映画が始まると私と累はピッタリとくっついてポップコーンを食べたりドリンクを飲んだりしながら集中して映画を見ていたのだが、ポップコーンがなくなったあたりで累が私の手を握ってきて、頭を私の肩に乗せて甘えてきた。
(何だか大型犬に甘えられてるみたい。可愛い)
私は反対の手で類の柔らかい髪の毛に触れる。そしてゆっくりなでなでと頭を撫でた。
すると累は体を起こす時自然な流れで私の唇に触れるだけの優しい口付けをした。
(え?今…唇が…)驚いて累を見ると彼は人差し指を立てて口元に当てると“静かに”というジェスチャーをした。
私は驚きのあまり固まっていたが、再び累が顔を近づけてくる。鼻と鼻が触れ合う距離で一旦止まって累は小声で“愛してる”と呟くともう一度触れるだけのキスをした。
その後、累は何ごともなかったように映画を見始めたが、私はそれどころではなく、心臓が張り裂けそうなほどドクドクと鳴っているし、ほおの火照りもなかなか取れなかった。
(累とキス…しちゃった。私の初めてのキスが累で良かったけど。心がもたない)
一人動揺しているといつの間にか映画のエンディングテロップが流れ終わり、劇場のライトがついた。私は慌てて立ち上がると累の顔を見る。すると彼は柔らかく微笑んで顔を耳に近づけるとそうっと言った。
「キス…しちゃったね」
私はまた唇に当たった感触を思い出して赤面した。
「初めてだったんです…」
「え?」
「私の初めてのキス…累さんでよかった」
私がそういうと累さんは口元を手で抑えて頬を赤く染めた。
(累さんがこんな顔するの…?どうして?)
「えっ…初めてだったの?俺が?どうしよう…すごく嬉しい」
累さんは私がまだキスを知らないことを知らなかった。だから動揺した様子だった。
「付き合ったことはあるんです。でも私が恥ずかしがりで手も繋げないから、二人とも1ヶ月ももちませんでした。だから累さんとは自然に手をつなげたり、キスされても嬉しいっていう気持ちが湧いてきて、すごく不思議な気分なんです」
「そっか…俺、てっきり。うん。大丈夫。責任は取るから!」
累はそういうと私の手を握って映画館を後にした。
「ごめんね、楽しみにしてたサマーサマーもしかして俺のせいでちゃんと見れなかった?」
「!ええっと…はい…途中から記憶がございません」
「やっぱりかあ…ねえ、今度はキス我慢するからもう一度サマーサマー見に行こう」
累は私のことを思ってそう提案してくれたのだろうが、申し訳なさが先にたつ。
同じ映画を二度も見るのはきっと退屈だろうから。
「いえ、地上波放送を待ちます。ここ最近は映画から地上波になるの早いですから。まてます。それより累さんとはもっと色々な場所にお出かけしたいです」
私がそういうと累は嬉しそうに微笑む。その笑顔は優しくてとろけそうな甘い微笑みだった。
「うん。一緒に色々なところに行こう。そうだ。今度はドライブデートとかどうかな?車は持ってないからレンタルなんだけどどうかな?」
「すごい!累さん運転できるんですね。じゃあドライブデートしてみたいです」
私はドライブデートに憧れていたのでワクワクした。
累さんは早速レンタカーの店を検索したようで私に聞いてきた。
「結菜、来週末空いてる?レンタカーの予約が空いてるから一緒に海にでも行かない?」
「海!行きたいです!わあ、楽しみ!」
無邪気に喜ぶ私の横で累はレンタカーの予約を完了していた。
私は日帰りで行ける海岸を検索して良さそうなところを累に見せた。
「こことかどうでしょう?浜も綺麗らしいですし駐車場も広いらしいですよ」
「ああ、ここか。近くにひまわり畑のある公園もあるんだね行ってみようか」
私の提案をのんでもらえたことが嬉しくて私は心が浮き立った。
(今までの彼氏は、私の提案は面白くないからとか色々いちゃもんつけて却下されることばかりだったから。累はちゃんと聞いて答えてくれるからすごく嬉しい)
今まで付き合ってきた彼氏と友達たちとは累は違うことを改めて感じていた。
「暑くなるみたいだから日焼け止めもしっかり用意しないとね。今一緒にいるのにもう来週の週末が楽しみだよ」
そう言って累は子供のように微笑んだ。その笑顔があまりに可愛かったので私は嬉しくなって思わずスマホのカメラで撮影した。
「結菜?なんで俺の顔なんて撮るの?」
「えっと、笑顔があまりに可愛くて…」
「もしかして待ち受けにしてくれるの?」
「それは…はい…」
「はは。なんだか照れ臭いな。でもありがとう」
何に対するお礼なのかわからないけど累に喜んでもらえたのは嬉しかった。私は早速待ち受けに設定して累に見せた。
「わあ。ちょっと恥ずかしいけど、スマホ見るたびに俺のこと思い出してくれるなんて嬉しいよ」
「仕事が忙しいので、すごく癒しになります。写真許可していただいてありがとうございます」
私がいうと累は頭を撫でながら言った。
「恋人同士なんだから気にしなくていいんだよ俺のことはいくらでも待ち受けにして」
「ふふ。ありがとうございます」
また心がポカポカした。累と付き合うようになってから、私は頻繁にこの感じを味わっている。
(幸せだなあ。累と恋人として一緒にいられるなんて。嘘みたい)
ちょっと前までは配信者とリスナーの関係で、配信を見るだけだった累がこうして隣にいてくれて恋人になってくれた。それがすごく幸せだった。
累はいつも歩調を合わせてくれるのだが、今は何か浮かれているようで私の半歩前を歩いていた。その背中は筋肉質なのがわかる細身なのにがっしりした体型で、後ろ姿だけでもすでにかっこよかった。
「あの、そういえば累さんの体型ってボディビルダーぽくないですよね?ずっと気になっていたんですけど、どうやって筋肉を鍛えているんですか?」
かねてからの疑問をぶつけると累はなるほど、と言った様子で答えてくれる。
「ああ。俺の筋肉はテコンドーでつけたものだから細身で筋肉がついているんだよ」
「あ!なるほど、格闘技でつけた筋肉だったんですね」
「そう。どうせなら強くなって大切な人を守れるような男になりたかったから、中学からずっと続けているんだ」
累はすごい。中学生ですでに大切な人を守るためにテコンドーを始めただなんて。そしてそれを大人になった今も続けていることがすごく尊敬だった。
「すごいですね。ずっと続けているなんて。大会とかには?」
「ああ。道場の人には勧められるけど、俺は大会には興味がないから一度も出場したことはないよ。非公式の練習試合ならしたことがあるけどね」
(試合には興味がないなんて勿体無いなあ。でも累さんの練習風景見てみたい)
私がそう考えていると、累は全てお見通しだったようで私の頭を撫でながら言った。
「気になるなら今度練習見にくる?平日の定時上がりに週3〜4日やってるから」
聞いて驚いた。週3〜4日定時に仕事を終えてテコンドーをして、さらに配信は毎日こなしている。そのバイタリティがどこから湧いてくるのか、わたしは驚愕した。
私なんて毎日の業務でいっぱいいっぱいで毎日残業、samの配信を聴くことだけが癒しの生活なのに。
「累さん本当にすごい。私と大違いです。でも平日だったら毎日残業だから難しいなあ」
「そっかあ。でもなんで毎日残業しているの?」
「私、要領悪くて、他の人の仕事お願いされても断れなくて、自分の仕事もこなそうと思ったらどうしても残業しないと間に合わないんです」
そう言ったら累は難しい顔をした。一体何を考えているのかわからないけど、きっと私のために何か考えてくれているのだろう。