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第17話 デート

 翌朝はいつもより早起きして髪型を綺麗に整えて、薄くメイクをした後、セレクトしてもらったコーディネートに身を包んだ。

 鏡の前に立つといつもの地味な格好と違って今どきの可愛い女の子風の身なりになれたことがすごく嬉しかった。

(わあ。服でこんなに印象が変わるんだ。)

 先日の落ち込みから一転こんなに気持ちが高揚するとは思っていなかった。花のしたことは今でも許せないが、累のおかげで私はなんとか怒りを収めて花を許したのだ。


 時計を見るとそろそろ家を出ないと約束に間に合わない時間になっていたので慌てて家を飛び出し、電車に乗った。昨日は悲壮感でいっぱいで車窓から外を眺めていたが、今日は明るい気持ちで車窓から外を眺める。昨日と違って景色が綺麗に見えるから不思議だ。

(ふふ。不思議。同じ景色なのにね)

 やがて電車は地下に潜り景色は真っ黒になる。その時良平からLIMEが入った。


『昨日はあれからうまくいったか?』


 私はあんなに親身になってくれた良平に報告を怠っていたことを忘れていて慌てて返信した。


『無事に仲直りできました。心配かけてごめんね。ありがとう』


『それならよかった。また問題が起こったらなんでも相談に乗るから…』


『頼もしい!その時はお願いします』


 たったそれだけだったけど良平の優しさに私は心がポカポカした。

 やがて電車は上野駅に着いたので、慌てて電車から降りて待ち合わせ場所に向かった。累はすでに着いていてなぜか女の子たちに囲まれていた。


「ねえねえお兄さん。一緒に回ろうよ〜もしかして男友達とだったらその人とも一緒でいいから」


「悪いけど彼女と約束なんだ。あっちにいってくれる?」


「え〜。お兄さんみたいなかっこいいイケボ彼氏ゲットした女の子気になる〜それだけ見たら散るからさ、見せて見せて〜」


(これは…待ち合わせ場所変えたほうがいいかも)

 私はなんとなく入って行きにくくて待ち合わせ場所を公園の美術館前に変更してもらった。

 だが心のモヤモヤが取れない。なんで私が気を使ってん場所を変えないといけないのか。彼女だからちゃんと堂々と累のところに行くべきだったのだ。


『今の見てた?ごめんな、うまく散らすことができなくて』


『いいえ。大変でしたね。では後ほど』


 今日のお目当てはモネ展。期間限定でモネの絵がたくさん見られる展覧会が行われるのだ。


「結菜ごめん!待たせちゃったよね?」


「いいえ。累さんも絡まれて大変でしたね」


「なれてはいるんだ。街を歩くとああいう人に絡まれる」


 累は見た目がかっこいいからよく逆ナンされるらしい。本人にその気がないので困るだけだから迷惑をしているそうなのだ。

見た目がカッコいいとそんな苦労もあるんだと思うと少し累に同情した。私は地味な見た目のおかげでナンパなんて今まで一度もなかったから。

(知らない人に顔だけで声かけられるなんて不快だよね…)

 累の優しさだと、いちいちお断りするのが申し訳にないという気持ちを思うと気の毒だった。


「累さんはかっこいいから…」


「結菜はおとなしそうだからきっと声かけられられないんだよね。ナンパはノリの良さそうな派手な子がされるからね」


 累はそういうと私の頭を優しく撫でた。


「またこうして結菜に触れられるの…嬉しい」


 累は嬉しそうな、ちょっと切なそうな顔をして言う。

 それを言うなら私だって、累の隣にまだいていいっていうだけで嬉しくて飛び上がってしまいそうだった。

(累も私と同じ気持ちでいてくれるのが嬉しい。私、本当に累のこと大好きなんだな)

 気持ちを再確認してから私は今度こそ素直に言った。


「累さん。私、本当に累さんのこと好きなんだって、今回のことでわかりました。離れること…すごく辛いです。どうかずっとそばにいさせてください」


 私の言葉に感極まったようで、累は私をぎゅっと抱きしめた。人目も気にせずただ抱きしめてくれる累に私はうっとりとそれを受け入れた。

 しばらくそうしていたが、頬にポツリと雨の滴が落ちてきて、あっという間に土砂降りになった。幸い私と累は目的の美術館前だったのですぐに館内に避難することができたが、別の目的地に向かう人たちは頭にタオルやハンカチをかけて走る人。諦めてずぶ濡れになる人とさまざまだった。


「予報では雨じゃなかったんですけどね」


 今朝の天気予報では終日晴れのはずだったのだが、私は晴れ雨兼用の日傘を持ってきていたのでそんなに心配することはないことを累に告げる。


「結菜は用意がいいんだね。そういうところも好きだよ」


 累はそう言って私を褒めてくれる。褒めて伸ばすタイプなのだろう。私はそれがこそばゆくもあり、同時にとても嬉しかった。


「じゃあ、館内に入ろうか」


累は私の手を優しく繋ぐと館内へと進んでいった。

(累さんの手。あったかい。それに大きくて。男の人の手だ。どうしようドキドキしてきちゃった)

一人ドキドキしながら累の後をついて絵を鑑賞すると、展示されている絵はどれも素晴らしく、見惚れてしまう。休日なせいか、人が多くごった返していたので累と逸れないように密着して進んでいく。

途中、有名な絵画が展示してあると、人がきができていて、見たいのに見えないところもあったが、そのたび累が“だっこしてあげようか?”と聞いていたので丁重にお断りをしていた。

 長い人がきを抜けて絵を全部見て回るとお土産コーナーがあったのだが、そこもすごい人がいて、綺麗な栞を見つけて買いたいと思ったが、長蛇の列を見て諦めて帰ることにした。

 その時、後ろを振り向くとそこにいたはずの累がいない。

(ええ!この人混みの中で逸れた?とりあえず外に出よう)

 外に出るとようやく落ち着いて呼吸ができるようになった。

(累さんはどこに行ったんだろう)

 不安に思っていると、スマホにLIMEが来ていて、今会計の列に並んでいるからカフェで落ちあおうということだった。

(累さん何か気になるものでもあったのかな?じゃあ近くのルタバでコーヒーを飲みながら待とう)

 私はそう思うとルタバに向かって歩き始めた。


 ルタバでコーヒーを飲んでいると、良平からLIMEが届いた。


『チワワの名前が決まったから教えるな。女の子だから“なのは”にしたよ。家に来るのは1週間後だから、累も連れて見にこい。今日は母さんも一緒にショップに出向いてなのはにあってきたが相変わらず可愛かった』


『累も一緒にいいの?ありがとう!絶対お邪魔させていただくね』


 そう打ち込んでからふと外を見ると、累が私に手を振っていた。

 累もルタバに入ってくるとコーヒーを注文すると私の隣に座った。


「何か買い物だったんですか?」


「待たせてごめんね。実はこれを買いたくて」


 そう言って累が取り出したのは私が見ていた栞2枚だった。


「あ!これ…」


「はい、一個は結菜に、もう一個は俺用」


 あまりにも見つめすぎて無意識におねだりしていたみたいでちょっと申し訳ない気持ちになっていると、累はそれを気づいて微笑む。


「俺も綺麗だから欲しかったから気にしないで。それより突然離れてごめんね。不安だったろ?」


「ちょっとだけ…でも嬉しいです。私、この栞大切にしますね」


 私はそういうと早速カバンに入っていた本にその栞を挟んだ。


「今は何を読んでいるの?」


「あ、これはレ・ミゼラブルです。主人公のジャンが好きで、ついつい何度も読み返してしまうんです」


「ああ。有名な本だからね。俺も一度読んだけど、彼の生き様は素晴らしいと思う」


「そうなんです。登場人物みんな色々抱えていて、読み応えありますよね」


私は本の表紙を撫でる。初めての出会は小学生5年生の頃。それからずっと何度も読み返していたのだ。


「結菜が好きなものまた1つ知れて嬉しいよ。これからもっと結菜の好きなもの知っていきたい」


「私もです。累さんの好きなもの。たくさん知りたいです。あ!そういえば良平から連絡があって、子犬が来週から家に来るから一緒に遊びにおいでって言っていました」


 その言葉を聞くと累は苦笑いした。


「彼は真面目な人だよね。俺なんて彼にとって目の上のたんこぶみたいなものなのに。気を遣って…」


「え?累さんが?どうして?」


 不思議に思って尋ねるが、累はニコニコ笑っているだけで何も答えてくれなかった。


「でも、彼ともLIMEしてるのか。少し妬けるな」


「あ…やっぱり男の人とLIMEするの、よくないですよね。今後は控えます」


「いや、良平くんとなら問題ないよ。俺もあまりうるさく言いたくないから。気にしないで」


「そうですか?じゃあ…」


 私はホッとした。良平とは幼馴染なので累と付き合うことで縁が切れるのが寂しかったから。贅沢なことだとわかっているけどどうしても良平との縁は途絶えさせたくなかったのだ。


「この後はどうするんですか?」


時計を見るともう2時。お昼の時間はとうに過ぎているが、二人とも昼食を食べていなかった。


「ちょっとここから離れたところにあるんだけど、美味しいベトナム料理を出してくれる店があるからそこにいかない?昼と夜を兼ねて、ちょっと多めに注文してシェアして食べよう」


「ベトナム料理?素敵ですね。私食べたことないんです」


 私は基本日本食派だったのだが、ベトナム料理には興味があったので、ワクワクしながら累の言葉に耳を傾けた。


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