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第2話

2・

 目が覚めたら夕方だった。夕日に染まった縁側は、まだ日中の熱をもった風が通って行く。視界に入るのは、軒下に下げた古い… 風鈴? 風に揺られて出す音は、透き通ったガラスの音ではなく鈴の音だった。


「随分と、優雅な時間の使い方じゃない?」


 視界が急に覆われた。


「… 気がついたら、寝てたんだよ」


 昨夜の女の声、隣に住む幼馴染に、ゆっくりと顔の上に置かれた物を手に取った。


「… 花火」


 顔から腕を伸ばして放すと、『お得・花火セット』の文字と、色とりどりの手持ち花火が見えた。


「どうせ、何もしないんでしょう? ダラダラしてるんだから、これぐらい付き合ってもバチは当たらないわよ」


 パッと花火が取られて、女の顔が現れた。


「相変わらず、化粧っ気ないのな」


 そんな言葉が、自然と口から出てきた。


「化粧臭いのは嫌いだって言ったくせに」


 夏なのに、あまり日焼けしていない頬を膨らませた顔は、実年齢より少し若く見える。色素が薄く猫っ毛で量が少なく見える髪を、ボブにしたのはいつだったろう?


「二人とも、スイカ切ったからお上がり」


 座敷から、ばあちゃんの声が聞こえた。


「は~ぁい。頂きます」


 俺が返事するよりも早く、女は返事をすると視界から消えて風鈴もどきが見えた。


「それ、取っちゃ駄目よ。かよさんが気に入ってるんだから」


かよさん… ああ、ばあちゃんか。


「いつまで孫の失敗作を取っておくんだ?」


 孫の失敗作… そうだ、あれは小学二年の夏休みに、自由研究で作ったやつだ。乳酸菌飲料の空き容器に穴を開けて、小さな鈴を着けたテグスで吊るした物だ。


「ほら、ぼーっとしてたら、スイカ温くなっちゃうよ。食べたら、花火しよう」


 のっそりと上半身を起こすと、幼馴染がスイカの乗ったお盆を持って来た。俺の隣に座ると、大きなスイカを差し出してきた。


「スイカの種、ちゃんと出すんだよ?」


 受け取った俺に、幼馴染はニンマリ笑って言った。


「普通だろ?」


「あ、忘れてる」


 大きな口を開けて頬張ると、スイカがこれでもか! と言うように、口の中で存在を主張した。甘い汁が喉を通って、俺は喉の渇きを思い出した。


「忘れてる?」


「そう。子供の頃、散々かよさんに言われてたでしょ。スイカの種を飲み込むと、お臍から芽が出るよ。って」


 思い出した。


「それ、試しただろう。出なかった」


 あれは、小一年の夏休みの自由研究だった。


「スイカの他にも、色々飲み込んだね。覚えてる?」


「スイカ、さくらんぼ、メロン、巨峰、桃は無理だった。結局、腹が下っただけだった」


「マンゴー買って! ってねだって、かよさんに怒られたの、覚えてる?」


 覚えてない。


「あの頃は思わなかったんだけれど… 出産間近の妊婦さんのお腹、スイカが入ってるみたいって、よく言うでしょう? さくらんぼも、メロンも、巨峰も、みんな中に胎児を入れるほど大きくはないでしょう?」


 三つめのスイカを食べようとして、手が止まった。


「女の生理って、使わなかった胎児のベッドなのよ。受精卵が着床しなかったら、血液となって体外に流れて、また四週間前後かけて新しいベッドを作るの。スイカって、中身も汁も赤いじゃない? だから…」


 そう言いながら、幼馴染は自分の下腹部を優しくなでた。


「そこに…」


 入っているのか?


「違うよ」


 俺の思っていることが分かったのか、幼馴染は俺を見て鼻で笑った。


「そうだったらいいなって。スイカの種を飲んで、赤ちゃんが出来るのなら…」


「飲むのか?」


「少子化問題なんて、即解決よ」


 幼馴染はおどけて言うと縁側から庭へと降りて、花火の準備を始めた。


 スイカの種を飲み込むと、臍から芽が出る。それを放おって置くと、腹の中で赤子が出来て成長し、腹がスイカのように膨らんだ頃、腹を割いて赤子が産まれる。


 ばあちゃんの話は、そんな怪談じみたものだった。幼馴染は確り覚えていたんだろう。けれど、俺が馬鹿な自由研究をして以来、我が家では品種改良された種のないスイカが出されるようになった。今年のスイカもそうだった。


「はい」


 幼馴染は、一本の花火を俺に差し出した。

 名前・・・名前が思い出せない。


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