「カレーを味見した時にしっかり味がついていれば、お皿に移して大丈夫だよ。最後は、粉チーズ、乾燥パスタ、ミントの順でかけて完成。風味を楽しんでね」
「ロマーリオの説明は、カレー愛に溢れているなぁ」
マリモネアが飽きれた口調で感想を述べる。ルヨテーゼさんは微笑みながら頷いている。
「そうそう、あとね、これも準備したんだ。あまり見ないものでしょ!」
俺は光り輝くカレー用スプーンを二人に見せた。ちょっと、ドヤ顔もしてみた。
「わぁ、ここまで準備してくれたんだね。なんだかお店に来たみたい」
ルヨテーゼさんの目が輝いた。俺は心の中でほくそ笑んだ。いや、しっかりと準備した甲斐があった。我ながらグッジョブ。
「カレーライスを愛し過ぎでしょ」
マリモネアが笑いつつ、さらに飽きれた口調で言う。
二人の想定通りの反応に満足した俺は時計を見る。あとは主役の「カレー粉」が到着すれば完璧だ。
タイミング良く玄関のチャイムが鳴った。急いで玄関に移動し扉を開けると、爽やかな雰囲気の便利屋のお兄さんが立っていた。
「ご注文の品をお届けに伺いました」
配達のお兄さんが威勢の良い声を張り上げる。
「ありがとうございます」
俺は心の底から感謝の言葉を述べた。なんとか間に合った。焦る気持ちを抑えて、梱包された商品をテーブルまでゆっくりと運ぶ。
「お待たせ、届いたよ」
俺は爽やかに「カレー粉」の到着を二人に告げて、テーブルに商品を置いた。二人が見守る中、さっそく商品の開封作業に取り掛かる。
商品の中身が姿を現すと、一同沈黙。
沈黙に耐えられなくなったマリモネアが尋ねる。
「これって、カレー粉じゃなくて、、、シチュー粉だよね?」
慌てていた俺は注文を間違えてしまったようだった。
「うん、そうだね……。シチュー粉だね」
俺は力無く答えた。そっと、ルヨテーゼさんの顔を見ると、複雑な表情を浮かべている。俺は頭をフル回転させて解決策を探した。でも、食材を買いに行く時間はない。絶望的な気持ちになっていると、マリモネアが苦笑いで言った。
「ロマーリオ、間違えたでしょ? 」
俺は恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になった。
「まぁ、これはこれで……」
ルヨテーゼさんは必至に助け舟を出そうとしている。
「えっと、カレー粉ではないけど……」
俺は下を向いたまま、小さな声で答える。俺を見かねたマリモネアが一段と明るい声で言った。
「仕方ない、食べるか」
「そうね。せっかくロマーリオくんが準備してくれたんだからね」
ルヨテーゼさんはマリモネアの意見に素早く反応する。二人の気遣いが俺の身に染みる。ありがたい。
こうして、不本意ながら「カレー粉」のない「カレーライスパーティー」が始まった。
正確にはシチューパーティーだけど。
「これはこれで、楽しいね」
ルヨテーゼさんの声が弾む。
「とりゃー」
気合いに満ち溢れたマリモネアの声が響く。シチューライスをうまく掬えずに苦戦しているようだ。そんな二人の様子に俺の申し訳ない気持ちが徐々に薄れていった。
「まぁ、煮立ってくると、シチューの風味が食欲をそそるから大丈夫だよ」
マリモネアは俺にアドバイスを送った。マリモネアはお腹が空いていたようで、ばくばく食べる。
「口の中でとろーり」
嬉しそうなマリモネアの声が聞こえる。続いて俺も口に運ぶ。
「熱いけど、はふはふしながら食べるとおいしいよ」
俺は必死に場を盛り上げる。
「やけどに注意してね」
ルヨテーゼさんは、急いで食べているマリモネアと俺の様子を笑ってくれる。
「あんまりトマトとは合わないね」
と、マリモネアは苦笑い。トマトの味が強くて、シチューの繊細な味を打ち消しているようだった。せっかく頑張ってトマトをカットしたのに。
「今日は、本物のカレーじゃなくてごめんね」
何回目かわからないけど、俺は二人に謝った。本当はしっかりと準備ができる姿をルヨテーゼさんに見せたかった。意気消沈している俺に向かって、マリモネアが真剣な顔をして口を開いた。
「例えば、将来的に誰かと冒険者パーティーを組んで、一緒に遠征に行くってなった場合、トイレに行く時って、相手にばれちゃうんだよ。一緒に行動しているから当たり前だけど。だから、ずっと、かっこつけることはできないんだよ、ロマーリオ」
マリモネアのこんな真剣な顔を、俺は初めて見たかもしれない。
「私もマリモネアちゃんと同じ考えかな。失敗は誰にでもあるもんね」
ルヨテーゼさんも真剣な顔で俺を見ている。
俺はルヨテーゼさんの前でかっこよく振舞うことばかり考えていた。でも、憧れの延長上には実際の生活があることに気づかされた。きっとマリモネアは、自然体でいることの大切さを伝えようとしてくれているにちがいない。
「あっ……ありがとう」
俺は嬉しさのあまり涙が出そうになってしまった。俺の心は、二人の言葉に救われてどんどん軽くなった。
「あっ、ロマーリオ。あとで私達が買ってきた果物を出すの忘れないでね」
マリモネアはわざとゆっくり言う。マリモネアは俺の目が少し潤んでいることに気づいたのかもしれない。
「うん、わかってるって。ちゃんと、果物のことも考えて食べる量を調整してね。まぁ、マリモネアは大丈夫だろうけど」
俺はマリモネアに感謝と皮肉を込めて言い返した。
「あぁー、このカレーさん美味しいなぁ」
マリモネアは皮肉を込めて言い返してくれた。
「はいはい、二人とも、シチューライスが待ってるよ」
ルヨテーゼさんが笑顔で俺たちを諭し、待ちぼうけ状態のシチューライスの存在を思い出させてくれた。
「今日はありがとう、ロマーリオくん」
帰り際、ルヨテーゼさんが丁寧にお礼を述べてくれた。
「まぁ、元気だせよ」
マリモネアが笑いながら言った。
この街で二人と出会えて良かった、と俺は心の底からそう思った。さらにマリモネアが続ける。
「まぁ、でも、シチューに罪はないけど、ロマーリオには誤魔化そうとした罪があるからな」
マリモネアが意地悪な笑みを浮かべている。その言葉にルヨテーゼさんも笑顔になる。たしかに、シチューに罪はない。きちんと確認せずに注文した俺が悪い。
「じゃあ、罪を償う機会を俺にちょうだいよ。次回は二人に本物のカレーライスを食べて欲しいんだよ」
そして、俺は二人の顔を交互に見てから言った。
「また、招待していい?」
俺は次回会う約束をなんとか取り付けたいと思った。
一瞬の沈黙。
俺にとって長い沈黙に思えたが、時間にして一秒あるかないかの僅かな沈黙。まず、マリモネアが口を開いた。
「仕方ないなー。まぁ、いいよ。次回は盛大によろしくね」
そして、俺はルヨテーゼさんの方に顔を向けた。ルヨテーゼさんの目には俺がどう映っているのだろうか。俺は少し震えているのかもしれない。すると、ルヨテーゼさんの口元が緩んで、
「うん、いいよ。お誘いありがとう、ロマーリオくん」
ルヨテーゼさんは笑顔で答えてくれた。
「やったぁ」
俺は思わず声を出してしまった。次回の約束をすることができるなんて、シチューに感謝だ。
「あっ、私の好きな飲み物はトマトジュースだから、そこはよろしく、ロマーリオ」
マリモネアは抜け目なく言った。
「はい、準備しておきま―す」
俺は、声高らかに宣言した。そんな俺の姿をルヨテーゼさんは優しく笑ってくれた。
玄関の扉の向こう側では、月の明かりに照らされた煌びやかな街が輝いていた。