涙を流していたようで涙の粒がポロポロと落ちる。しゃくりあげながら泣いていると良平がぎゅっと抱きしめてくれた。
「お前が結菜を大切にすると言ったから任せたんだ。それなのに結果がこれか?信じた俺がバカだったよ。俺は結菜が生まれた時からずっと好きだった。恋愛感情に気づいたのはだいぶ後だけど、それでも俺は結菜が好きで幸せにしたいしできる自信がある。お前はもう結菜から手をひけ」
(良平が私のことを好き?その言葉に私は戸惑った。今までずっと幼馴染の優しいお兄さんだった良平がまさか自分にそんな感情を向けているなんて思ってもみなかった)
「良平…どうして?」
「ごめん結菜。お前が俺のこと幼馴染としかみていないことぐらいわかってる、でも今はもう気持ちを隠すことはしない。この男からお前を守れるなら何もかも捨ててやる」
良平はそういうと私から身を離して優しく手を握ってくれた。
「お前…結菜に手を出すな!結菜は俺の恋人だ」
累は激昂して良平を睨みつけるが良平も負けじと睨み返していた。私はそれをみながら考えた。これだけのことをされてもやはり気持ちは累が好きということで変わりない。良平は優しいし紳士的で恋人には相応しいのだろうが、やはりお兄ちゃん、幼馴染としかみられなかった。
「良平、栄さん。ごめんなさい。お2人には心配をかけましたが、やっぱり私、累が好きなんです。もう二度とこんなことをしないって約束できるなら、累とこれからも一緒にいたいんです」
「結菜…」
良平の顔が苦痛に歪む。それはそうだろう。かなり勇気を出して告白してくれたのに、その相手である私が犯罪まがいのことをした男を選んだのだから。
「結菜ちゃん、本当にいいの?こういうのってエスカレートするんだよ?俺は経験者だからすごくよくわかるんだ。人間の欲望は際限がない。それを加味して考えてる?」
「はい。累は…昔色々あったから、きっと生きるのが不器用なだけなんです。私はそれを正して一緒に生きたい」
「結菜…」
累が泣きそうな顔で私を見つめる。その瞳には後悔と慈愛が滲んでいた。
「そっか…なら、定期的に2人の様子を見させてもらうって言うことを条件にしたらどうかな?俺も今回関わった1員としてちゃんと2人のこと見届けたいし」
栄が言うと、良平は肩を落として私の手をするりと離す。
「お前の気持ちはわかった。そこまで言うなら俺はもう邪魔はしない。だが累、もう二度とこんなバカな真似して結菜のことを傷つけるなよ。もしまた何かしでかしたら、その時は警察に突き出すからな」
「良平、ありがとう」
今回は見逃すと言ってもらえてホッとした。良平のことは申し訳ないが、やはり累が心配だったのだ。
「累…私達、やり直せるよね?」
「うん。もう二度とやらない。結菜のそばにいられなくなったら生きていけないから。見捨てないでくれてありがとう」
累はそう言うとうっとりと私を見つめた。
「結菜は寛大だけど、俺はそうじゃない。今回の一件、許したわけじゃないからな。それに俺はもう結菜への好意を隠すつもりもない。次に隙を見せたら結菜は俺がもらう」
良平はそういうと席を立つと栄と累にも席を立つよう促した。
「今日は遅いからもう帰る。明日は仕事だろ?ゆっくり休め。俺はお前のこと、本気だから、何か困ったことがあったらなんでも頼ってくれ。忘れるな。俺はいつでもお前の味方だ」
良平はそう言うと2人を連れて帰っていった。