どれくらい時間が経ったのだろう。気がつくと日が傾いていた。
時計を見るともう6時30分になっていた。
「大変!約束の時間すぎちゃってる!累さん!」
慌てて累を揺すり起こすと累は寝ぼけて私のことをぎゅっと抱きすくめた。
「累さん〜!起きていください!約束の時間すぎちゃってますよお」
すると累は覚醒したらしく慌てて体を起こした。
「ごめん!心地よくてつい…」
LIMEの着信を見ると良平から何通か入っていた。
結局最後は“母さんには適当に理由つけておくから来るのはまた今度にな”というメッセージだった。
(あああ〜これ絶対誤解してるやつだよね)
誰だって恋人の家に行ってなかなか連絡もつかず何時間も経つと言うことは…きっとそう言うことだろうと誤解するに決まっている。
「良平君きっと俺と結菜が睦みあってると思ってるよね」
睦みあう。その言葉に思わず赤面した。恋人同士で親もいない家で2人でいたらそれは、そう言う関係になってもおかしくない。良平もきっとそう思っただろう。
(もしかして…私と累さんが?)
ドキドキしながらベットに座っていると累が結菜の頭を抱き寄せる。
(ついに…私と累さんが…)
心臓の音がうるさい。まだ覚悟ができていないけど、そう言う関係になるのは嫌ではない。というか、嬉しくもあった。
だが累は結菜の頭の頂点にキスをしてするとベッドから降りてリビングに向かって行ってしまった。
(へ?何もしないの?)
拍子抜けした結菜は不安感に襲われる。
(もしかして私に魅力が足りないから、そういう気にならないのかな)
結菜は自分の体を見下ろす。胸は豊かとはいえず、腰もお尻も美しいラインとは言い難い。女性的魅力に乏しい体で累がそのきにならないのだろうかと悩みながら、結菜は累の後についてリビングに向かった。
「今日はそろそろお暇するよ」
累はそう言うとさっさと帰り支度を整えて玄関に向かってしまった。
「あ…もう帰ってしまうんですね」
「もう遅いからね。それに配信もあるし」
(配信…)
胸がズクリと痛む。配信が累さんにとって大切なことなのは理解しているが、それを優先するために早い時間に帰宅するということがなんだかモヤモヤした。
(仕事と私どっちが大切なの?って思ってるのと同じだよね。重い女になりたくないから、ここは何も言わないでおこう)
「はい。ではまた…」
「次は俺の家に遊びに来て。今度は俺の手料理をご馳走するから」
それを聞いても心のもやは晴れない。
累が帰った後しんと静まりかえった家にいるのが嫌で、私は行きつけのバー“蓮花”に向かった、そこは半地下でマスターの鈴村蓮(48)が昼間は喫茶店、夜はバーを営んでいる落ち着いた雰囲気の店だった。
「マスターこんばんは」
「おや。こんばんは。今日は常連さんが揃う日ですね」
カウンターを見ると今日はあまり会いたくなかった良平が座ってカクテルをのんでいた。
(でもここで帰ったら良平に失礼だよね)
私は覚悟を決めて良平の隣に座った。
「今日は連絡なしで行けなくてごめんね」
だが良平は感情の読めない顔で私の方を見ないまま答えた。
「恋人が家に来てたんだから仕方ないよ」
(ああ〜やっぱり誤解してる)
「違うの。累さんとお昼寝してて気付いたらあんな時間になってたの、やましいことは何もないよ?」
良平はじっとりとした視線を私に向ける。
「別に。俺は結菜のただの幼馴染だから…踏み込む権利ないから…」
明らかに何か傷ついたような、そんな雰囲気を感じて結菜は心配になって良平の背中をさすった。
良平はびくりとするが次第に力が抜けて目を瞑って何かを耐えている様子だった。
良平は飲んでいたカクテルを一気に煽る。それは度数の高いものだと知っているから私は驚いた。
「ちょっと!そんな飲み方したら体に悪いよ?」
「いいんだよ…今はそう言う気分なんだ。マスター同じやつもう1杯」
するとマスターはニコニコ微笑みながら注文とは違うカクテルを出す。度数の高いミルクベースカクテルだった。
「これは私からの奢りですよ。良平さん」
良平はそれを眺めながらしばし硬い表情をしていたが。そのカクテルを手に取りちびちびと飲み始めた。それを見届けて私もほっとしてカクテルを注文する。
「恋とは…ままならないものですね」
マスターは微笑みながら言うとカウンターの中にある亡くなった奥様の写真を眺めた。