『結菜。子犬が家に来て慣れてきた。遊びに来たかったら累も連れてこい』
お昼休みに良平から連絡が来たのは一緒にペットショップに行ってから2週間ほど過ぎてからだった。
子犬は抵抗力が弱いので疲れさせないように念の為に1週間あけてお披露目になったらしい。
私は早速累に連絡を取った。
『良平の家に子犬が来たから遊びに来ないかって連絡がありました。もし累さんの都合が合えば一緒に行きませんか?』
累は仕事と配信者を両立していて忙しいから難しいかと思っていたが、返信はすぐにきた。
『じゃあ次の週末に、時間は良平君の都合に合わせるよ』
『わかりました。じゃあ時間が決まったら連絡しますね』
私は累に連絡を取ってから良平にLIMEする。
『今週末行ってもいい?時間は良平の都合に合わせます』
『じゃあ13時からでどうかな?』
『ありがとう!じゃあその時間に伺います』
予定が決まったので私は早速累に連絡した。
『13時から一緒に行きましょう。それで、ご迷惑でなければ私の家で午前中過ごしませんか?お昼ご飯も簡単な者であれば作ります』
するとすぐに返信が来ていたLIMEが既読で保留になってしまった。
(迷惑だったかな?もしかして親がいて気まずいとか思われてるかも。両親は海外移住したって話しておけばよかった)
私がそのことをLIMEしようとしていたら累から返信が来た。
『結菜の都合が良ければぜひ』
『よかったです。言い忘れていましたが、私の両親は今ハワイに移住して不在ですので、遠慮せずに来てくださいね』
そうLIMEするとまたしばらく返信が止まった。
(累さんどうしたんだろう。いつもは即レスなのに)
不思議に思っていると、累から返信が来た。
『わかりました。じゃあ。お土産買って行きます。楽しみにしています』
(ふふ。楽しみだなあ。子犬も累さんとのお家デートも)
そう思って家を見回した。家には私しかいないので、そういえば食器が一人分しかなかったことを思い出した。
(累さんが来る前に買い足しておかないと、せっかくだから揃えたいしお気に入りのショップに出かけようかな)
今日は定時で上がれる予定だったので帰りに寄り道しようと決めて仕事に出かけた。
ソワソワしながら仕事をこなし、仕事が終わるとすぐに退社してお気に入りのショップに行った。可愛いお皿などに心惹かれながらも、今持っているシリーズの食器を念の為3セットずつ買って帰ることにしたのだが、食器が思いの外重くて配送にすればよかったと後悔した時、急に食器を持つ手が軽くなって驚いた。
「なんだこの重い荷物」
なんと良平が私が持っていた紙袋を持ってくれていたのだ。
「良平!すごい偶然だね」
「ああ。お前いつも遅いのに今日は早いな」
「たまたま残業がなくて、週末累さんが家に来るから食器を買い足していたの。そしたら案外重くて…良平に持ってもらえて助かったー」
すると良平はぼそっと言った。
「お前の家両親いないし、家にあげるのはまだ早いんじゃないか?」
「そう?でも累さんは信頼できるし、ご飯食べてもらうだけだから平気だよ?」
「…あ〜久しぶりにお前の手料理食べたいなあ」
良平が突然主張し始めたので私は即座に答えた。
「じゃあ良平も来る?一人増えても問題ないから」
「おう。じゃあお昼にお邪魔する」
私はこの前の険悪なムードだった累と良平が意外と気が合ったのかと思って嬉しくなった。メニューは何にしようか。飲み物は?色々と考えると週末が楽しみになっていた。
「そういえばなのはちゃんは家に馴染んだ?」
「実はもうすっかり我が物顔でさ。特に母さんに懐いてて、夜も一緒に寝てる」
「ふふ佐和子さんらしい。子供みたいに可愛いんだね」
「ほぼ独占してるからなあ。俺ももっと可愛がりたいし一緒に寝たいのに」
良平宅ではチワワのなのははもうアイドルになっているらしく、みんなで取り合い状態なのだそうだ。ただ、餌係の佐和子さんが圧倒的に懐かれていて、佐和子さんが歩くと足元をちょこちょこついて歩くので一人勝ち状態なのだそうだ。
(動物って餌をくれる人に懐くからなあ)
そんなことを考えながら誰もいない家に帰った。
シンと静まり返る我が家は一人の気楽さもあるがそれ以上に寂しさもあった。
(良平の家はいいなあ。お父さんもお母さんもいて。しかも新しい家族も増えて。
私も何かペットを飼いたいけど1頭で留守番させるの心配だから無理だなあ)
激務で帰宅が遅くなるから。ご飯だってあげられない。寂しさを癒すために無責任なことはしたくない。
(時々良平の家に行ってなのはちゃんに合わせてもらおう)
そう考えながら私は家事を済ませると累さんにLIMEした。
『週末のお昼ご飯ですが、良平も来ることになりました。累さん、良平と仲良くなったんですね!累さんが来るって言ったら来たいって言っていたので』
そう送ると累から返信が来た。
『ああ…そういう…まあ。ご飯は人数多い方が美味しく食べられるから…』
なんとなく歯切れの悪い答えに私は首を傾げる。
(あまり乗り気じゃなさそう。もしかして良平の片思い?)
真実はわからないが、楽しみではあった。久々に冷え切ったリビングに人が集まって食事をする。
「あれ?」
ポロポロと涙がこぼれ落ちていた。
(ああ…私、寂しかったんだ)
その時改めて理解した。人の温もりを求めていたことを。そんな時に累に出会えてよかった。私一人では埋められない心の穴を累が塞いでくれるのが嬉しかった。
(今度の食事会。気合い入れないとね。また来たいって思って欲しいから。何度でも、何度でも、来たいって…)
私はそう思うと早速食事会のメニューを考え始めた。
翌日私は会社のランチ中にことの次第を同期の愛花に話した。すると愛花は頭を抱えたかと思うと私の額にデコピンをする。
「あんたねえ。彼氏がお家にくるのに、そこに男の幼馴染を呼ぶってどう言うこと!?」
「へ?一緒にご飯食べられたら嬉しいな〜って」
「ったく。鈍い鈍いと思い続けていたけど、もうどうしようもないわね。累さん可哀想に…」
私は全くわからないまま、不思議そうに聞いた。
「何が可哀想なのでしょう?」
「おバカ!逆の立場になってみなさいよ。甘々お家デートに幼馴染を呼ばれて仲良くご飯食べよ〜って言われて嬉しいはずないでしょ」
「…」
確かに言われた通りだ。私だったらモヤモヤするかもしれない。
「うん…ダメだね。私、舞い上がってて正常な判断ができていなかった」
「そうそう!ようやく目覚めたかねぼすけ」
愛花は口が少し悪いがいつも的確なアドバイスをくれる頼れる同期だった。そんな彼女のアドバイスを無視するわけにはいかない。
「良平には断りのLIMEを入れておくよ」
「よしよし!ちゃんと理解できてえらいね」
コクリと頷くと早速良平にLIMEした。
『ごめん土曜日のランチはキャンセルで、なのはちゃんだけみに行かせてもらいます』
すると即座にLIMEが届く。
『ようやく気づいたか。ばーか』
その一文で良平にもモヤモヤさせていたことに気づいて思わず渋い顔になった。
「ははは。良平くんに怒られたでしょ〜。ほんと結菜は鈍感だねえ」
「うう。返す言葉もありません」
そして私は累にもLIMEにもメッセージを入れて、ランチには良平は来れなくなったと伝えた。
『気を使わせちゃったかな?でも嬉しいよ。二人きりでのランチ。楽しみにしているね』
累からも嬉しそうなLIMEが届いた。
「愛花〜ありがとう。累も嬉しそうだよ〜」
すると愛花は結菜の頭をなでなでして言った。
「これからも何か悩むことがあったらんでもこの愛花様に聞きなさい。ね?」
愛花はそう言うと残っていたランチを食べ始めた。私もお弁当の残りを食べ終えたところでちょうどお昼休みが終わった。
そこでピロンとLIMEが入る。それは累からのメッセージだった。
『愛してる』
たったそれだけで心が弾んだ。
『私も愛してます』
そう返して仕事に戻って行った。