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第22話 カレーライス(その1)

マンション管理人の僕は、住民のロマーリオくんの話を聞いている。いいことがあったらしくて、テンションが高い。

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田舎町クルッセアから王国の都市部にきた俺は生活費を稼ぐために冒険者ギルドでアルバイトを始めていた。そこで出会ったのが、俺より歳が一つ上の受付嬢のルヨテーゼさんである。都市部で生まれ育ったルヨテーゼさんは、田舎町クルッセア育ちの俺にとって眩しい存在だった。


「今度、カレーライスを一緒に作りませんか?」

 ギルドのアルバイトの休憩時間に、俺は勇気を振り絞って、一緒に働くルヨテーゼさんを誘ってみた。休憩のための小部屋には俺とルヨテーゼさんしかいなかった。このタイミングを待ち望んでいた。夕暮れ時のやわらかなオレンジ色の光が小さな窓から小部屋に降り注いでいる。


「あら、おもしろそうね」

 ルヨテーゼさんは優しい声で答えてくれた。予想以上の好反応に俺の胸が高鳴った。

 整った顔立ちに愛嬌のある物腰。ルヨテーゼさんの長い白銀の髪は艶やかで光を綺麗に反射する。すらりと背が高く、肌は透き通るように白い。さらに特徴的な二重の瞼は青色の瞳をより一層大きく見せている。ルヨテーゼさんの瞳を眺めていると吸い込まれてしまいそうだ。


「じゃあ、明日の夕食にどうかな?」

 さっそく提案する俺。何事も勢いが大切だ。

 持論であるが、カレーライスは便利な料理である。昔、日本という異世界からきた冒険者により伝えられたらしい。カレーとライスの組み合わせは愛らしく、その食感は食べた者を至福へと導いてくれる。さらに、カレーライスは誰かと一緒に作ることができる。楽しみながら料理を作ることができるという点は実用的だ。本当に素晴らしい。だから、王国の都市部に出稼ぎにでる際に、俺は「カレーライスの鍋」を実家からわざわざ持ってきた。一大決心だった。だって、カレーライスの鍋は我が家の秘宝だ。でも、カレーライスを有効活用して交友関係を広げるという俺の野望の前では、秘宝なんて何の価値のなかった。


 そんな俺の策を知るはずもないルヨテーゼさんは少し考えてから、回答してくれた。

「明日だったら、八時までならいいわよ。あと、マリモネアちゃんも誘っていいいかしら?」

 ルヨテーゼさんはギルドのバイト仲間のマリモネアの名前を挙げた。金髪ショートのヘアスタイルが特徴のマリモネアは俺と同じ歳である。マリモネアは剣士ギルドに所属していて、物怖じしない明るい性格だ。そして、マリモネアは俺に遠慮がなく、平気で「ロマーリオ」と呼び捨てにしてくる。「ロマーリオくん」と丁寧に言ってくれるルヨテーゼさんとは正反対の性格だ。マリモネアの豪快な言動は、異性という枠を飛び越えて、人間としての逞しさを感じる。ただ、不思議なことに、物静かなルヨテーゼさんと活発なマリモネアは気が合うらしく、ギルドのバイトが休みの日には一緒に市場へ買い物に出掛けたりするそうだ。正反対の性格でも、ルヨテーゼさんとマリモネアとは気が合うらしい。「マリモネアよ、その役割を俺に代われ」と心の中で何回呟いたことか。

 しかしながら、ルヨテーゼさんが提案してくれた条件を断るわけにはいかない。

「もちろん、マリモネアも一緒でいいよ」

 俺は渋々ながら、でも悟られないように笑顔で明るく応じた。

「ありがとう。じゃあ、マリモネアちゃんに連絡しておくね」

 ルヨテーゼさんは俺の様子に気づく気配もなく、さっそくマリモネアに連絡をしている。


「待ち合わせ場所はどうしましょうか?俺、ルヨテーゼさん達を迎えにいくよ」

 ルヨテーゼさんと少しでも多く会話をしたいという淡い期待を込めて提案した。ちなみに、俺の宿舎は街外れの酒場から徒歩二十分くらいの距離にある。中心街に近い物件の家賃が高かったので、不本意ながら中心部から少し遠いアパートを借りている。


「地図を頼りにしながら、マリモネアちゃんと一緒に家まで行くから大丈夫よ」

 ルヨテーゼさんはあっさりと俺の申し出を断った。きっと、俺の手間を省く気遣いなんだろう。

「じゃあ、明日の夕方の五時頃に俺の宿舎に集合ってことで、どうかな?」

「うん、了解。楽しみにしてるね」

 ルヨテーゼさんの好意的な反応が嬉しかった。俺は緩んだ口元を引き締めながら、家の場所をルヨテーゼさんに伝えた。


 無事にルヨテーゼさんを誘うことに成功した俺は、その日のアルバイトの帰り道で、夜空を見上げながら、ずっと前に、ルヨテーゼさんに質問したことを思い出していた。

「どんな男性が好みなんですか?」

 この言葉を発するために俺は何十回と一人で練習した。できるだけ自然な会話の流れの中で、緊張感が伝わらないように細心の注意を払いながら、発した言葉。今回のように、休憩時間に二人っきりになれるチャンスを狙った。

 ルヨテーゼさんは大きな瞳を少し細めて、しばらく考えてから言ってくれた。

「忍耐強い人がいいかな」

 予想外の答えに俺は戸惑ったことを覚えている。「やさしい人」や「おもしろい人」という返答を想定していたから。俺が不思議そうな顔をしていると、ルヨテーゼさんは続けて理由を説明してくれた。

「忍耐強い人って、相手に気を使わせない人だと思うのよ。相手に余計な気を使わせないために、相手のことをよく考えて、事前に入念な計画を立てていると思うの。だから、相手がいない時間に相手を思いやることができるという意味で、忍耐強い人に魅力を感じるかな」

 俺はすっかり感心してしまった。さすが、ルヨテーゼさん。ルヨテーゼさんに「忍耐強い人」と評価されたい。俺は心の中で密かに決意した。


 ルヨテーゼさん達を宿舎に招待するということで、気持ちが高まってしまい、その夜はなかなか寝付けなかった。

 そして、ついにルヨテーゼさん達を自宅に招待する時間が近づいてきた。

 しかし、こんな日に限って別の用事に手間取ってしまい、四時過ぎまで大聖堂で調べ事をしていた。待ち合わせの五時まで、あと一時間もない。焦る気持ちを抑えられず、街の大通りを一気に駆け抜けた。食材を買うために、帰る途中で市場に寄らなければならない。市場に到着した時間帯は、夕食の食材を買い求める人達で溢れ返っていた。特に粉類の特売日のようで、粉売り場が混雑していた。仕方がないので、混雑していた粉売り場を後回しにして、他の食材を先に探すことにした。そして、家まで走って帰った。

 購入した食材を自宅のキッチンに並べている時に、うっかり「カレー粉」を買い忘れていることに気がついた。一番重要な食材である「カレー粉」を買い忘れてしまうなんて。困った。このままでは、カレー粉無しのカレーライスになってしまう。


 ルヨテーゼさん達が来るまで残り十五分。今から市場に買いに行く時間はない。でも、この状況を何とか打破しなければならない。焦った俺はテーブルの上に便利屋のチラシがあることに気がついた。便利屋を利用したことはないが、今はこれに頼るしかない。

 便利屋の待機場所まで急いでいく。初めて便利屋を利用するので手間取りながら、やっとお願いできる状態になった。何とかなりそうだ、と安堵しつつ「カレー粉」の手配依頼をする俺。

 その時、玄関の方から訪問者を告げる音が鳴った。

「おーい」 

「ちょっと、早く到着しちゃったかな?」

 小窓越しにルヨテーゼさんが遠慮がちに言う。待ち合わせ時刻の五分前。本来なら嬉しいはずが、さらに俺を焦らせた。急いで玄関に向かった。玄関に移動しながら、便利屋への依頼書に素早くサインして、間一髪で注文を済ませた。

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