「信じたくないの、累さんに他の女の人がいるなんて…」
「だけど実際いたんだろ?見たんだろ?だったらもうその男には関わらないほうがいい。実際会ったのだって一回だし、早めに諦めたほうが身のためだよ」
良平は正しい。彼はいつも正しいのだ。私が困ったことになっていると、いつも的確なアドバイスをくれる。優しくて頼りになる私の幼馴染。
「うん…良平の言うとおりなのかもしれない。でも、もしかしたら何かの間違いかもしれない…今度…映画デートの約束をしているから、その時聞いてみる」
「LIMEで聞かないのか?その方が早いだろ」
「こんな大切なこと、LIMEで済ませたくないし、今は冷静じゃないからきっとうまく話せないもん」
「そっか…とりあえず今日は心配だし付き合うよ。この後用事は?」
「ううん。もう買い物が終わったから休憩していたところ。あとはお店とかブラブラ見て回って帰ろうと思ってた」
だけど今の精神状態では楽しくウインドウショッピングなんて楽しめない。だけどこのまま帰るのも落ち着かない。どうしたものかと思っていたが良平がある提案をしてくれた。
「じゃあこのあとペットショップに行かないか?俺、母さんから可愛い子犬を探せって言われててさ。運命の出会いがあるかもしれないからショップは必ずのぞくようにしているんだ」
「運命の出会いって…良平のお母さん犬好きだもんね。ついに飼うことにしたんだ」
「そうなんだ。子育ても落ち着いたから何かをかまいたくてしょうがないから子犬を育てたいそうなんだ。子育てが生きがいだった人だから、寂しいんだろう」
良平はそう言うとアイスコーヒーをストローを抜いてごくごくと飲んだ。
「今どんな子犬がいいのかいつもSNSでチェックしているんだけどさ、母さんの好みの子がなかなか見つからないから困ってるんだよ」
言いながら良平はスマホのSNSで可愛い子犬動画を見せてくれた。どの子も可愛くて、先程まで動揺していた心が少しずつ落ち着いてきた。
「あ!可愛い。この子もチワワ?なんだか毛が短い」
「ああ、チワワにはロングコート…毛が長いのと、ショートヘア…毛が短いのがいてね。俺はショート派なんだけど、母さんはロング派なんだよね」
「そうなんだ!さすが調べているだけはあるね」
「まあなあ。かれこれ半年くらいずっと探してるけど、コイツって子になかなか出会えなくてね」
良平がいいと思ってもお母さんからダメだしされてここまできてしまったそうなのだ。良平はもうショップの超常連になっているらしく、ショップから新しい子が入るたびに連絡が来るのだそうだ。今日も3頭新しい子がはいったからと足を運んだらしい。
私がドリンクを飲み終わると良平は私を馴染みのペットショップに案内してくれた。そこは小さな犬や猫が展示されており、多くの客で賑わっていた。
「あ!高木様!いらっしゃいませ」
良平が店に入るなり、ベテランさんらしい人に声をかけられた。良平の苗字は高木。もう名前まで覚えられているらしい。
「ご来店ありがとうございます。今回こそは良いご縁があったらいいのですが…」
「いつもすみません。母がわがままで…早速見せていただけますか?」
「ええ。ではふれあいルームへどうぞ〜」
そう言って通されたのはショップで子犬や子猫を飼う人が最終面談を行う特別室だった。
「お前も来るだろ?」
良平は当然のように言ったが私は戸惑った。
高木家の未来の飼い犬を決める大切な場に部外者の私がいてもいいものか少し悩んだのだ。
「あ!今部外者だからって躊躇しただろ?気にしなくていいんだよ。可愛いから一緒に入って、心の傷にも子犬はきくよ」
(良平は優しい。こんな時も私を気遣ってくれるなんて)
ちょっと涙が出そうになったがグッと堪えた。
「ありがとう。じゃあ一緒に見せてもらおうかな」
私は良平についてふれあいルームへと足を踏み入れた。
「では最初にロングコートのチワワちゃんをお見せしますね。この子はおとなしいので飼いやすいと思います」
ケージから出されたその子は綺麗な白いチワワでとても可愛らしかった。
そうっと抱っこすると膝の上で緊張しているのかプルプル震えていて可愛らしかった。
「良平!この子可愛いね!」
「うん。早速LIMEしてみよう」
良平は写真をとってLIMEを送るがお母さんからの返事はNOだった。
「すみません。本当にわがままな母で」
良平は申し訳なさそうにその子をショップの定員さんに手渡す。
私は可愛い子犬と離れがたかったが仕方がない。うちはペットを飼う予定などないのだから。
次に連れて来てもらったのは、まろまゆのベージュ色のチワワだった。どこか上品なその子は美しい毛並みで見ていてため息が出るほど美しかった。
良平を見ると彼も相当気に入った様子でお母さんにLIMEしたが、なんと保留とのこと。仕方なく3頭目を見せてもらうと、その子はちょと鼻が潰れてブルドック系の顔で白いロングコート。お世辞にも綺麗とは言い難いが、不思議と愛嬌があり、ひとめ見た時から心に刺さった。
「あのさ、この子俺めっちゃ好きなんだけど」
「わかる!私もこの子好き。可愛い」
急いで写真をLIMEで送るとなんとお母さんからOKがもらえたのだ。
「この子にします!必要なグッズも合わせて購入しますから、よろしくお願いします」
そう言うと店員さんは嬉しそうに微笑んだ。
「よかったです。ようやくお眼鏡に叶う子が見つかって。では、残りの2頭をケージに入れて来ますので、彼女さんとこの子と触れ合っていてくださいね」
ベテラン店員さんはそう言うと2頭が入ったケージを抱えてふれあいルームから出ていった。
「ああ…間違われちゃったな。悪い」
「へ?なんのこと?」
私は子犬に夢中で店員さんの話をよく聞いてなかったのでなんで良平が申し訳なく思っているかわからなかったのだ。
「そっか。聞こえていなかったならいい。でもようやく出会えて肩の荷がおりたよ。きっと結菜がいてくれたからかな」
「え?私は関係ないんじゃない?」
「ふふ。お前は気づいていないかもしれないけど、昔からお前と一緒にいると色々と事態が好転することが多かったんだよ。それに俺はお前が…」
良平は言いかけて口ごもる。私が一体どうしたのだろう。
「いや。いい幼馴染だと思ってな。優しいし…」
「ふふ。ありがとう。でもよかったねお母さんも気に入ってくれて」
「あの母さんがねえ。まさか綺麗系じゃなくて癒し系を探していたなんて、それで毎回ダメだったんだなあ」
ようやく納得したという感じで良平はため息をついた。その間にも子犬は私の膝の上でプルプル震えながら可愛い表情を見せてくれていた。
「そういえば良平は抱っこしなくていいの?」
「俺はこいつが家に来たらいつでも抱っこできるからな」
「そっかぁ。じゃあ私もこの子に会いたいし、また時々遊びに行ってもいい?」
「もちろん。母さん喜ぶよ」
良平は嬉しそうに言ってチワワの顎をすりすりと撫でた。するとチワワは甘えた声を出してうっとりとした。
すると店員さんが戻ってきて、チワワを受け取るとケージに入れて、店内で必要な道具を選ぶ手伝いをしてもらえることになった。
良平はケージやベッド、リードにハーネス、フードとボウル、給水機などを購入して子犬の売買契約書にもサインをしてそのすべての支払いをした。
(私も立ち会ったし、何かプレゼントしようかな?)
私はそう考えると子犬でも食べられると飼いてあったボーロと子犬用のおもちゃを購入してラッピングしてもらった。
「結菜。何してるんだ?」
「あ!良平…ふふふ。内緒」
(せっかくだからお店を出てから渡したいもの。ちょっと秘密にしちゃおう)
私はそう思って手ぶらの良平を見て不思議に思った。あれだけ購入した大量の用品を持っていなかったから。
「良平、買ったものはどうしたの?」
「ああ。かさむから郵送にしてもらったんだよ」
そう言って配送伝票をぴらぴらとして見せた。
子犬の受け取りには1週間ほど時間がかかるらしく今日は連れて帰れないので私たちは手ぶらでショッピングセンターの中をぶらぶら歩いた。その時後ろから声がかかる。
「結菜…それは誰?」
私は驚いた。だって目の前にはまるでお人形のような女の子に腕を抱かれた累が立っていたから。
「っ!累さん…」
遠目に見た時も可愛かったが、近くで見ると陶器のようにすべやかな肌に小さな顔、長い手足とお人形さんのような女の子だった。
その子は私をまるで値踏みするように上から下まで見つめるとふっと笑って言った。
「累。この子が新しい彼女さん?奥ゆかしそうな人だね」
「花は少し黙っていて。ねえ、結菜、その人は誰?」
累は少し怒り気味に聞いてきた。その声音は私を責めるような気配があって私は少し不快になった。
(自分だって女の子連れているのに…まるで私が浮気しているかのように…ひどい)
私はちょっと腹を立てて言い返そうとしたところ、一瞬早く良平が累に向かって言った。
「俺は結菜の家が隣の幼馴染の高木良平。俺の方が3年早く生まれているから、結菜とは生まれた時からずっと一緒だった。ただの幼馴染だよ。だけどアンタこそその女はなんだよ。結菜は俺の大切な幼馴染だ。傷つけることは許さない」
そう言うと累は苦い顔をして花のことを一目見てから言った。
「花は俺の妹だ。やましいことは何もない」