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第7話 公園

 そのあとは黙々と食べ終わり、お会計となった。


「じゃあ別会計で…」


「いや、一緒にお願いします」


「でも…


「俺が誘ったんだからどうかご馳走させて、ね?」


「でも、さっきの動物園もだしていただいたのに」


「じゃあ、後でお茶するときに甘えてもいいかな?」


「!はい、それなら、お願いします」


 私に罪悪感を持たせずお会計をしてくれる累に感謝しながら、まだお茶をするまで一緒にいられることが嬉しかった。

 お店から出たら私は累にお礼を言った。


「ごちそうさまでした。すごく美味しかったです」


「よかった。また一緒に来てくれる?」


「はい!もちろんです。鰻も美味しいですけど、累さんと一緒にご飯が食べられるのが嬉しいので…」


「一緒にご飯…そうだね、一人で食べるより一緒に食べた方が美味しいよね。なんだか、初めてだな。だからいつもより鰻が美味しかったのか。腕が上がったなって思っていたけど、そうじゃなかったんだね」  


 少し驚いたような表情の累は呆けたように口に手を当てて遠くを見ていた。

(累さんはどこを見つめているのかな)

 気になったが、まだ知り合ったばかりで土足で踏み入ってはいけない領域だと思って私はそっと累の手を握った。なんだか、そうしないと累がどこか遠くに行ってしまいそうだったから。


「あ…結菜ちゃん…」


「累さん?どうかしましたか」


「ううん。なんでもないよ。ちょっと昔を思い出してね。でも今は結菜ちゃんがいてくれるから大丈夫」


 そう言うと累は私の手を握る。その指先はヒヤリと冷たくて、何か嫌なことを思い出したのだろうと言うことが何となくわかった。累には私には知られたくない悩みがあって。それは血の気の引くくらい深刻な悩みなのだろう。

(累さんが話してくれるまで、踏み込むべきではない)

 そう思うと私は両手で累の手を優しく包み込んだ。せめて冷えた手を温めてあげたかったから。

 その意図が伝わったのか、累は私を見て少し目を見開いたがそれは一瞬で、私の意図が伝わったのか、穏やかな表情になって私のするようにさせてくれた。

 しばらくそうしていたが、累の手先に暖かさが戻ってきた頃、累は私に優しく提案してくれる。


「この近くに綺麗な公園があるんだ。そこを散歩しない?」


「わあ。今日は気温もそこまで高くないですから、新緑の中を散歩するのも気持ちよさそうですね!行きたいです」


「そう言ってもらえて嬉しいよ。ただ新緑を眺めながら公園を散歩するの、好きなんだ。生命力を感じて、力をもらえるんだ」


「私も好きです。緑に囲まれると癒されますし、疲れた時に最適ですよね。私の職場の近くにも大きな公園があって、毎日そこのベンチでご飯を食べるんですけど、季節の移り変わりがわかって、好きなんです」


 そう、私は同期で仲良しの泉川愛花と一緒にランチをしながら恋バナをすることが数少ない楽しみだった。彼女の彼氏はいわゆるヒモで、ミュージシャンを目指しているが全く芽が出ず生活の全てを愛花に頼りきりになっている。唯一救いなのは彼が家事全般をこなせるので、いつも美味しいお弁当を作ったり、朝夕の食事や掃除、洗濯などをこなしてくれることだろう。


『私、仕事好きだからこのまま彼と結婚してもいいと思ってるんだよね。彼には専業主夫になってもらってさ。惚れた弱みってやつ?可愛いんだよね。年下だし、甘えてくれるの嬉しいんだ』


 愛花の嬉しそうに惚気る姿が目にうかぶ。今までは聴くこと専門で時々samの話をしていたが、愛花は有名配信者にガチ恋しても叶うことなんてないから現実見つめて合コンでもしたらいいとアドバイスを受けたいた。それが、こんな関係になったと話したらどう感じるだろう。

(一緒に喜んでもらえたらいいな…)

 私はそんなことを思いながら累と一緒に歩いた。


「考え事?」


「あ、ごめんなさい。私、ぼうっとしてました?」


「いいんだよ。話しかけても反応がなかったからどうしたのかなって思って」


「うう。私、考え始めると周りの音が聞こえなくなっちゃうんです。それで会社でもよく怒られて…」


「はは。それは災難だね。でも会社員か。俺とは無縁の世界だから興味あるな。結菜ちゃんの会社ってどんなところ?」


「普通の会社ですよ。上司も同僚もいい人ばかりで、かなり恵まれた環境だと思います。だけど、しんどいこともあって、そう言う時は累さんの配信見ながらビール1本飲むとすごく元気が出るんです」


「そっか俺でも結菜ちゃんの助けになれていたんだね。嬉しいよ」


 私と累さんは赤信号で立ち止まる。周りを見ると仲良しのカップルが多くて、私達もああいう風に見えたらいいのになあ。と思った。

 累さんをそっと見上げると累は堂々とした佇まいで目の前の信号を見ていた。だが私の視線に気づいたのか、ふっと優しく微笑む。まるで愛おしい宝物を見るような優しい瞳。私はその瞳が大好きになっていた。

 公園はすぐ近くで、街中にそこだけ緑が溢れており、少し場違いな感じもしたが、その緑の美さに目を奪われた。


「あそこが公園ですか?」


「うん。ビル群の中にぽっかりあそこだけ緑が溢れてて、その異質さが好きでね。よく来るんだ。中にはベンチもたくさん置いてあるからゆっくりできるよ」


「いいですね。あ!でも私初めてなので、公園をぐるっと一回りしてみたいです」


「そうだね、じゃあまずは公園の中、みてあるこうか」


 累はそういうと自然な所作で私の手を握る。私はもう23なのに、高校生に戻ったようにそのことにドキリと胸が高鳴る。繋いだ手からはもう先ほどの冷えはなくなり、優しい温もりが伝わってきた。

(累さんの手、温かい。まだなれていないから少し気恥ずかしいけど、こうして手を繋いていたら、きっと恋人のように見えるよね…累さんへの返事、ちょっと待ってほしいって言われたけど、答えはもう決まっている。ずっとメッセージしていた通りの人だったから、好きだな。はい。って言って本当の恋人になりたいな)

 私はそう思いながら青信号になった横断歩道を渡った。


「そういえば、子供の頃は横断歩道の白線の上が飛び石で、コンクリートは海っていう設定で、毎回白線の上を飛んで歩いていたんですよ。累さんはそういうことありましたか?」


「ふふ。結菜ちゃんらしいね。俺は…なかったなあ。そういうこと。でも、今の話を聞けてよかった。また一つ結菜ちゃんのことが知れて」


「累さん…」


 累の子供時代はどんな少年だったのだろうか。私は聞きたくなったが、話はそこで打ち切られたので、私はそれ以上話すことはできなかった。

 公園に入って上を見上げると、木漏れ日が輝き、緑が深く、美しい。初夏になったのに、まだ蝉の声は聞こえなかったから、少し蒸し暑い気温が肌にまとわりつく。普段だったらそれを不快に思うのだが、累が一緒にいると、自分達の周りだけ清涼な空気が流れているような感覚になって、少しも不快ではなかった。


(累さんが一緒にいるだけで世界がこんなにも楽しいだなんて…知らなかった。私がまだ知らない世界を累さんに教えてもらいたい)


 ゆっくりとした足取りで公園を歩く。この公園は中央に大きな池があり、その周りをぐるりと木のトンネルが囲んでいる形になっていた。途中、遊具があって小さな子供達が楽しそうに遊んでいたが、累は眩しいものを見るように目を細めてその子供達を見ていた。

(累さん、子供好きなのかな?)

 だがそれを聞く前に累はまたゆっくり歩きだしたので私はそのことを聞きそびれてしまった。


「どうかな?ここの公園、子供の声しか聞こえないから静かでいいでしょ?」


「ええ、とてもいいですね。でも大きな池、あ!あそこに亀さんが日向ぼっこしてる」


池の中にある大きめな岩の上に悠々とくつろぐ亀を見つけて私ははしゃいだ声を上げた。


「本当だ。今日は天気もいいから日光浴日和だね。亀もいるけど、ここは鯉もいるんだよ。もう少し先に行ったら小さな橋があるからそこから池の中をのぞいてみようか」


「はい。楽しみです」


 二人はそんなことを話しながら公園の中をそぞろ歩いた。しばらく歩くと累が言った小さな橋が見えてくる。そこでは老人が鯉に餌をやっていたので、それを横から見せてもらうことにした。

池の中では口をぱくぱくさせる鯉たちが、一生懸命な姿がとても愛らしかった。


「可愛いですね、お腹空いてるのかな?」


「そうだね。餌、きっとすごく美味しいんだよあそこの鯉、すごく大きい。きっと沢山餌を食べたんだろうね」


 累が指で示した場所を見るとそこには貫禄のある大きな鯉が口を開けて餌を食べていた。


「ふふ。本当だ。一匹だけすごく大きい」


「ね?食いしん坊なんだろうね。あの鯉」


「そうですね。あんなに大きくなって、泳ぎにくくないのかな?」


「ああ!その発想はなかった。鯉は当たり前に泳ぐものだと思っていたから、泳ぎにくいか…確かにそうだね」


 そんな会話をしていたら、餌やりをしていた人がクスクス笑いながら声をかけてきた。



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