マンション管理人の僕は、共用スペースの掃除をしていた。共用スペースの一つのテーブルには、ハンバーガー談議に花を咲かせる男女がいた。そんな、彼ら彼女らの話である。
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「今日の議題は、ハンバーガーの種類についてだ」
眼鏡がトレードマークの担任の先生が魔法学の授業中に謎の議題を出してきた。
先生曰く、最近の学生は討論の経験が不足しているらしい。
なぜハンバーガーの議論をするのか、という疑問をクラス全員が思ったことだろう。でも、誰も先生には逆らえず、不満を口に出す者はいなかった。
ある意味で、我々は大人だったのかもしれない。
まさかこんな些細な議題が、大冒険に繋がるなんて、その時の私は予期できなかった。
先生から議長に指名された私は渋々とクラスメイトの前に立ち、皆に尋ねた。
「ハンバーガーって、何が好きですか?」
クラスメイト一同、沈黙。
気まずい沈黙である。
学年一の美女と名高いマリが沈黙を破って口を開いた。
「私は揚げ魚を挟んだハンバーガーが好きです」
多くの男子生徒が頷く。
例え、魚が嫌いな男子生徒でも、マリに少しでも好感を持ってもらうために、頷く。
「揚げ魚のほかに、皆さんの中で、何か好きな味はありませんか?」
私は討論のために、他の味の提案も促す。
学年一の美男子と名高いコウタロウが颯爽と手を挙げて発言する。
「俺は、焼肉を挟んだハンバーガーが好きだよ」
コウタロウの発言に、目がハートマークになった女子生徒が一斉に頷く。
例え、焼肉が嫌いな女子生徒でも、コウタロウに少しでも好感を持ってもらうために、頷く。
こうして、ハンバーガーの種類の討論は始まった。
「揚げ魚と焼肉で、それぞれ良い点、悪い点を出して下さい」
私は粛々と議長の職務を務めていた。
「揚げ魚がなぜ好きな味なのか」と男子生徒に尋ねると、「マリが好きな味だから」と答える。
「焼肉がなぜ好きな味なのか」と女子生徒に尋ねると、「コウタロウが好きな味だから」と答える。
かくして、揚げ魚と焼肉の議論は、マリ好きの男子生徒達とコウタロウ好きの女子生徒達との代理戦争のかたちになってしまった。
両陣営とも一歩も譲らず、最終的には私の一票で決まる状況になってしまった。
どうしたものかと、窓の外を眺めた。
「フレッシュな野菜を挟んだハンバーガーが一番」だと、私は密かに思っていたからだ。
そんな我々を見かねた先生がおもむろに立ち上がり、私を指さして言った。
「よし、エルノアーレ!異世界に行って、ハンバーガーに合う食材を探して来い!」
「えっ!私が異世界に行くんですか?」
この先生は一体何を言っているのだろうか。
私は無駄だと思いながら、先生に聞き返す。
「えっ? 私が一人でいきなり異世界を探索するんですか?」
先生は親指を立てて、ガッツポーズをしている。
クラスメイト達も一斉に拍手喝采である。
「えっ!えぇぇぇえぇぇぇ」
「エルノアーレは議長だし、そろそろ一人で食材探索の経験を積むべきだ。それに 容姿端麗なエルノアーレの方が、異世界では何かと都合がいいはずだぞ。目が悪い俺より、青い瞳と金髪のエルノアーレの方が適任だぞ。きっと。」
異世界で視力の良し悪しがどれだけ重要かはわからないけど、先生は私の成長を願っているような口ぶりだった。先生は今年で五十歳になるそうだが、まったく体力は衰えていないはずだ。
私はもう少し粘ってみることにした。地球の料理と比べて異世界の料理は変なものが多い。友人から聞いた話であるが、先生は異世界で「赤龍の生肉」を食べて酷い腹痛になったことがあるらしい。それ以来、異世界での食材探索を避けているそうだ。
「エルノアーレなら大丈夫だよ。それに、俺さぁ、別の授業あるし」
先生が満面の笑みで答える。どうやら私の逃げ道は無さそうだ。
「……わかりました。たくさんお金を使わせて頂きますね」
私は渋々ながら了承した。
「ハンバーガーの食材探索では我々の口に合うかどうか、という視点を忘れるなよ」
先生が厚かましくも、要求を伝えてくる。先生は強面だけど、教師としての能力は高く、グルメに関して造詣が深い。まぁ、先生はそんなに悪い人ではないと思う。たぶん……。
「先生、私は異世界へ食材調達にいつから行けばいいんですか?」
私は覚悟を決めて問いかける。
「えっ? いまからだよ。異世界の食材を調達する場所はエルノアーレに任せるよ」
先生は爽やかな表情で言った。「この極悪人がっ!」という言葉をぎりぎりのところで飲み込んだ私は、突然の異世界行きに気が動転しつつも、先生命令は絶対なので、急いで探索のための身支度を整え始めた。なんて、人使いの荒い先生なんだ。
二百年前のある日、地球上の様々な場所で異世界へ通じる門が突如出現した。人類は大混乱に陥り、世界中の国々が異世界へ調査団の派遣を繰り返した。調査の結果、異世界は空気も水もあり、人類が居住可能であることが明らかとなった。ただし、動植物の生態系だけは地球と異なるけれど。現在では異世界に移住して生活している人達も多い。人類が異世界に行くことは珍しいことではなくなった。二百年前の地球で例えるならば、海外へ旅行する感覚に近いだろうか。
異世界には多くの街がある。私は冒険者の多い街へ行くことにした。その街では、珍しい食材を食べることができるらしい。電車とバスを乗り継いで目的の街に辿り着いた。異世界でも地球と同様の交通網が整備されているのは先人達のおかげだ。この街では春のような陽気に包まれている。私は暖かな気候にすっかり気分が高まり、水色のスプリングコートを着て、街を散策することにした。歴史の教科書で見たような中世ヨーロッパの街並みが再現されている。私の中での冒険者の街というイメージとも合っていて、なんだか嬉しくなる。
とりあえず、適当に街を散策して、お店を探すことにした。お昼少し前に、私は雰囲気が良さそうなレストランを見つけて、勇気を出して飛び込んでみることにした。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ」
爽やかな雰囲気の青年が応対してくれた。
「このお店でハンバーガーに合う食材はありますか?」
私は新たな料理に出会える期待と不安が混ざった複雑な気持ちで青年に尋ねた。
「ありますよ~。ちょうど良い食材が手に入りました」
爽やかな笑顔を崩さず青年は答えた。
「料理名はなんですか?」
「ゴーレムのエキスです」
「聞き慣れない料理名ですね、、、、どんな料理ですか?」
私な少し警戒しつつ質問した。料理名“ゴーレムのエキス”から、どんな料理なのかまったく想像できない。
「私の創作料理になります。どんな料理かは秘密です。興味があるようでしたら、注文して下さい」
青年は涼しい顔をして答えてくれた。
私は青年を見つめながら考え込んだ。料理名から危険な匂いがする。そもそも“ゴーレム”とは何だろうか。エキスって食べれるのか?
「その料理は辛いですか?」
とりあえず、人間が食べれる料理かどうか確認が必要だ。
「辛くないですよ」
青年はすぐに答えてくれた。辛くないのであれば、意外と美味しいかもしれない。少し安心してきた。
「ちょっと食材を見せてくれませんか?」
金髪の髪を右手で掻きあげながら、おねだりのポーズをしてみた。
青年は明らかに挙動不審になっている。
「仕方ないですね。今日だけですよ」
そういって、青年はバケツに入った土をテーブルの上に載せてくれた。
「これが、ゴーレムのエキスです。今回は土系のゴーレムです」
青年は爽やかに答える。
「へぇ!?」
私は衝撃のあまり目を丸くしてしまった。
「これは、ちょっと、、、、土ですよね?」
「はい、土です。一部のマニアには受けるんですよ」
青年の屈託のない笑顔が逆に不気味である。
「これはハンバーガーには使えませんね」
私は冷たく言い放って、お店を後にした。