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推し恋
南雲葵巴
恋愛現代恋愛
2024年08月14日
公開日
119,295文字
連載中
泉川結菜(23)は配信者samにガチ恋していた。ある日突然samからの「会いたい」というメッセージに答えて初めてリアルのsamである沢村累(26)に告白されて付き合うことに!だが、次第に重くなる累の愛情に結菜は押し潰させそうになる。

第1話 私はリスナー


 この時間の電車はガラガラで席に座ることができる。だけど毎朝いつも同じ場所に窓際に立ち、外を眺めている男の人がいた。いつも背中を向けているから顔を見たことはないが、いつも同じ場所にいるため少し気になっていた。

 私は今日の業務のことに思考をうつし、今日一日乗り越えることだけを考え始めた。


「だから!ここがどうしてこうなったんだ!」


 朝から怒鳴り声。私の作った資料は課長にはお気に召さなかったらしい。早朝に来て仕上げていたのに…それでもだめらしい。


「どんまい。あいつ朝からイライラして、どーせまた奥さんに怒られたんでしょ」


 席に戻ると同期の五木ななみがそっと小声でフォローしてくれる。彼女は身長173センチで細身のモデル体型、ぱっちりとした目に鼻筋が通っており小顔で誰が見ても華のある美人だった。

 美人な上に気遣いができて彼女は完璧な女性。私の尊敬の対象だった。


「ななみありがとう!フォロー入れてもらえただけでも救われるよ」


 私はそういうとバツがついた場所を修正していく。ただ、大幅な改訂はせず、課長の好みそうな表現に変えただけ。それを持っていくとあっさりOKがもらえた。


「お前みたいな陰気な女はせめて仕事くらいできないと将来が暗いぞ。あははは」


 後ろから飛んでくる課長のヤジに私は手をぎゅっと握りしめて涙をグッと堪えて休憩室に向かった。今はとにかく一人になりたかったからだ。

 私は休憩室でスマホを確認すると、待ちに待ったsamからのメッセージが届いていた。


『感想ありがとう。君が少しでも元気でいてくれたら嬉しいよ。ところで、君は魚介は好きかな?実は美味しいお店を見つけて、よかったら一緒に行かない?』


 私は呼吸が止まるかと思った。だってあのsamが私を食事に誘ってくれたのだから。慌ててもう一度文章を読み返すが、内容は間違っていなかった。

(samに会える!?どうしよう…私みたいな地味子が会いに行っていいのかな?がっかりされないかな)

 しばらく考えていたが、失望されたくないという思いより、samに会いたいという気持ちが勝って、私はOKの返信をした。

 するとすぐに返信が来る。


『ありがとう。じゃあ今週土曜の11時にハチ公前で…目印に黒のハイネックで行くから。nanaは何か目印を持ってもらってもいいかな?』


『わかりました。私はベージュのワンピースで行きます。白い日傘を持っていますので、それを目印にしていただいてもいいでしょうか』


『了解、じゃあ土曜日、楽しみにしているね』


 そこでメッセージは終わった。

 その日の業務はなんだかぼんやりしていてよく覚えていない。まさか憧れのsamと会えることになるなんて、そのことが嬉しすぎて他のことはどうでも良くなってしまっていた。

 残業を終えて家に着くと、幼馴染の高木良平が丁度お裾分けのタッパーを持ってチャイムを押そうとしているところだった。


「ただいまー。良平もしかしてそれって佐和子さんのご飯?」


「ああ。お前がまともなもん食ってないだろうから持って行けって」


良平は私の隣の部屋に住んでいる幼い頃からの友達、いわゆる幼馴染だった。そして佐和子さんは良平の母親。


「せっかくだから上がってく?久しぶりにビールでも飲もうよ」


「…お前なあ。こんな夜更けに男を部屋に入れるやつがあるか…でもまあ、俺だからいいか」


何やらモゴモゴと喋っていたが良平は素直に私の後について部屋に入ってきた。


「お前仕事忙しいのに部屋綺麗だよな」


「綺麗にしとかないと落ち着かないんだよね。本当はダラダラしたいのにできないの。悲しい性だよ」


 そう言いながら私は良平をリビングに残してシャワールームに直行する。いつもそうなのだ。私がシャワーを浴びている間に良平が飲みの準備を整えてくれてい

る。私はそれに甘えるのが当たり前になっていた。


「良平ありがとー!早速ビール飲も!」


「お前は本当にいつまでたっても子供だよなあ。普通男がいる時にシャワーなんて行かないぞ」


「だって良平だし。何か不都合が?」


「いや…いいんだ。お前が気にならないなら…はぁ」


 良平は何かいいたげだったが、気持ちを切り替えたようで、冷蔵庫から冷えたビールを持ってきてくれて。


「じゃあ早速乾杯しよう!」


「おう!乾杯」


 テーブルには美味しそうなお惣菜が並んでいる。しかもご飯には私の大好物のとろろがかかっている。


「ん~!美味しい!いつものコンビニご飯と違ってあったかいし美味しい~」


 私は佐和子さんに感謝しつつパクパクとお惣菜を食べすすめていく。良平はそんな私を優しい眼差しで眺めながらビールを飲んでいた。

 ふと時計を見て私は焦った。いつものsamの配信の時間だったからだ。


「良平ごめんね!ちょっと配信見るから!」


私は慌ててスマホスタンドにスマホを置くと配信画面を表示した。


「ああ。お前がハマってる配信者か…うわ。すごい筋肉だな。なんか格闘技でもし

てるのかな?マッチョではないけど筋肉がすごいなあ」


「すごいでしょ!?それに声もすごくいいの~ああ~土曜日会えるの楽しみ」


 お酒が入っていたこともあって私はついうっかり口を滑らせてしまった。

 慌てて誤魔化そうとしたが良平はそんな私の思惑を潰すように低い声で少し怒った声で言った。


「土曜日に…会う!?この配信者とか?」


「あううう~。実は今日お誘いが来てえ~。つい」


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