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第19話 アルワティーヌ(その1)

マンション管理人の僕は、住民のアルワティーヌさんの話を聞いている。

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雪が舞う季節から草木の新しい命が芽生え始める季節が近づいていた。

冬眠していた動物たちは自分たちの寝床からそろそろ起きだす季節である。

そう、出会いと別れの季節。

リーガレント王国では、この季節は受験の時期である。

多くの学生たちが将来の自分たちの進路を見据えて、次のステップに進んでいく。

ある者は騎士に、ある者は賢者に、ある者は魔導師にと、将来に希望を抱く若者たちが巣立っていく。

ここにもまた一組の男女の姿があった。


もうすぐ魔法大学校の受験本番が近づいている。こうして夜道の予備校帰りを一緒に歩けるのも、あと何日間だろうか。俺たちの前を一匹の黒猫が横切るのが見えた。この寒い季節に散歩だろうか。そんなことを考えていて俺は、隣を歩くクラスメイトの声で現実に引き戻された。

「今日も寒いね、ダニエル」

 紅色の羽衣が良く似合うアルワティーヌは、白い息を優しく洩らしながら呟いた。アルワティーヌの白い息は夜風にたちまち連れ去られて、暗闇に吸い込まれていってしまった。

「そうだね、アルワティーヌ。この寒さで体調を崩さないようにしないとね」

 俺は白い息を吸い込んだ星空を羨ましく思いつつ、当たり障りのない返答をした。俺たちの関係が何も進展しないまま、魔法大学校の受験という強制終了の時期だけが確実に忍び寄ってきている。永遠にこの時間が続けばいいのに、と何度思ったことだろうか。俺の名前はダニエルで、アルワティーヌと同じ受験生の身分だ。

「アルワティーヌは、模試の調子が良さそうだね。さすがじゃないか」

 俺は自分の気持ちを悟られないように、努めて冷静に言った。もう少し会話の幅を広げることができればいいのだが、なかなか思うように言葉が出てこない。

「最近は、いままでの努力がようやく点数に反映され始めたって感じかな。これも先生たちのおかげだよ。もちろん普段からのダニエルのサポートがあってこそよ」

 謙虚に答えるアルワティーヌであるが、素直に喜んでいる様子は声のトーンからわかる。控えめだけど、はにかんだ笑顔に癒される。いつまでも、この笑顔を見ていたいと切望してしまう。

「このままお互いの第一志望の学科に合格すると、、、、離れてしまうね」

 俺は寂しい気持ちを打ち消すように、わざと明るく言ってみた。こういう時にどんな顔をすればよいのかわからない。

「そうだね、、、私の希望する魔法学の学科は都市部にあるけど、あなたの希望する魔道具学の学科は辺境の土地だからね、、、。距離があるね」

 雰囲気からアルワティーヌも寂しく思ってくれているであろう心情が伝わってくる。お互いに将来の目指したい道がある。だから、遠距離になってしまう。この遠距離という地理的制約が、俺たちの関係の進展を阻んでいる要因だ。

 魔道具学は魔法の効果を付与された様々な武具や機器を生み出す学問だ。まだまだ発展途上の学問であるが、俺は魔道具学が将来的にはリーガレント王国の主力産業になると思っている。だからこそ、学ばなければならない。

 自分の夢のために、果たしてアルワティーヌと離れ離れになってしまって良いのだろうか?自問自答を繰り返す。答えのない答えを探すために俺は星空を再び見上げた。俺につられてアルワティーヌも星空を見上げた。

「ねぇ、冬の惑星トライアングルって知ってる?」

 アルワティーヌは星空を眺めながら、唐突に俺に聞いてきた。突然の質問に戸惑いつつも、俺は頭の中を整理してから口を開いた。

「確か、冬の南の空にかがやく緑の惑星、青い惑星、赤い惑星。この3つの惑星が作る三角形のことだったかな」

 この3つの惑星を冬の夜空に探しつつ、なぜアルワティーヌはこんなことを聞くのだろうかと疑問に思った。

「良く知っているね。すごい! 私は惑星に詳しくないので、どの惑星か教えて欲しいな」

 俺はアルワティーヌの要望に応えるために、膝を曲げて、アルワティーヌと目線を合わせて、夜空に向かって指をさした。

「あれが赤い惑星だよ。ほら、夜空でいちばん明るく輝いている、あの光」

 アルワティーヌの目線に合わせた俺の指先が赤い惑星を指し示す。俺は自分の指先を注視しながら口を開いた。

「どう?赤い惑星がどれかわかった?」

 その時だった、頬に弾力のある温もりを感じた。一瞬、何が起こったのか俺は状況を把握できなかった。


 アルワティーヌの唇が俺の頬に添えられていた。

「この国の何処にいても、この惑星は見えるね。だから、同じ惑星を見ていると思うと、私は嬉しくなるな」

 アルワティーヌは優しい声でささやいてくれた。

「ありがとう、アルワティーヌ」

 俺の顔はきっと真っ赤にだったに違いない。まさか、アルワティーヌからキスされるとは思ってもみなかった。

「手紙を書くよ」

 俺はアルワティーヌに何か言わないといけないと思い、頭に浮かんだことを口にした。

「私も手紙を書くわ」

 アルワティーヌも応じてくれた。

 これから俺たちの未来には一体何が待ち受けているのだろうか。

「ダニエルは魔道具学で何を目指しているの?それは今やらないといけないことなの?」

 アルワティーヌの気持ちが痛いほどわかる。リーガレント王国において、魔道具学は決して主流ではない。一番人気は魔法学だ。魔法学の使い手は、王国中で引く手あまたである。魔道具学は多くの予算を使うわりには目新しい成果が、まだ出ていない。アルワティーヌの心配も無理はない。

 俺はしばらく熟考してから口を開いた。

「確かに、魔道具学はまだまだ発展途上だ。アルワティーヌの心配もわかる」

 アルワティーヌの視線と俺の視線が交差する。そして、アルワティーヌがやや不満な顔をして、頬を膨らませながら口を開いた。

「だったら、ダニエルも今から魔法学を目指すべきだわ。まだ間に合うから」

 アルワティーヌの声をどことなく棘がある。無理もない。魔道具学で生計を立てるのはなかなか難しい。リーガレント王国では、魔道具学は低所得層に属してしまう。それに引き替え、魔法学を修めた者は王国内の主要機関で重宝されて、将来のエリートコースが約束されている。だから、アルワティーヌとしては何とかして俺を思いとどまらせたいのだろう。

「君の心配していることもわかるよ、アルワティーヌ」

 俺は努めて冷静な口調で応じた。

「ダニエル、それだったら、、、」

 アルワティーヌの声がまた一段と高くなる。

「でも、もうこれからは魔法学だけではリーガレント王国を支えていくのは無理だと思っているんだ。今から魔道具学を発展させていかないと、魔族の進行を止めることはできないよ」

 俺は熱を帯びた声でアルワティーヌに言い返す。そして、アルワティーヌの目をしっかりと見て、俺は口を開いた。

「だからこそ、わかってくれ、アルワティーヌ。君の心配していることもわかる。でも、俺は魔道具学に将来性を感じているんだ」

 俺には揺るぎない確信がある、といえばおそらく嘘になるだろう。俺だって迷っている。でも、ここで正直に迷っていることを口にすることはできない。だって、アルワティーヌを不安にさせてしまうから。

 俺は、恐る恐るアルワティーヌの表情を見た。アルワティーヌの目には涙が浮かんでいた。

「ダニエル、あなたが頑固なのは知っているわ。でも、私はそばに居てほしいの」

 アルワティーヌは渾身の力を振り絞っているように大きな声で叫んだ。俺は声の大きさに驚きつつも、自分自身を懸命に落ち着かせて、再びアルワティーヌと向き合った。

「アルワティーヌ、君の気持ちはとても嬉しいよ。ありがとう。でも、もう決めたことなんだ」

 俺はしっかりとアルワティーヌの目を見て言い放った。

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