「良平は今好きな人がいるの?」
私が尋ねると良平は眉間に皺を寄せて私を見つめた後、ため息をついてウイスキーを一口飲んだ。
「いるよ。本命はずっと1人」
「え〜でも今まで何人も付き合ってるじゃない、その間も本命がいたの?」
「そうだな。俺はクズだから本命が手に入らない心の穴を他で埋めようとして…さらに穴を深くしてる。悪循環だな。挙句…本命は他の男に取られるし…散々だよ」
「そっか…意外だな。良平。彼女を大切にしていたから…本命さん素敵な人なんだね」
「ああ…いつかは…そいつが振り向いてくれるまで諦めないつもりだ」
良平は痛みを我慢するかのような顔をしてグラスの中の丸い氷を眺めていた。
私は良平にかける言葉が見つからず、カクテルを口に含んでマスターに話しかけた。
「そういえばマスターは亡くなった奥様一筋なんですよね、お誘いも多いのに大変じゃないですか?」
「ええ。彼女以上の人はこの世界にはいませんからね。私は生涯彼女だけを愛しぬくと決めているので、他の女性はただのお客様としか見られないですね」
マスターはメガネをかけて整った優しげな面立ちで、紳士的なこともあって女性客から度々言い寄られているのだ。
だがマスターは決してその一線を越えることはなく、奥様だけを愛している。
「私も累さんとそんな関係になれるかな…」
「さて、どうでしょうね。私からはなんとも」
マスターは優しく微笑みながらグラスを磨く。キラキラと綺麗になったグラスを見ながらマスターは曖昧な言葉を返す。
彼はどんな時でも慰めや励ましの言葉は言わない。心から誠実な人なので、適当な言葉では誤魔化さないのだ。
「ふふ。マスターのそういうところ好きです」
マスターはニコリと笑うとまた一つグラスを手に取って磨き始めた。
「結菜はどうしてそんなに累のことが好きなんだ?ネットで長くつながっていたといっても、実際会ってまだ数回だろ?」
「うん。でもね、出会った瞬間にわかったの。私、この人のこと愛するようになるんだって」
運命なんて信じていなかったけど、累と出会った時これが運命なのかと衝撃を受けたのだ。それまで私は恋に対して臆病になっていたので、累とこんなにもスムーズに恋におちられたことが驚きだった。
「そっか…。出会ってすぐに…ね。出会ったのは俺の方が先だったのにな」
良平は覇気のない声でつぶやいた。
「良平?だって良平は私が生まれた瞬間から幼馴染だったでしょ?というかお兄ちゃんだよね」
「そうだな…ああ…くそ!」
良平は忌々しげに吐き捨てると追加で注文したウイスキーを飲み干す。
「良平すごく飲んでるけど大丈夫?マスターお水ください」
「結菜さん、今日は良平さんは潰れるまで飲みたい気分なんですよ、好きにさせてあげてください」
マスターはそういうと机に突っ伏した良平の頭を撫でる。
(大まかな事情は知ってそうだけど口が堅いからきっと私が尋ねても教えてくれないよね)
良平がここまで深酒をする理由がわからず困惑しつつ、良平を一人にするのも忍びないので店の営業時間が終わるまで良平の隣でチビチビとカクテルを飲んだ。
「タクシーまで歩けそう?」
「ああ…大丈夫」
良平はふらついておぼつかない足取りだったので私の肩を貸してあげるとずしりと重い良平の体重にふらついた。
「何してるの?結菜」
店を出た時だ。ふいに声が聞こえた方を見るとそこには累が立っていた。
「え?累さん。どうしてここに?」
「今は関係ない。そんなことより何してるの?良平くんに体触らせて…」
「違います。良平が潰れちゃったからタクシーまで肩を貸して…」
「だったら俺がするから。ほら、良平くん」
累は良平に肩を貸すとさっさとタクシーに運び、ドアを閉めた。
「あ!私も乗って帰ろうと思ってたんですけど」
「ダメだよ。結菜。俺が送っていくから。行こう」
累は私の手をぎゅっと握ると歩き出す。だが何かいうでもなく、ただ押し黙って歩いていたので、こちらからも話しかけづらく、無言で後をついて歩いた。
(そういえば配信。今の時間じゃなかったっけ)
時計を見るといつも配信している時間だった。それなのに今どうしてこんな場所にいるのか。私は訳がわからなくて混乱した。
「あの…累さん。どうしてここにいたんですか?配信は?」
「何か後ろめたいことでもあるの?俺がここにいたらまずい?例えば良平くんとか」
「良平が何か?そんなことより、どうしてここにいることがわかったんですか?」
「…」
累は私の問いかけには答えずに黙々と家への道を進んでいく。
(何か怒らせるようなことしたかな?どうしよう)
対応に悩みながら私は累の後を小走りについて歩いた。
普段は私の歩みに合わせてゆっくり歩いてくれるのに、怒っているためかその配慮もない。どうしてここまで怒らせてしまったのかわからず。私は途方に暮れた。