翌日は有給を取って急遽休みにしたため、朝イチで良平とその友人が家に来てくれた。
「初めまして飯田栄(いいださかえ)です。良平とは大学の頃からの付き合いだよ。結菜ちゃんもストーカー?お互い大変だよね」
「ああ、こいつの見た目のせいで日常的にストーカー女に色々されててさ、慣れてるんだよ」
「それは…大変ですね」
栄は“もう慣れたけどね”と言ってカラカラ笑っていた。しかしその道のプロである栄は一体何をするつもりなのだろうかと見ていると、不思議な機械を取り出して家中をその機械で調べ始めた。
「これね、盗撮や盗聴の機械があったら電波でキャッチできる優れものなんだよ、俺の家よく盗聴や盗撮されるから必須なんだよね」
「え、家の鍵をかけないんですか?」
「それがさあ、どうやってか家に侵入されて設置されるんだよ。怖いよね」
栄にとってそれが日常なのだろうが、そんな環境におかれている栄に同情した。
栄は部屋の隅々まで機械でチェックしたが、反応はなかった。どうやら盗聴や盗撮はされていないようだった。
「よかった。じゃあこれで家の中は安心なんですね」
「あ!ちょっと待って、そのぬいぐるみのキーホルダーもしかして彼氏からの貰い物?」
カバンにつけているキーホルダーを指さして栄が尋ねてきた。
これは累が先日家に来た時にプレゼントしてくれたものだった。
「ええ。先日もらったんです。これが何か?」
「…」
無言で栄は機械をぬいぐるみに近づけるとピーッと音が鳴った。
「そんな!もしかしてこれに何か?」
「ちょっとごめんね」
栄は手慣れた手つきでぬいぐるみを切り裂くとそこから不思議な形の機会を取り出した。
「盗聴器だね。おそらく記録式。リアルタイムでは聞けないけど録音した音声を聴くタイプのもの」
栄は私にパソコンをつけるように言ったので、慌ててパソコンを起動すると、盗聴器の中に内蔵されていたマイクロチップを取り出して変換器でパソコンに差し込む。すると音声が再生された。それは私の生活音だった。
鼻歌を歌ったり、テレビを見ていたり、英語の勉強をしている時に発音練習をしている音声がバッチリ収められていた。
「結菜ちゃん…元気出してね。累くんは…ちょっと危ないかな。一度離れた方がいいかもしれない。君に対して異常に執着しているみたいだし。引っ越しはできないから、良平が守ってやるんだぞ」
「そんなの言われるまでもない。俺もあいつに一瞬でも心を許したのが許せない。結菜、累を今すぐ呼び出せないか?」
「今すぐは、会社にいる時間だから、今日の終業後に寄ってもらえるか聞いてみるね」
私は震える手でLIMEで話があるから会いたいと連絡を入れたが、すぐに返信が来た。まるでそういうLIMEが来るのがわかっていて待っていたように。
「今日の7時に家に来るそうです」
「そうか。じゃあそれまでは俺の家にいろ、栄はどうする?」
「気になるから俺も残るよ。今日は有給もらって終日休みだから噂のなのはちゃんと遊びたいし」
「ああ。なのはも喜ぶよ。じゃあ移動しよう。結菜…大丈夫か?」
知らず震えていたようで私はぎこちない笑顔を浮かべて言った。
「大丈夫…行こう」
まだ実感がわかなかった。累が私を盗聴したり、GPSを仕掛けていたことが。あんなに優しくて、心を開いていろんなことを打ち明けてくれた累が。そんな卑劣なことをするなんて思えなかった。できれば夢であるか、誰か別の人がそうしたと思いたかった。
(累さん…なんでなんですか?私、そんなに信用なかったんですか?)
こぼれ落ちそうになる涙をグッ堪えて、良平の家に向かった。
玄関に入るとふわりとした小さな塊が飛び出してくる。見るとペットショップで抱っこさせてもらったなのはちゃんだった。あの頃に比べて少しふっくらしていて、愛されていることが窺い知れた。
「なのはちゃん!久しぶりだね〜」
屈んで手を出すとぺろぺろと手を舐めてから頭をグイグイ押し付けてきた。
「ああ。撫でろって言ってるんだよ。撫でてやって」
良平が言うので、なのはの小さな頭をそうっと撫でてやるとピスピスと鼻を鳴らしながらなのは満足そうに尻尾を振る。それが可愛くてそうっと抱き上げると暖かくて柔らかくて心が癒された。
「なのはちゃん可愛いね〜俺にも抱っこさせてくれるかな?」
栄が手を出すとなのはは栄の方に向かおうとしたので、落とさないように気をつけながら栄になのはを手渡した。
「可愛いなあ〜。癒し系だね」
「可愛いだろ?うちのアイドルだからな。とりあえずリビングに行こう。コーヒーいれるから」
今日は佐和子さんは用事で夜までいないらしいので私たちは予定の時間になるまでなのはちゃんと遊びながら時間を過ごした。私は心がザワザワと荒れていたが、なのはの可愛い仕草に心癒されて、その後の憂鬱な時間のことをしばし忘れることができたのだった。