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第24話 おうちデート

 それから1週間は本当にあっという間だった。約束当日になって私は何度もキッチンに立って材料に不足がないか確認する。

(今日はちょっと手の込んだ料理にすることにしたから下ごしらえは済ませてあるし、あとは暖かいままで累さんに食べてもらうだけ。よし!完璧)

その時だ。


“ピンポーン”


 私は慌ててインターフォンを覗くとそこには花束を抱えた累が立っていた。


「累さん、今開けますからちょっと待っててくださいね」


「ありがとう」


 私はパタパタと走って玄関のドアをカチャリと開けるとそこには花束と小箱と紙袋を持った累が立っていた。


「これ、通り道の花屋で結菜に似合う色味だなって思って買ってきたんだ、どうかな?」


大ぶりな花束に私は少し驚いた後、とても嬉しくてちょっとはしゃいだ声で答える。


「わあ!私ブルー系のお花大好きなんです!ありがとうございます」


「よかった。後これはケーキね。食後に食べよう」


「色々気を遣っていただいてありがとうございます。どうぞ。上がってください」


 私は累を部屋に入れると扉に鍵をかけてからリビングへと案内した。類は落ち着いた雰囲気で私の後ろからついてきてくれて、リビングに着くとソファに座って待ってもらうことにした。

(お茶を出したら早速花束を飾ろう)

 私は累にお茶を持って行くとお茶請けのお菓子と一緒に出すとまたキッチンに向かって大ぶりな花瓶を出すとブーケを生けた


「みてください。すごく華やかになりました」


 リビングの本棚の上にあるスペースに花瓶を飾ると部屋が一気に華やかになった。

 それに甘い香りも心を癒す。


「喜んでもらえてよかった。どの色にするか決めるのが難しかったけど、結菜に似合う色でよかったよ」


 累は甘い顔で微笑む。それを見て私は幸せな気持ちになった。累が微笑んでくれるだけで、こんなにも幸せな気持ちになるなんて。今までの人生でこんな経験がなかったので心がソワソワした。


「今ご飯の用意をしますので、よかったら本かテレビを見て待っていてください。本棚のものはお好きなものを読んでもらって大丈夫ですので」


 私の本棚には小説と漫画が色々取り揃えられていた。活字も漫画も両方紙媒体が好きなので、いつの間にかちょっとした蔵書量になってしまっていた。

 累は本棚を眺めると私が一番好きな小説を手に取った。


「夏の日」


「あ…その本。累さんもご存知ですか?」


「気になっていたけどまだ読んだことがないんだ。確か病気になった主人公をヒロインが支える純愛物だったよね?」


「はい。私、これを見て純愛に憧れてて。その。累さんと純愛…できたらいいなって思ってます」


 思いがけず恥ずかしい告白をしてしまったので慌ててキッチンに行こうとすると後ろから累にぎゅっと抱きしめられた。


「これは…俺は試されているのかな?純愛…したいんだもんね」


 背中越しに累の体温を感じる。

(えっ!!そんな急に抱きしめられたら。ドキドキしちゃう!!)

それでも私は抱きしめられているのが嬉しくてそっと腕に手を添えて目を閉じた。


「結菜。ねえ、キス…してもいい?」


 突然のことに私は固まる。累さんとキス。嫌なわけがない。私はコクリと頷くとドキドキと高鳴る胸をおさえて累の方に振り返り目を閉じた。

 するとふわりと優しく唇触れた。

(唇、柔らかい。それにあったかい。落ち着くのに胸のドキドキが止まらない)

 私が目を開くと累は見たことのない優しい表情で私を見つめていた。その瞳は潤んでおり、ほろりと涙がこぼれ落ちた。


「結菜。俺のこと見つけてくれてありがとう。好きになってくれてありがとう」


「累さん?」


「ごめん。本当は俺は君のこと知っていたんだ。知っていて近づいた」


「え?」


「1年くらい前になるかな…俺は電車に乗っていて体調が悪くなってね、駅のホームで倒れたんだ。その時介抱してくれたのが君だったんだ。その頃は配信を始めた頃で伸び悩んでいてね。俺はその心労で不眠症になっていたんだ。駅で倒れてしまって周りの人がどんどん歩き去る中、結菜だけが立ち止まって俺のことを介抱してくれたんだ。結菜が買ってきてくれたミネラルウォーターのペットボトル。今でも捨てられずに持っている」


「でも…どうして私がnanaだとわかったんですか?」


「あの時スマホの画面が見えてね。ちょうど俺の配信のアーカイブを聞いてくれていたようで、画面にnanaの名前と見慣れたアイコンが見えて、それで気付いたんだ。いつも感想をくれるnanaだって…気持ち悪いよね。勝手に俺一人で盛り上がって。もし嫌ならこの手を離してもう結菜には近づかないから」


 累は今にも自分から手を離しそうになっていたので私は慌ててしっかりと手を握り直した。


「ごめんなさい。私、全然気づかなくて。そんな昔から思ってくれていたなんて…嬉しいです。私、累さんに会えてよかった。それに私こそ、好きになってくれてありがとうございます」


 私もつられて涙が出る。

(ああ。嬉しい時も涙が出るって小説で見たことあるけど、本当だったんだ)


「ふふ。累さんの泣き顔見たいです」


「だめ、男の泣き顔なんて見るものではないよ。もうちょっとで泣き止むからちょっとだけ待って」


 累は頑なに自分の涙を見せることを拒んだ。

(男の人のプライドなのかな?きっと綺麗な泣き顔だろうから見てみたかったのに)

 だけど嫌がることを無理強いするのは嫌なので、累が落ち着くようにそっと手を撫でた。

 しばらくすると腕の拘束が解かれて私は累を見上げた。目がほのかに赤いけど、もう涙も乾いていて泣いていたことが夢だったようだった。

 そうすると今度は向き合って抱きしめられた。


「累さん?」


「うん。受け入れてもらえたことが嬉しくて。もう少しだけ抱きしめてもいいですか?」


 可愛く聞かれて断れるはずもない。そもそも抱きしめてもらえることが嬉しいので返答は決まっていた。ドキドキと心臓がうるさかったが落ち着いた声で答える。


「はい。累さんに抱きしめてもらえるの…嬉しいです」


「可愛い結菜…大好きだよ」


「私も累さんのこと、大好きです」


 累はずっとこの秘密を抱えて私に会いにきてくれていたのだ。1年も前のことをずっと覚えてくれていたことにも驚きだったが、そのことを忘れていた私も大概うっかりしていると思って苦笑いした。


 確か1年前くらいに前髪で目が隠れて黒いマスクをつけた男の人を助けたことはあったが、前髪とマスクで完全に顔が隠れていたので、累と再開?した時に気づかなかったのだ。


「そういえば、前は前髪を伸ばしていましたよね?なんで今は目を隠すのをやめたんですか?」


「ああ…これ、今でも目を出すの恥ずかしいけど、以前みんなに配信中に理想の男性の髪型について聞いたことがあったでしょ?その時、結菜が目が見える横に流した髪型が好きって言っていたから…」


(そんなことあったっけ?ううん…思い出せない)

 累の配信はくまなく聞いていたつもりだったが思い出せなかった。


「じゃあ累さんは私に合わせて…」


「うん。本当はオシャレにも興味ないけど、結菜がハイネックの男の人が好きって言っていたからハイネックも色や形色々取り揃えてある…」


「累さん…」


 私は嬉しかった。累がそんなに私のことを思ってくれていたことが。

 だから今度は私から感謝の気持ちを伝えることにした。


「累さん、好きです」


少しだけ背伸びして累の唇にキスをした。


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