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第32話 魔獣ググルガ(その2)

一人部屋で天井を眺めながらベットに横たわっている。

個室の机の上には、整備士のミケレレが入れてくれたココアが湯気をまだ立てている。

部屋中にココアの甘い香りが充満している。

「ターニャ、出撃お疲れさま。これ差し入れ」

そういって、ミケレレは私にココアを渡してくれた。


ベットから起き上がり、私はココアが入ったカップに口づけをした。

唇を伝って、黒い液体が口の中に進んでくる。

魔力を使い果たした体にココアの甘さが染み渡り、気持ちが落ち着いていくのがわかる。

「ありがとう、ミケレレ」

ミケレレの端正な顔立ちを思い浮かべて、お礼を言った。もっとも、この場にミケレレはいないけど。


魔力を使い果たすと精神状態が不安定になってくる。

魔道兵器アルテミスの副作用である。

人類を魔獣から救う希望の兵器であり、搭乗者である魔導師の寿命を食い尽くす悪魔の兵器。

なぜ私は戦っているのだろか。

いつまで私は戦えばいいのだろうか。

答えは決まっている。

自分が死ぬまでだ。

魔道兵器アルテミスのパイロットになるとは、そういう運命を受け入れることである。

私のようなパイロットの魔導師は消耗品なのかもしれない。

魔道兵器アルテミスで大空を舞うときの浮遊感だけが唯一の救いだ。


鏡の前で、長い黒髪を結んだゴムを外して、自分の顔を改めて見る。

二重の瞳に奥には疲れの色が滲んでいる。

魔力を使い果たしたからだろうか。どことなく正気がない。

魔法学校時代はもっと元気で、希望に燃えていたなと懐かしくなる。

くだらない内容でクラスメイト達と議論を交わした日々が懐かしい。

そうそう。ぶっちぎりでくだらない内容と言えば、かき氷のシロップについて論戦した時だったな。懐かしい思い出と共に魔法学校時代の記憶が蘇ってきた。


「今日の議題は、かき氷のシロップについてだ」

眼鏡がトレードマークの担任の先生が魔法学の授業中に突然提案してきた。

先生曰く、最近の学生は討論の経験が不足しているらしい。

なぜ冬にかき氷の議論をするのか、という疑問をクラス全員が思ったが、誰も口に出さなかった。

ある意味で、我々は大人だったのかもしれない。

先生から議長に指名された私は渋々とクラスメイトの前に立ち、皆に尋ねた。

「かき氷のシロップって、何が好きですか?」

クラスメイト一同、沈黙。

気まずい沈黙である。

学年一の美女と名高いマリが沈黙を破って口を開いた。

「私はイチゴ味が好きです」

多くの男子生徒が頷く。

例え、苺が嫌いな男子生徒でも、マリに少しでも好感を持ってもらうために、頷く。

「イチゴ味のほかに、皆さんの中で、何か好きな味はありませんか?」

私は討論のために、他の味の提案も促す。

学年一の美男子と名高いコウタロウが颯爽と手を挙げて発言する。

「俺は、ブルーハワイ味が好きだよ」

コウタロウの発言に、目がハートマークになった女子生徒が一斉に頷く。

例え、ブルーハワイ味が嫌いな女子生徒でも、コウタロウに少しでも好感を持ってもらうために、頷く。

こうして、かき氷のシロップの味の討論は始まった。

「イチゴ味とブルーハワイ味で、それぞれ良い点、悪い点を出して下さい」

私は粛々と議長の職務を務めていた。

「イチゴ味がなぜ好きな味なのか」と男子生徒に尋ねると、「マリが好きな味だから」と答える。

「ブルーハワイ味がなぜ好きな味なのか」と女子生徒に尋ねると、「コウタロウが好きな味だから」と答える。

かくして、イチゴ味とブルーハワイ味の議論は、マリ好きの男子生徒達とコウタロウ好きの女子生徒達との代理戦争のかたちになってしまった。

両陣営とも一歩も譲らず、最終的には私の一票で決まる状況になってしまった。

どうしたものかと、窓の外を眺めた。

「かき氷はレモン味が一番」だと、私は密かに思っていたからだ。


かき氷のシロップであんなにも盛り上がれたのは、感受性が豊かだったからに違いない。魔法学校時代は、クラスメイト一同、希望に燃えていた。

将来への多少の不安と大きな希望。

何者にでもなれると信じていた自分がいた。

思い出す度に気恥ずかしい気持ちと、誇らしい気持ちが入り混じってくる。

もうあの頃には戻れないのだという寂しい気持ちとともに。


魔法学校時代では先生たちが色々な童話や逸話を話して聞かせてくれた。

どの話も趣があって興味深く聞いていた思い出がある。

それらの話の中で印象深かった<魔女の祝福の争奪戦>の話の記憶が蘇ってきた。


この国には美しい魔女がいる。

そして、一年に一度、その魔女から祝福を受けられる機会が全国民に与えられる。

今年の最終候補者が二人に絞られた。

候補者の一人である戦士ゲルクは勇猛果敢で漢気溢れている。

もう一人の候補者である魔術師クロッカスは紳士で知的な雰囲気を漂わせている。

まさに今、魔女からの祝福を受けられる権利を巡って二人の冒険者の壮絶なバトルが始まろうとしている。

「俺に権利を譲る気はないか?クロッカスよ」

戦士ゲルクは無駄だと悟りつつも交渉を試みる。

「何をおっしゃいますか、ゲルク。貴方こそ、辞退されてはどうか?」

魔術師クロッカスは即座に言い返す。

お互いの妥協点が見つからないまま議論を重ね、すでに半日が経過している。

戦士ゲルクと魔術師クロッカスは双方とも譲る気配がない。

「では、ジャンケンで決めようか?」

魔術師クロッカスが提案する。

「ジャンケンか、良い案だな」

戦士ゲルクも応じる。

そして、お互いに向き合い、ジャンケンをしようとした瞬間であった。

「ちょっと、待ちたまえ!ワシも混ぜたまえ」

この声の主は、この国を統治する国王マルセウス三世であった。

威厳を漂わせた国王マルセウス三世は、戦士ゲルクと魔術師クロッカスの傍まで歩いてきた。

そして、国王は口をゆっくりと開いた。

「ワシは、今からジャンケンでパーを出す。パーだぞ」

そう言うと、国王は二人の顔を交互に眺めた。

戦士ゲルクと魔術師クロッカスの額には緊張のあまり汗がにじみ出ている。

「でわいくぞ、ジャンケンポーン」

国王は楽しそうにパーの手を二人の前に差し出す。

戦士ゲルクは握りしめた拳を突き出す。彼は分別のある大人である。

魔術師クロッカスは血管が隆起するくらい力が込められた拳を突きだす。彼もまた分別のある大人である。

国王はパーを出し、残りの二人はグーを出した。

「ありゃ、今年もワシの独り勝ちのようじゃな」

国王はご満悦である。

そして、魔女から祝福を受けられる人物は今年も国王となった。

果たして美しい魔女は本当にいるのだろうか。

真実は国王のみぞ知る。


この話を聞いた時は、戦士ゲルクや魔術師クロッカスのことを哀れに思うと同時に、国王マルセウス三世の戦術の巧みさに呆れてしまった。

でも、改めて考えてみると国王マルセウス三世は戦術家の側面もあったことに気づかされる。

最終的に勝ちさえすればいい。

魔道兵器アルテミスのパイロットの自分に置き換えると、最終的に生き残ればいい、となるだろうか。

魔力を使い果たして、精神状態が不安定になってしまった時は、こうして魔法学校時代のことを回想すると、心が落ち着いていくる。

自分は多くの友人達に支えられて、この場所にいるのだと認識させられる。

思い出に私は支えられ、助けられているのだろう。

この世界のどこかで友人達も懸命に生きているに違いない。


「ターニャ=ラルファンド、こんなところで落ち込んでいてはだめだぞ」

自分で自分を鼓舞するために、誰もいない部屋の中で声を出して言ってみた。

人類を魔獣から守るためには、私は戦い続けるのだ。

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