食材を探すなら市場に行くのがセオリーだろう。
そう考えて、私は市場をうろうろしてみた。
「おっ!美味しそうなエビがある。これいくらですか?」
商人風のオジサンに尋ねてみる。
「うん?これは珍しいから百万円だよ」
ハンバーガーに百万円は予算オーバーである。
「あの、、、その値段は高くないですか?」
ごく普通の金銭感覚の私は、眩暈を感じながら質問した。するとオジサンは爽やかに答えた。
「だって、ここから海までは遠いから、新鮮なエビの値段はそんなもんですよ」
どうやら海産物は貴重な食材らしい。
「いつかお金が貯まったら買いに来るので、その時にお願いします」
私は曖昧な笑顔でオジサンにお別れを告げて、市場から出ることにした。
市場から出て、しばらく歩きながら、さっきのお店は客単価が高いんだろうな、ということを考えていた。もっと他に考えることはあるだろうけど、あまりにも衝撃的だったので、どうでもいいことを考えながら、橋の上で涼んでいると、金色の冒険者腕章を身に着けた青年を見つけた。冒険者にも色々とランクがあるようだが、金色がどのあたりのランクなのか、私にはよくわからなかった。外見から年齢は私と同じ二十歳前後だろうか。青年は籠を背負っている。籠の中には野菜のような食材が沢山詰め込まれている。
私は彼に狙いを定めることにした。
「ちょっと、よろしいですか? 私はハンバーガーに合う食材を探すために日本から来たエルノアーレと言います。籠の中の食材のことを質問してもよろしいでしょうか?」
私は彼に近づきつつ、満面の笑みで話しかけた。まずは相手の警戒心を解く必要がある。その点、容姿端麗と言われることが多い私は、他の生徒達と違って有利だと自負している。先生の目論見通りか。彼は歩くのを止めて、私の方に顔を向けて素っ気なく言った。
「あんた、腹減ってるの?」
大抵の男性は気恥ずかしそうな反応をまず返してくれる。でも、彼は私の外見には特に興味がないようだ。まぁ、実際のところ、お腹は空いている。
「えっと……お腹は空いています。ですので、どこか美味しいハンバーガーのお店をご存知でしたら、教えて頂きたいのですが……」
私より身長が高い彼に対して、やや上目使いで尋ね続けた。特に照れた様子もない彼は、再び素っ気なく言った。
「いまから、この食材をハンバーガー店に持ち込んで、料理を作ってもらうけど……あんたも来る?」
ありがたい提案に私は嬉しくなり、即座に返事した。
「はい! もしご迷惑でなければ、ご一緒させて下さい」
彼はそんな私の変化に興味もない様子で、「いいよ」と短く答えた。
その後の会話のやりとりで、彼の名前はハラルドということ、仕事は冒険者であること、私より年下で十八歳であること、そして、ちょうど珍しい食材が手に入ったのでハンバーガーの調理を依頼しに行く途中だったことがわかった。私は自分の幸運に感謝しつつ、ハラルドと一緒にお店に向かった。
「ところで、ハラルドくんはどんなお店に向かっているの?」
私は親近感をもってもらうために彼のことを"ハラルドくん"と呼ぶことにした。彼は呼び方に関して特に気にしていない様子だった。
「この先にハンバーガー料理研究家シュウさんの店があるんだ。どんな食材を持ち込んでも美味しいハンバーガーにしてくれるんだよ。俺のお気に入りの店なんだ」
わざわざ異世界にハンバーガーの食材探索に来た私の胸が高鳴った。料理研究家シュウさんがどういう人物かはわからないけど、期待できそうだ。
「へぇー。それは、すごい楽しみ!」
私は自分でもわかるくらいの弾んだ声を発した。しばらくするとハラルドくんが看板のない店の前で歩くのを止めて言った。ただし、店の前のベンチにはハンバーガを食べている謎のぬいぐるみが置かれているけど。このキャラクターは一体何だろうか。
「着いたぞ。ここが料理研究家シュウさんの店だ。さぁ、中に入るぞ」
そう言って、ハラルドくんは扉を押しあけて中に入って行った。私は胸の高鳴りを感じながら、ハラルドくんの後に続けてお店の中に入った。
料理研究家シュウさんのお店の中は、木の温もりが感じられる落ち着いた雰囲気であった。店内には他のお客さんの姿はなかったが、食欲が刺激されるような美味しそうな匂いが漂っていた。店内の壁には色々なハンバーガーの写真が飾られている。
「いらっしゃいませ」
四十歳前後の爽やかな外見の男性がお店の奥から出てきた。茶色の短髪が良く似合っている男性であった。
「おっ! 久しぶりだね、ハラルド。元気そうだね」
「お久しぶりです。シュウさんこそ、お元気そうでなによりです」
ハラルドくんは丁寧に答えた。私はハラルドくんがシュウさんと呼ぶ男性をまじまじと見た。
「ハラルドが女の子と一緒なんて珍しいね。どうしたの?」
シュウさんは私をちらりと見て、ハラルドくんに尋ねる。ハラルドくんは私がハンバーガーの食材探索のために同行していることを手短に説明してくれた。そして、シュウさんはあっさりと私に料理を提供することを快諾してくれた。
ハラルドくんから食材を受け取ったシュウさんは厨房の中へ入って行った。しばらくすると、満足げな顔をしたシュウさんが厨房から出てきて、コップにジュースを注いでくれた。
「なかなか良い食材だね。ハンバーガー作りが楽しくなるよ。ありがとう、ハラルド!」
そう言って、シュウさんは再び厨房の中へ消えて入った。その後、心地よい包丁の音が店内に響いてきた。
ハラルドくんとしばらく雑談していると、シュウさんが大きなお皿を持って登場した。
「おまたせ、名物の空中庭園ハンバーガーだよ」
目の前には空中に浮いているように見えるハンバーガーが出てきた。目を凝らしてみると、透明なゼリー状の山が見える。そして、その山の頂上にサラダが盛り付けられている。
「すごい、本当に浮いてるみたい」
私は驚きの声を上げた。
「3種類のドレッシングをハンバーガーの山頂から、ゆっくりとかけて食べるんだよ。ドレッシングは、酸っぱい味、甘い味、辛い味があるから自分で調整してね」
シュウさんは驚いている私に説明してくれた。
ハンバーガー山の頂上のサラダはとても色鮮やかだ。そして、ハンバーガー山の麓には油で揚げたお肉やお魚が盛り付けられている。
「肉と魚、空の上には野菜。これは、この異世界の憧れを表現しているんだ」
ハラルドくんは透明な山越しに私の眼を見て、説明してくれた。
「二百年前に人類が異世界に移住し始めた時に、異世界の土壌に合う野菜が無くて、新鮮な野菜を食べることができなかったんだ。当然、人類は新鮮な野菜を渇望していた。今では品種改良のおかげで野菜も地球と同じように収穫できるようになったけど、当時の気持ちを忘れないように、この料理を定期的に食べているんだよ」
そう言って、ハラルドくんは慣れた手つきで黄色の酸っぱい匂いを放つドレッシングをハンバーガー山の頂上に注ぎだした。
そうすると、今まで透明だった山肌に黄色の液体が流れ、徐々にハンバーガー山の輪郭が形作られていく。
「なんて、綺麗なの」
私は感嘆の声をあげた。そして、さっそくスプーンで黄色に染まったハンバーガー山肌を掬ってみた。ゼリー状の山は見た目通りで、すぐに掬うことができた。そして、スプーンを口に運ぶ。ハンバーガーはパンで食材を挟むものだと思っていたけど、まさかゼリーを使うなんて!
「おいしい。ゼリーのぷるぷるの食感と酸っぱい味が混ざって絶妙だね」
私はさっそく味の感想を述べる。ハラルドくんを見ると、私の反応に動じることなく、黙々と食べている。
山頂の野菜は歯ごたえが良い。ミニトマト、コーン、サツマイモ、キャベツ、などなど豪華である。そして、ハンバーガー山の麓の油で揚げたお肉やお魚も美味しい。山頂の野菜、山肌のゼリー、山の麓の揚げ物を順番に食べていく。さまざまな味が絶妙に調和していく。幸せだ。