「ようこそ我が家へ、いらっしゃい。全然大丈夫だよ」
俺は玄関の扉を何事も無かったかのようにゆっくりと開いて、ルヨテーゼさんとマリモネアを出迎えた。扉を開けると暖かな風が部屋の中に入ってきた。長い髪を後ろに纏めているルヨテーゼさんは黄色のローブが良く似合っている。一方、マリモネアは薄い赤色の鎧に濃い青色のバンダナという動きやすそうな格好だった。ルヨテーゼさんはルヨテーゼさんらしい服装をしていて、マリモネアはマリモネアらしい服装をしている。
性格って、やっぱり服装にも表れるもんなんだという妙に納得した気持ちになった。
「狭い部屋だけど、どうぞ」
俺は玄関に置かれた自分のブーツを隅に移動して、二人を招き入れる仕草をした。
「家の前のお花が満開で綺麗ね」
ルヨテーゼさんは後ろを振り返り、家の前の大きな花を指差し微笑んだ。花の鮮やかな色合いがルヨテーゼさんの美しさをより一層引き立てている。
「あの淡い色がいいよね」
宿舎探しの時に色々な物件を見学したけど、結局、この宿舎前の花の木が気に入って、ここに住むことを決めた。中心部から少し遠い宿舎だけど、玄関を出ると花で生命の息吹を感じることができる。俺のお気に入りだ。ルヨテーゼさんも気に入ってくれたようで、俺は嬉しくなった。二人を部屋に招き入れながら、花に心から感謝した。
「へぇー、案外綺麗にしてるんだ。でも、ちょっと質素な感じだね」
マリモネアが部屋を眺めて、マリモネアらしい遠慮のない感想を述べる。
「もう準備してくれているんだ。ありがとう、ロマーリオくん」
カレーライスの器がリビングのテーブルの上に置かれているのを見つけたルヨテーゼさんは早速褒めてくれる。事前の準備を褒められた俺は嬉しい気持ちになって、自然と笑みがこぼれた。
「私達はデザートに果物を買ってきたよ。カレーライスの後にちょうどいいかなと思って」
そう言ってルヨテーゼさんは高級そうな紙袋を俺に手渡してくれた。紙袋の中を覗くと、大きくて真っ赤な実たちが輝いて見えた。
「ありがとう、ルヨテーゼさん」
俺はルヨテーゼさんの気遣いが嬉しくなった。ルヨテーゼさんと果物という組み合わせが、なんだかとても合っている気がした。
「私も一緒に選びました」
マリモネアが口を尖らせて、俺を軽く睨む。
「あっ! もちろんマリモネアもありがとう」
急いでマリモネアにもお礼を言う。こういう時は平等にお礼を述べることが紳士の振る舞いだ。
「なんだかルヨテーゼさんと私とじゃ、声のトーンが違う気がするんですけど」
マリモネアは抜け目なく、そして情け容赦ない。
「えっと、そうかな?気のせいだよ」
俺はマリモネアの勘の鋭さに内心で驚きながら答えた。
二人をテーブルの椅子に案内して、用意していた飲み物をコップに注ぐ。あらかじめ確認しておいたルヨテーゼさんの好きな飲み物。二人にくつろいでもらって、俺はキッチンで食材の準備にとりかかることにした。玉ねぎを細かく切ったり、お米を水で研いだりと、手際よく準備をすすめていく。
「この前、冒険者がさぁ、探索依頼を間違えちゃんたんだよ」
マリモネアの不機嫌な声が聞こえてくる。どうやら、アルバイトの愚痴をルヨテーゼさんに言っているようだ。
「あの時は困ったね」
マリモネアをなだめているルヨテーゼさんの声が聞こえる。
探索エリアの間違いは報酬とも関係してくるため、結構もめる内容だ。 仕方がないので、その時は俺がギルド長まで走って行き、和解に持ち込んだ。その甲斐もあって、なんとか探索クエストの提供を再開することができた。この時の俺の奮闘ぶりを近くで見ていたルヨテーゼさんは、俺に好印象を抱いてくれたようだった。きっと、この時の頑張りが、今日のカレーライスに繋がっているに違いない。
「やっぱり、忍耐強い人がいいよね?」
マリモネアがルヨテーゼさんに尋ねると、
「そうね」 と、ルヨテーゼさんの同意する声が聞こえた。
カレー粉を買い忘れてしまった俺にとって、話題も半分程度しか頭に入ってこない。ちょっと辛い。
便利屋の宅配が届くまで時間を稼ぐ必要がある。俺は、ある道具を手に持ってキッチンからリビングに向かった。
「ところで、林檎を削ってみない?」
手に持った林檎と削り器を二人に見せた。
「わぁ、おもしろそう」
マリモネアとルヨテーゼさんの声が重なった。反応は上々である。
「林檎なんて削ったことがないから楽しそう。やるじゃん、ロマーリオ」
マリモネアが目を輝かせながら言った。
「ロマーリオくんは準備がいいね」
ルヨテーゼさんが俺を褒めてくれる。
俺は得意げに林檎を削る動作を二人にみせた。林檎が削れる軽快な音が室内に響く。子供の頃から、家でカレーライスを食べる度に林檎を削っている俺にとっては簡単な作業だ。俺が削った林檎はとても薄い。
「すごいね」
削った薄い林檎越しに目が合ったルヨテーゼさんは俺を褒めてくれる。
「ロマーリオにできるなら、きっと私にもできるよね?」
マリモネアが俺から林檎を奪い取り、豪快に林檎を削り始める。マリモネアの期待に反して、不均一な厚さの林檎が削り器からどんどん出てくる。
「これさぁ、削り器の刃が痛んでるんじゃない?」
削り器の性能が悪いとマリモネアが言い張る。不機嫌になったマリモネアをルヨテーゼさんがなだめている。ルヨテーゼさんは優しいな、と俺はつくづく思う。林檎で盛り上がっている二人から離れて、カレーライスの食材をキッチンからテーブルまで手際よく運んだ。人参、ジャガイモ、獣肉、さらにトマトも用意した。
「へぇー、ロマーリオのくせにちゃんと準備しているんだ」
マリモネアが珍しく俺を褒める。
「ロマーリオくん、ありがとう」
ルヨテーゼさんのこの一言で全てが報われた気がする。
「このトマトは酸味が濃いから、カレーライスにお薦めなんだよ」
俺は得意気に言った。
「ところで、ロマーリオ、カレー粉は?」
マリモネアがテーブルの上に並んだ食材を眺めながら、核心を突いた質問をしてくる。
「えっと、カレー粉は……。鮮度が命だから、お店の人に届けてもらうようにお願いしてるんだよ」
俺は苦し紛れの言い訳をした。届けてもらうということは嘘ではない。
「そこまで考えてくれたんだ。すごいね、ロマーリオくん」
ルヨテーゼさんがますます俺を褒めてくれる。
「カレー粉は異世界の日本産が美味しいって、他の冒険者が言っていたけど、それにしたの?」
マリモネアの無邪気な質問が俺を苦しめる。
「まぁ、ねぇ……。やっぱり、カレー粉は濃さが重要だからね……」
俺は曖昧な返事をして話題を変えることにした。
「そういえば二人は、カレーライスの作り方って知ってる?」
二人は同時に首を横に振った。カレーライスを作るのは二人にとって初めてだったようだ。興味津々の二人に、俺は得意げに説明する。
「具材を入れる順番がポイントなんだよ。玉ねぎを炒めたら、つぎに、ジャガイモ、ニンジンを入れる。大きい肉は火が通りにくいから要注意ね。つぎに、トマト、カカオ種、チェダーチーズの順で投入していくんだよ。煮立ったらカレー粉だね」
「へぇー、勉強になるね」
ルヨテーゼさんはすっかり感心してくれたようだ。俺はさらに上機嫌になって丁寧に手順を説明していく。
「煮立った具材はゆっくりと混ぜていくんだ。このとき、一気に混ぜずに、九十度ずつ混ぜるんだよ」
俺は手首をひねって、カレーを煮込んでいるような動作を二人に見せて、さらに説明を続ける。
「このとき、 浮き出た具材を中に沈めるんだよ。手を休めることなく回し続けていると、徐々にきれいなスープの色合いになってくるんだ。鍋の中は場所によって微妙に温度が違うから、常に混ぜ続けることが大切なんだよ」
ルヨテーゼさんとマリモネアは真剣に俺の説明を聞いてくれている。カレーに感謝の気持ちで一杯である。