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第22話 心配

「残業続きだと体にも良くないよ。俺が同じ会社なら助けてあげられるのに…悔しいよ」


 累は私のことを思って心配してくれていることはわかる。だけど今の会社は残業をしないといけない以外はいい環境なのだ。きっと私が残業が辛いといえばすぐに改善してくれるだろう。

 そうすると私がする分の仕事を他の誰かが受けて、その人が残業しないといけなくなってしまう。そう思うととてもじゃないけどお願いできなかった。

 先輩も同期も後輩も、みんないい人ばかりの会社だから、どうしても自分一人でなんとかしないと、そう思ってしまうのだ。

(いいかげん甘え下手だよね。もっと容量よくやれればいいのに)

 私のことをなんでも屋のように扱う人も中にはいる。私がした仕事を自分がしたように見せかける人もいる。それはわかっているが、中にはそんな私の状況を把握していて、その二人の仕事は私がしていることを上司に訴えてくれる同期もいる。

 いいひとも、困った人もいる。それは仕方のないことだとわかっているけど最近ちょっと疲れている。だから尚更累さんに癒しを求めてしまうのだ。


「累さんありがとうございます。でも、私、まだ頑張れますから」


 累はしばらく考えた後、とんでもないことを提案してきた。


「ねえ、結菜は仕事を辞めて俺のマネージャーにならない?経理ができてスケジュール管理が得意な人を今探しているところだったんだ」


 私は突然の提案に固まってしまった。

(仕事を辞めて累のマネージャーになる?でもそれはきっと類が私を助けるために考えてくれた仕事だよね…。正直、魅力的ではあるけど、私は今の会社を辞める覚悟がなかったのでお話は丁重にお断りしよう)


「累さん、嬉しいですけど、私はまだ今の仕事を辞めるわけにはいかないので…」


 累はなんともいえない表情をして私のことを心配してくれているようだった。


「ねえ、本当に辛くなったらいつでも甘えていいからね?俺は結菜が苦しい思いをしているなら我慢できないんだ。お願いだから、無理しすぎて過労死…なんてならないでね」


(ちょっと前までならその単語は身近なものだったけど、累さんと付き合うようになって、心にゆとりができたおかげか、できない仕事は断れるようになったから…今はもう大丈夫)

 私は心の中で累にお礼を言って累に心配をかけないように微笑んだ。


「累さん。ありがとうございます。私には累さんがいるので、過労死なんて絶対できません。だって累さんと離れたくないので」


 ぎゅっと抱きしめられた。休日のショッピングセンターなので人通りは多く、通りすがる人は皆ジロジロ見てきたが、全然気にならなかった。私もそっと背中に手を回してそっとさすると累はますます抱きしめる力を強めた。


「累さん苦しい」


 だけど限度がある。格闘技をする逞しい腕に本気でだきすくめられたら数分でギブだった。


「あ!ごめんね。つい…。でも嬉しくて。結菜が可愛いこと言うからさ…」


 私は微笑んで累が落ち着くように両手を握った。


「何も心配することはないんです。私は累さんから離れることはありませんから」


 そう言って私は累の手を引いて歩き出した。


「ルタバで休憩しましょう。私季節のフレーバーが飲みたいので」


「ああ!そうだね。俺もコーヒーが飲みたかったからちょうどよかった」


「累さんはいつもブラックですよね」


「うん。苦いのが好きなんだ。ルタバのコーヒーは味が濃くて好きなんだ」


「私も好きです。でも季節のフレーバーも魅力で、いつもどちらを頼むか悩んじゃうんですよね」


「どちらも美味しいからね。じゃあ俺のコーヒー少し分けてあげるよ。結菜のフレーバーも味見させてくれる?」


「はい。じゃあいきましょうか」


 そう言って歩き始めた時だった。


「結菜!」


どこからか名前を呼ばれて振り返るとそこには愛花がいた。


「愛花!すごい偶然だね。買い物?」


「そうなの。ついでに映画見て帰ろうとしたらラブラブカップルがいるな〜って見てたら結菜だったから驚いたよ。結構大胆なんだね」


愛花はニヤニヤ笑って私を冷やかす。


「結菜、この人は?」


 累は少し警戒しながら愛花のことを見つめていたが、私がリラックスして対応していたため、少し警戒をといた様子だった。


「この子は愛花。私の職場の同期で仲良しな子だよ。いつも色々と助けてもらってるの」


「ふふ。結菜は色々と背負い込んじゃうからねえ。でも安心したよ〜休日にラブラブを補給できていたから最近調子が良かったんだね。もっと早く紹介してくれたら良かったのに〜」


「ごめんごめん、タイミングがなくて」


 私が謝ると愛花は“全然気にしてないけどね”と明るく笑った。


「いつも結菜がよくしてもらっているみたいで、ありがとう。結菜は色々心配なところがあるから、君のような子が友達でよかった」


累はちょっと話しただけで、愛花が無害な人物どころか、結菜の味方であることを感じ取ったらしい。

 愛花は愛花で累がしっかりした人物であることを見抜いたようでウンウン頷きならが言った。


「結菜は心配なとこあるから支えてくれる系彼氏ができて良かったよ〜。うちのヒモみたいな男に引っ掛かったら一気に悪化しそうだもんねえ」


「ヒモ?」


 累が思わず聞き返すと愛花はケラケラ笑いながら自分の彼氏は働きもせず家にずっといることを打ち明けた。だが、ただ飯を食わせる気がないから家事一般全て彼氏にやらせているから実質専業主夫を雇っているようなものだとあっさりと告げた。


「だめなところが可愛いんだよね」


 愛花は豪快に笑うと映画の時間になったからとさっさとその場を後にした。


「すごい人だったね。いろんな意味で」


 累が率直な感想を言うと私は頷く。


「そうなの。愛花は強いし仕事もかなりできるから、いつも助けてもらっているんだ。仕事押し付けてくる人を叱りとばしてくれたり、仕事自分の手柄にしようとした人がいたら私のした仕事だって言ってくれたり、助けられてばかりなんだよ」


「ああ。そんな感じだね。いい人だ。結菜はいい同僚をもったね」


「うん。いつも助けられている、大好きな人だよ」


 私と累はルタバに向かいながら話を続ける。

 累は愛花のことが気に入ったようでなぜか姐さんと呼んでいた。


「愛花の姐さんとはいつも一緒にいるの?」


「はい。お昼は一緒に食べますし、残業前の休憩に付き合ってくれたり、実際に残業のヘルプをしてくれることもあるんです」


「本当にいい人なんだね実際に会えて良かったよ。さっきの結菜の話、半分くらいしか信じられなかったから、実際にいい人に出会えて安心したよ。でも俺のマネージャーの件は前向きに検討してくれたら嬉しいな」


「あれ…まだ有効だったんですね」


「うん。本気で今いい人を探しているからね。できれば英語ができる人ならなお良いけど、英語は俺がカバーできるからとにかく経理だなあ。苦手なんだよね、経理」


(私経理は仕事でしているから助けられるけど、今の仕事も嫌いじゃないから迷うな)

 私が悩んでいるのを見て累は眉間に寄った皺を指でほぐしてくれる。


「悩ませたいわけじゃないんだよ。ただ、一緒に仕事できたら楽しいなって思っただけだから。人が決まらなかったらまた打診してもいい?」


「はい。私ももうちょっと考えてみます」


 私は累と一緒にいられる時間も大切だけど、離れる時間も必要だと覆っていたからずっと一緒なのはどうなのだろうとも思っていた。だからそのことは伝えず、答えを濁した。



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