個室でココアを飲んでリラックスしていると、魔獣の接近を知らせる警告音が突然響き渡った。
私の出撃を知らせる合図だ。
前回の出撃で消耗した魔力は、まだ完全には回復していない。
でも、魔道兵器アルテミスのパイロットは常に不足しているので、贅沢は言ってられない。
深紅のボディスーツに身を包むと、私は長い黒髪を結び、部屋を後にした。
「これから搭乗口へ向かいます」
腕に巻かれた時計型通信機を通じて、私は司令部に状況を伝える。
搭乗型魔道兵器アルテミスの女性パイロットとしての責務を果たすのだ、と自分に言い聞かせて鼓舞する。
「ターニャ、夕食は一緒に食べようね」
通路ですれ違いざまに整備士のミケレレが誘ってくれた。
私は右手を挙げて、笑顔で応じる。
「了解、ミケレレ。私はステーキが食べたいから、お店を予約していて」
「わかった、ターニャ。いい席を予約しておくよ」
ミケレレも右手を挙げて、応じてくれた。
他の整備士達も、口々に激励の言葉を私に贈ってくれる。
いつものように、魔道兵器のコクピットに身体を滑り込ませて、手早く起動の準備にとりかかる。
「ターニャ!魔道砲の弾数は六発だから、注意してね」
整備士のミケレレがいつものように念を押してくる。
「わかってるよ、ミケレレ」
私はミケレレの忠告を軽く受け流して、魔道兵器の起動画面に視線を移す。
相変わらず整備士達の仕事は完璧で、トラブルも無く、魔道兵器アルテミスは起動準備完了した。
「ターニャ=ラルファンドから司令部へ。これから私の魔力をアルテミスの中に送り込みます」
「了解した、ターニャ!アルテミスの起動を許可する」
いつものように、司令部からの最終的な起動指示を受けて、私は体内の魔力をアルテミスに注ぎ込んでいく。
体内の魔力が抜けていき、私の身体は徐々に軽くなるような感覚に襲われる。
整備士のミケレレが声を張り上げる。
「ターニャ!アルテミスの魔力充電が完了したよ、出撃OKだよ」
「了解、ミケレレ。ターニャ=ラルファンド、出撃します」
私はミケレレに軽く右目でウィンクして、気持ちを整える。
魔道兵器アルテミスの丸い形状が白く光り輝く。そして、アルテミスは空へ吸い込まれるように浮かんだ。いつもの浮遊感を味わいながら、私は意識を集中していく。
「ターニャ!魔獣は第1エリア付近を移動中!繰り返す、魔獣は第1エリア付近を移動中!」
司令部から魔獣の位置を知らせる音声が伝達されてくる。
慎重に魔力を操作しながら、私は司令部に聞き返す。
「今回の魔獣の種類は?」
「ターニャ!今回の魔獣は上級クラスだ。気をつけろ。」
「上級クラスなの?名前は?」
上級クラスの魔獣は脅威度が一番高い。
上級クラスともなると、多くの危険が付きまとう。できる限り情報は収集しておきたい。
「魔獣の名前はググルガだ!」
司令部から上ずった声が返ってくる。
「ググルガ、、、」
私は溜息交じりに返答した。
魔獣ググルガ。これまで何人もの魔道兵器アルテミスのパイロットを葬り去ってきた。太古の二足歩行の恐竜を彷彿とさせる外見であり、口から高出力の魔力を放出してくる。
我々の魔道砲より威力は数段上だ。
私が単独で対峙して、果たして勝てるのだろうか。
「ターニャ=ラルファンドから司令部へ。第1エリアの上空に到達しました」
「よし、ターニャ。魔獣ググルガは絶対に油断するなよ」
「了解しました」
魔獣ググルガ相手に油断する魔導師なんていないだろう、と心の中で悪態をついてみた。
魔道兵器アルテミスの内部コクピットに地上の様子が三次元で映し出されている。
私の魔力を順調に消費しながら、三次元映像は眼下の様子を浮かび上がらせてくれる。
魔道兵器アルテミスは、ありとあらゆるシステムを使用するごとに魔力が消費されていくため、パイロットの間では棺桶とも囁かれているが。
「索敵を開始します」
私は魔力の出力を一気にあげて、探索エリアを広げていく。三次元地図に目を凝らしながら魔獣ググルガの姿を探す。
魔獣ググルガが仁王立ちして、私の方を睨んでいる様子が三次元で映し出された。
すでに見つかっている!
私の全身に悪寒が駆け巡っていく。
「ターニャ=ラルファンドから司令部へ。魔獣ググルガを捕捉しました」
表面にはおびただしい数の金色の鱗で覆われている。魔道砲の威力を減退させる効果のある鱗らしい。
「ターニャ。魔獣の駆除を命じる」
「司令部、了解した」
司令部から駆除の指令に従い、作戦を練る。
魔獣ググルガに接近戦を挑むのは危険だ。この場合、上空から遠距離攻撃で対応できるのがベストかもしれない。
「ターニャ=ラルファンドから司令部へ。最大出力の魔道砲で上空から攻撃する。許可願う」
「ターニャ。許可する」
魔道兵器アルテミスに搭載している魔道砲は6発。
今回は全ての魔道砲を使い果たしてしまうかもしれない。貴重な魔道石を使用しているため、魔道砲は節約したいところだが、この際、出し惜しみは危険だ。
私の魔法属性は<火>である。
火属性は攻撃魔法に分類され、魔道兵器アルテミスの唯一にして最大の武器である魔道砲とは相性が良い。
私は魔力でアルテミスの操作をしながら、同時に魔道砲に魔力を込めていく。
この魔力コントロールがとても難しい。着弾時のイメージを魔力に込めながら、徐々に魔道砲に魔力を送り込んでいく。
身体の中の魔力量が急激に少なくなっていため、動悸は早まり、汗が噴出して、心臓は高鳴る。私の生命エネルギーがどんどん吸い込まれていく。
うぅぅぅ、、、。
私は自分の呼吸がどんどん粗くなっていくのを感じながら、極限まで感覚を研ぎ澄ます。
「ターニャ=ラルファンドから司令部へ。魔道砲への魔力充填を完了した」
私は身体の奥から声を絞り出す。
「ターニャ。攻撃を許可する」
司令部からの攻撃指令をうける。
よし、あとは魔道砲を発射するだけだ。
そう、思った瞬間に私は見てしまった。
魔獣ググルガの口から高出力の魔力が私めがけて放出される様子を。
地上から空のアルテミスに向かって、金色の線が繋がっていく。
ヤバい!
私は焦り、魔道砲の照準を魔獣ググルガから放出された魔力に合わせる。
「魔道砲、発射っ!」
私は叫んだ。
発射の反動で魔道兵器アルテミスは大きく振動し、私の身体も強制的に揺れる。
魔獣ググルガから放出された魔力と魔道砲とが衝突する。
轟音があたり一面に響き渡る。
そして、無情にも私の魔道砲は魔獣ググルガの放出魔力に押し負けた。
魔獣ググルガの放出魔力が魔道兵器アルテミスを包み込む。
私はアルテミス内部が急激に温度上昇するのを肌で感じながらも、魔獣ググルガの金色の放出魔力に覆われて、何故だか綺麗だと感じてしまった。
あぁ、これで私は解放されるのだ。
魔道兵器アルテミスとともに歩んだパイロットとしての私のキャリアもここで終わるのか。
魔法学校で過ごした友人達の顔が一気に浮かんできた。
どうやら私は笑っているようだ。
整備士ミケレレは右手に白い花を携えて歩いている。
多くの墓石が並ぶ中で、真新しい汚れの少ない墓石の前で、ミケレレは立ち止まった。
墓石にはこう記されていた。
<魔道兵器アルテミスのパイロット、ターニャ=ラルファンド、ここに眠る>
ミケレレは手に持っていた白い花を丁寧に墓石の前に飾り、静かに手を合わせた。
「ターニャ、どうか安らかに」
ミケレレの頬は涙で濡れていた。
僕たちは同じような哀しみを、これからもずっと体験しないといけないのだろうか。
魔獣との戦いはいつになったら終わるのだろうか。
「ターニャ、僕は、、どうしたらいいのだろうか」
飾られたばかりの白い花が風に揺られて、まるでミケレレを励ましているようであった。