「結菜。今後は良平くんと2人きりになるのを控えてほしい」
家に着くと累はそういって私に釘を刺した。言われなくても良平と2人になることはほぼないので、私はそれを告げた。
「ええ。良平と2人きりにはなる機会がないので、大丈夫ですよ。良平の家に行ったらいつも佐和子さんがいますし」
その時ようやく累が良平に嫉妬しているのだと気づいた私は過去の振る舞いを反省した。私だって花さんのことに対してあんなにモヤモヤしたのに幼馴染でも一人の男である良平と親しげにするのは累にとって面白くないことだろう。
「今まで配慮が足りなくてすみませんでした。私が好きなのは累さんだけです。それだけは信じていただけますか?」
「うん…わかった」
累は歯切れが悪く返事をするとぎゅっと私を抱きしめる。小さな子供が母親に甘えるように強く強く。私は息が苦しくて累に告げた。
「累さん苦しいです」
「あ…ごめん。つい…」
そう答える声に覇気がない。累は何か葛藤しているようだったが、それを告げることはなかった。
「少しだけ、お邪魔させてもらってもいいかな?」
「ええ。コーヒーを淹れますから。ゆっくりしていってください」
累は遠慮がちに言うので私は累の手を引いて家に入った。
途端後ろから累に強く抱きしめられる。
「累さん?」
「ごめん、結菜。少しだけこのまま。抱きしめさせて」
累の切羽詰まった声に私はなんと返していいのかわからず、こくりと頷いた。累はさらに強く私を抱きしめる。ただ、その抱擁は愛情のこもった抱擁ではなく蛇が獲物を絞め殺すようなそんな不穏な抱擁で私は冷や汗をかいた。
「累さん、苦しいです。そろそろ」
私が危機を感じてそう言うと、累はそっと身を離してくれた。
振り返ると累はいつもの優しい表情ではなく、どことなく仄暗い顔をして、私を見つめていた。
「累さん?」
呼びかけると累は肩をびくりと震わせて、扉を開ける。
「ごめん。やっぱり帰るよ」
そう言うと、私の返答も聞かず、扉を閉めて出ていってしまった。
(累さん?様子がおかしかった。どうしたんだろう)
わけもわからず私はしばし玄関で呆然と立ち尽くした。
翌日のランチ時。私はそのことを愛花に相談すると愛花は少し渋い顔をした。
「ねえ、結菜。一度身の回りのもの、調べてみた方がいいかも。ちょっとね。気になるんだ。累さんがあまりにもタイミングよく現れたこと、ちょっと警戒した方がいいかも」
「え?だってたまたまいただけだよ?調べるってそんな…」
そう言われて私はいつも持っているもの、財布の中をガサガサと確認してみると、いつも開かないファスナーの小物入れの中に小さな丸いものが入っているのを見つけた。
「何これ?私いれた記憶がないんだけど」
「ちょっ!これテレビで見たことあるやる。小型GPSだよ」
「小型GPS?」
「これを仕込んでおけば結菜の居場所が筒抜けってこと。ねえ、結菜、累さんって本当に大丈夫なの?これちょっとやばいんじゃないの?」
(GPSを累さんが?まさか…)
「とにかくこれは壊して捨てたほうがいいよ。貸して」
愛花はその小型GPSを地面に置くと可愛らしいピンヒールの踵で踏み壊した。
(愛花は可愛いけど男前だなあ)
そんなことをのんびり考えながら現実逃避をしていたが、愛花に引き戻される。
「ねえ、このGPS、累さんに問いただした方がいいよ。というか一人で会うのは心配だから私と、良平さんとで話し合いする機会を設けよう」
「へ?そこでなんで良平が出てくるの?」
「男手があった方が安全だからだよ。うちのヒモは可愛いけど全然頼りにならないから。その点良平さんなら頼りになるし。ね?」
(累さんが私にGPSを?なんでそんなことを…)
困惑しながらお昼を食べ終えると愛花と一緒に会社に戻ったが、その日は累のことばかり考えてしまって仕事が手につかなかった。
早速グループLIMEを作り、今度の対策を話し合うことになったのだが、良平はひどく怒った様子ですぐに返信を暮れた。
『こいつにならと信頼した俺がバカだった。今週末に結菜の家で話し合いをしよう』
『良平怒らないで、もしかしたら何か事情があるのかもしれないし』
私が累を庇うと愛花が私を嗜める。
『どんな理由があってもGPS仕込むなんて異常だよ。結菜毒されすぎ。』
『そうだ。監視付きの生活なんて考えただけでゾッとする、部屋も盗聴されていないか確認した方がいいな。明日俺の友達連れて盗聴器がないか確認しにいくから。有給を取れ』
『わかった…』
まだ事態が飲み込めていないけど、私の生活が脅かされていることだけはわかった。もし盗聴や盗撮がされていたら、私は累と今まで通りにいられる自信がない。たとえ私への愛故の行為だとしても。それは絶対に許されないことだ。
とにかく明日。良平とその友達に確認してもらうまで累との接触をさけたかったが、累からはいつもと変わらずお休みLINEが届いていたので、私はドキドキしながらその返信をかいてLIMEした。できるだけ自然に。だけど送信する時指が震える。どうか明日。何も起こりませんようにと願いながら。その日は眠りについた。