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すいか
三間 久士
ホラー怪談
2024年08月14日
公開日
6,935文字
完結
スイカの種を飲み込むと、臍から芽が出る。
幼い頃、スイカを食べる度に、幼馴染の祖母から聞かされた話。
毎年やってくる『三日間』は特別な日で、その三日間はいつしかスイカの種を持って過ごすようになっていった。

第1話

『… 行方が分からなくなって、明日で六年になろうとしています』

『ここまで有力な情報もないまま…』


 ひぐらしがの鳴き声が、影となった座敷にも届いていた。八畳程の座敷に、ひぐらしとテレビの音。たまに風に揺られて、縁側から小さな鈴の音が入ってきた。


『薄茶色の髪を肩までのボブに…』


 白く固い髪を無造作に後ろで一本に束ね、小さな背中をエビのように丸め、ちゃぶ台にもたれるように体を預けている老婆の目は、眼の前のテレビをぼんやりと映していた。


『… さんの行方が分からなくなって、明日で六年です。どんな些細な情報でも構いません、心当たりのある方は…』


 老婆はゆっくりと立ち上がると、しばらく仏壇を拝んだ。そして、玄関を開けたまま素焼きのお皿の上でオガラを炊きはじめた。


 ひぐらしの鳴き声が、日没を告げた。



1・


 故郷の田舎道はとても暗かった。気がついたら、今だに外灯一つない田舎道に立っていた。大きめのスポーツバッグを一つだけ持って、俺は途方に暮れていた。この整備されていない田舎道だけでなく、辺りも昔と変わらないのなら、右側は山だ。すぐ左のガードレールの向こうは数メートル下に田んぼがあって、田んぼの向こうには山がある。それが県堺まで続いているはずだ。


「おかえり?」


 不意に、後ろから声をかけられ、ビクッとした。


「おかえり?」


 若い女の声は、再度聞いてきた。


「あ…」


 ゆっくり振り返ると、小さな提灯を持った女が立っていた。光はとても小さく、女の顔までは見えない。


「こんな道の真中で突っ立っていたら、車に引かれても文句言えないよ。で、おかえり? 行ってらっしゃい?どっち?」


 女は提灯を揺らしながら、俺の肩を叩くように押して道の右端へと誘導した。視界に、微かに山肌や草っぽいものが見えた。


「かえるの? いくの?」


「… 帰る。家に、帰る」


 さっきより強く聞かれて、思わず答えたが…


「そう。家にかえるんだ。おかえりなさい、送ってくよ」


 その声は、どこか嬉しそうに聞こえた。

 女は俺の右手を取ると、ゆっくり歩き出した。繋いだ手は小さく、剥き出しの腕は細く伸び、肩の手前で白い袖がぼんやりと見えた。


「… 半袖」


 そうだ、今は夏なのだから半袖だ。


「暫くこっちにいるの? 一週間ぐらい?」


「ああ…」


話は上の空だ。俺の手を引くこの女は誰なんだ? なぜ、こんなに暗いんだ?


「もう、上の空で返事しないでよ。どうせ、今年も三日がいいところでしょう。ほら、着いたわよ」


 いつの間にか、一軒の平屋が目の前にあった。玄関の外灯は付いている。小さな子供でも来て花火でもしたのか、端に燃えカスがあった。

 入っていいのか、迷った。


「かよさん、待ってるよ」


 女はそう言って、俺の肩を軽く叩いて闇に溶けた。


「… ただいま」


 そろりと玄関の引き戸を開けると、切ったスイカをお盆に乗せて持った、背中の曲がった老女と目があった。無造作に後ろで一本に纏められた髪は、白く固そうだ。


「お帰り、随分遅かったね。今日は月も星も出ていないから、都会に慣れた目で田舎道は大変だったろう」


しわがれた声は優しく、顔のパーツは笑った瞬間、シワに埋もれた。


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