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第31話 魔獣ググルガ(その1)

マンション管理人の僕は、休憩時間にテレビを観ていた。ちょうど、魔獣ググルガの討伐を扱ったドキュメンタリーが放送されていた。

***************************************

魔獣の接近を知らせる警告音が建物内に響き渡る。

その警告音を合図に基地の中は活気づいていく。


深紅のボディスーツに身を包むと、私は搭乗口へ走っていた。

「あと10分で出撃の準備ができます」

腕に巻かれた時計型通信機に顔を近づけ、私は司令部に手短に状況を伝える。

各隊員が与えられた役割を果たすために奔走している。

「ターニャ、今回も頑張ってね」

通路ですれ違う整備士達は、口々に激励の言葉を私に贈ってくれる。

私の名前はターニャ=ラルファンドで、搭乗型魔道兵器アルテミスの女性パイロットだ。


魔道兵器のコクピットに身体を滑り込ませて、手早く起動の準備にとりかかる。

「ターニャ!魔道砲の弾数は六発だから、忘れないでね」

整備士のミケレレが念を押してくる。

「ご忠告ありがとう、ミケレレ。魔道砲は節約していくね」

私はミケレレの気遣いに感謝しつつ、魔道兵器の起動画面に目を凝らす。

日頃の整備士達のおかげで、トラブルも無く、魔道兵器アルテミスは起動準備完了を告げた。

「これから私の魔力をアルテミスの中に送り込みます」

「了解した、ターニャ!アルテミスの起動を許可する。魔力調整を慎重に頼む」

司令部からの最終的な起動指示を受けて、私は自分の体内の魔力をアルテミスに注ぎ込む。

私の身体が徐々に軽くなるような錯覚に陥る。体内の魔力が抜けていっている証拠だ。

整備士のミケレレが声を張り上げる。

「ターニャ!アルテミスの魔力充電が完了したよ、いつでも出撃できるよ」

「了解、ミケレレ。よし、ターニャ=ラルファンド、これから出撃します」

私は自分を鼓舞するために声高に宣言した。


搭乗者の魔力をエネルギー源として活動する魔道兵器アルテミスは、丸い形状の飛行型兵器だ。主力の武器は魔道砲である。

適正ありと診断された魔導師達が私のようにパイロットとして選抜され、魔獣との戦いに駆り出されている。

私を載せた魔道兵器アルテミスは空高く舞い上がった。

浮遊感を味わいながら、私は意識を集中していく。

「ターニャ!魔獣は第6エリア付近を移動中!繰り返す、魔獣は第6エリア付近を移動中!」

司令部から魔獣の位置を知らせる音声がコクピット内に飛び込んでくる。

慎重に魔力を操作しながら、私は司令部に聞き返す。

「今回の魔獣の種類は何?」

「ターニャ!今回の魔獣は低級クラスだ。しかも一匹だけだ」

「了解しました。急ぎます」

低級クラスの魔獣と聞いて、私は安堵した。

魔獣は脅威度に応じて、高級、中級、低級に分類される。

低級クラスの魔獣は脅威度が一番低いとされている。

私が単独で対峙しても、おそらく大丈夫だろう。


「ターニャ=ラルファンドから司令部へ。第6エリアの上空に到達しました」

「よし、ターニャ。魔獣が低級クラスだからって油断するなよ」

「了解しました」

魔道兵器アルテミスの内部コクピットに地上の様子が三次元で映し出されている。

この三次元映像を映し出すのも魔力を消費する。正確には、魔道兵器アルテミスのありとあらゆるシステムを使用するごとに魔力が消費されていく。

搭乗する魔導師の魔法の技量に応じて、映し出される映像の解像度は変わってくる仕組みとなっている。中級クラスの魔導師であるターニャの三次元映像は実戦で利用する上では可もなく不可もなくといったところだ。

「これから索敵します」

私は魔力の出力を一気にあげて、探索エリアを広げていく。

今回の低級クラスの魔獣は一体どんな形状なのだろうか?

三次元地図に目を凝らしながら魔獣の姿を探す。


いたっ!!

地上をゆっくりと這っている長尺上の生物を見つけた。

形状を例えるなら、昆虫の幼虫だろうか。

「ターニャ=ラルファンドから司令部へ。地上を移動する魔獣を捕捉しました」

全身は黒色で表面にはおびただしい数の毛が生えている。

毛の先端が紫色に輝いているのはおそらく毒だろう。

「ターニャ。魔獣の駆除を命じる」

「司令部、了解しました」

司令部から駆除の指令を受けとり、改めて思考を整理する。

おそらくこの幼虫型魔獣は飛行しないだろう。この場合、上空から遠距離攻撃でじっくりと仕留めるのがいいだろう。

「ターニャ=ラルファンドから司令部へ。最大出力の魔道砲で上空から攻撃する。許可願う」

「ターニャ。許可する」

魔道兵器アルテミスに搭載している魔道砲は6発。

魔道砲とは搭乗者の魔力を一時的に貯蔵する核となる魔道石があり、その魔道石を媒体として一気に魔力を解放して、対象物を攻撃する。

この魔道石が消耗品のため、一回使用するごとに粉々に砕けてしまう。

魔道石は地球の特定の場所でしか採掘できない貴重な鉱山資源だ。


私の魔法属性は<火>である。

火属性は攻撃魔法に分類されるため、魔道兵器アルテミスの搭乗者に向いているとされている。それは、魔道兵器アルテミスの唯一にして最大の武器が魔道砲であるためだ。

私は魔力でアルテミスの操作をしながら、同時に魔道砲に魔力を込めていく。

この魔力コントロールがとても難しく、魔道兵器アルテミスのパイロットが常に不足している要因である。

着弾時のイメージを魔力に込めながら、徐々に魔道砲に魔力を送り込む。

身体の中の魔力量が急激に少なくなっていくのが嫌でも感じるようになってくる。

動悸は早まり、汗が噴出して、心臓は高鳴る。

魔力は生命エネルギーを源としているので、文字通り命を削る作業となる。


はぁはぁはぁっ、、、。

私は自分の呼吸がどんどん粗くなってくのを聴きながら、感覚を極限まで研ぎ澄ます。

「ターニャ=ラルファンドから司令部へ。魔道砲への魔力充填を完了した」

私は身体の奥から声を絞り出し、弱く掠れた声で司令部に状況を伝える。

「ターニャ。攻撃を許可する」

司令部からの指令が合図となり、私は魔道砲を発射した。

上空から眼下の低級魔獣に向かって、赤い線が繋がっていく。

爆炎、轟音、爆風。

魔道兵器アルテミスは振動し、私の身体も抗うことなく振動の波に飲まれていく。

「地上の火柱を確認」

司令部から地上への着弾を知らせる音声を聞き流しながら、私は呼吸を整える。

私の身体は、あとどれくらい耐えられるのだろうか。

身体の魔力量が急減して少し感情が不安定になっていき、つい弱気な思考に捉われてしまう。

私は頭を左右に振って、自分の意識を戦闘に集中させることにした。

「これから魔獣の索敵を開始します」

私は魔力を索敵モードに切り替えて、地上の様子を探り始める。

先ほどまで魔獣が這っていた一帯は見事なまでに吹き飛んでいた。

おそらく魔獣は焼失したことだろう。

「ターニャ=ラルファンドから司令部へ。魔獣の消失を確認しました」

私は自分の任務が完了したことを司令部へ告げる。

「ターニャ、了解した。基地への帰還を命じる」

司令部は淡々とした口調で任務完了の了承を伝えてくる。

「了解した。帰還する」

私は再びアルテミスの中で浮遊感を味わいながら、基地への帰路についた。


人類はあとどれくらい魔獣と戦わなければならないのか。

その問いへの答えは誰にもわからない。

魔獣の出現、人類の淘汰、世界政府の樹立、魔力を持つ新人類の誕生。

ここ数百年の間に地球の状況は一変した。

世界各地で魔道兵器アルテミスの中に乗り込んだ魔導師達が終わりのない魔獣との戦いに消耗している時代に突入していた。


「基地へ帰還したら、温かいココアが飲みたい」

私は誰に伝えるわけでもなく、魔道兵器アルテミスの中で独り言を静かに呟いた。

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