朝のニュース番組でお天気コーナー担当のキャスターが流星群の到来を告げていた。
「流星かぁ。見てみたいなぁ、、、って、もう三回目だぞ」
そう呟いた俺は焼いたクロワッサンを一口かじり、ブラックコーヒーで口の中のクロワッサンを胃の中に勢いよく流し込んだ。
今夜の流星群は数百年に一度しか見られないらしい。知っているけど。
流星群と神様って何か関係あるのかな?もはや、どうでもいいけど。
こんな日に学校なんかに行っている場合ではない。これは三回目だけど、仕方がない。
俺はスマホで素早く学校の職員室の連絡先を探し出し、電話を掛けた。
「あっ、先生!すいません、今日、めちゃくちゃ調子悪くて休みます」
「はっ!ふざけるな?這ってでも学校に来いよ!」
いきなり先生のキャラが違うぞ。なんで厳しい口調なんだ。
「俺が休むっていったら、休むんですよ!」
俺はスマホを壁に叩きつけた。
普通の授業しかない日でも、あっさりと休みは了承されない。なんて厳しい世界なんだ。
三回目だけど、先生はやっぱり優しい人がいいな、と心の中で呟いた。
罪悪感はもはや感じることもなく、有意義な休みを過ごすことは学生のたしなみである、と昔の俺が言っていた気がするので、まぁこれはこれでいいはずだ。
俺は部屋の片隅に置いていたリュックサックを手に持って、荷物を詰め始めた。
チョコレート、ペットボトルのお茶、スマホのバッテリー、読書用の本などなど。
子供の頃に体験した遠足の前日の気持ちを大人になっても味わうことができるなんて、なんて贅沢なんだ、という感慨に浸ることは既に無かった。だって三回目だし。
「流星群を見るためには、やっぱり空気が澄んでいる山の方がいいよな」
特に行き先を決めていなかった俺は、決め台詞を言っていた。駅の切符売り場の前で熟考していたことを懐かしく思う。
たしか、この駅で降りたんだよなぁ。前回の計画に沿って過ごしてみるしかない、そんなことを考えていた。
だって、今日は流星群が来るのだから。
山の中の知らないはずだった街の駅で降りてみた。風景は変わっていない。
知らないはずだった街を一人きりで散策するのは、三回目ともなると微妙だ。
警戒心と好奇心が混じった感情は既に消え失せていた。俺は五感をふるに活用して、今後の展開に備えていた。
夕暮れ時の空は茜色に染まっていた。
「少し休憩しようかな、お腹も空いたことだし」
どこか空腹を満たせそうな場所がないか、周囲を見渡してみた
少し先の方に、カフェらしきお店がある。
この世界でも、やっぱり同じ場所にあるのはありがたい。
おとぎ話に出てくるような可愛らしい外観のお店になっていた。良かった。
「よし、あのカフェにしよう!」
俺はカフェに向かって駆け出していた。正確にはスキップしていた。
そして、俺は恐る恐る窓から店内の様子を探る。
「怖い魔女がいたらどうしよう」と、俺の心はすっかり童話の主人公になっていた。
お店の中には観葉植物が綺麗に飾られている。夕日に照らされた観葉植物達は緑色とオレンジ色が混ざり合い、絶妙な色彩である。
気持ちを奮い立たせて、入口の扉を開ける。
「いらっしゃいませ」
爽やかな声が俺を出迎えてくれた。そして、黒髪の少女が厨房から顔を覗かせている。
「本日のお薦めの飲み物しかないけど、、、、いい?」
黒髪の少女は少し申し訳なさそうに俺に尋ねてくれる。
「それで大丈夫ですよ」
少女の清潔感に好印象をもった俺は快く返事した。
柔らかな物腰と端正な顔立ち。少女の長い黒髪は艶やかで、いままで髪を染めたことが無いようだ。すらりと背が高く、肌は雪のように白い。さらに目はくっきりとした二重で大きく、瞳を眺めていると吸い込まれてしまいそうだ。
「金髪の少女ではないけど、この黒髪の少女でもいいな。俺の運命の女性は」
「好きな席に座ってください。飲み物を用意しますので、少しお待ちください」
その言葉を残して、少女はまた厨房に姿を消してしまった。
俺は夕暮れの空の様子を観察するために窓際の席に座ることにした。
白を基調とした店内は夕日の暖かな日差しに包まれて穏やかな時間が流れている。
「お待たせしました」
少女の穏やかな声とともに、可愛い星形のラテアートが描かれたカフェラテがテーブルの上に優しく置かれた。
「素敵な星形のラテアートですね」
俺は素直に感じたことを伝えた。星の白い模様が液面に浮かんでいて幻想的だ。
徐々に星の境界線がコーヒーと混じり合いぼやけてくる。
少女は少し照れた様子で、こう言ってくれた。
「今夜は流星群がくるから」
窓際の観葉植物が夕日に照らされて、キラキラと輝いている。
コーヒーの香りが店内に充満している。
お店には俺と少女の二人だけだった
「星、好きですか?」
少女は大きな瞳で俺を見つめてくる。その堂々とした雰囲気に俺は一瞬言葉に詰まってしまった。
ここまでの展開はほぼ同じだ。
俺は意を決して答えた。
「星は、、、好きです。何ていうか、自分のちっぽけさを味わえるので」
俺は星の好きな理由も添えて、少女に言葉を返した。社交辞令と本心が半分ずつ混ざった回答だ。
「あなたは、ちっぽけなの?」
少女の優しい声が俺の心に響く。
ここまではっきりと言ってくれる人は珍しいかもしれない。
「まぁ、そうかな」
俺は次に自分が何を言うべきか考え込んでしまった。
過去の自分の無力さを味わった経験を色々と思い起こしてみた。
色々な感情が混ざり合って視界不良になりつつある俺は悩んでも仕方ないと思い直し、尋ねてみることにした。
「君の方こそ、星、好きなの?」
一体、少女は何と答えるのだろうか。返答次第で状況が大きく変わる気がしていた。
もし俺と同じ回答だったらどうしようか。確かに悪い気はしない。でも、それはただの社交辞令かもしれない。
俺は悶々とした気持ちで思考を巡らした。
「もちろん、星は好きだよ」
少女は自信に溢れた声で答えてくれた。
「だって、私は星だから」
一瞬、何を言っているのか、わからなかった。確かに少女は「私は星だから」と言った気がする。いや、「私は星」と言った。
「あなたは星、、、、ですか?」
俺は念のために聞き返した。
「はい、星です」
少女の目に迷いはない。そして、少女は柔らかい口調で続けた。
「ずっと暗闇の中を旅してきました。暗闇に青く輝く美しい惑星を見つけて、ちょっと立ち寄ってみました」
確かに、地球は青い。宇宙飛行士たちが口をそろえて言うセリフだ。
「本当に、あなたは星なんですか?」
俺は少女が冗談を言っていると思い、苦笑しながら聞き返した。
「はい、星です」
この少女は星だったのか。なんだか不思議な気持ちになってきた。そして、やや身構えていた俺の心を柔らかくしてくれた。
この不思議な出会いをもう少し楽しもう。
次に語るべき言葉を頭の中で探しつつ、もう一度少女をみようと思って、僕は顔を上げてみた。
すると、満点の星空が夜空を彩っていた。
さっきまで店内にいたはずなのに、いったいどうなっているのか。
俺は戸惑いつつも、無数の星屑に目を奪われていた。
「あっ、流れ星!」
夜空に向かって、俺は叫んでいた。
星空の中で力強い光の軌跡が現れた。
一つ、二つ、三つ、もう数えきれないほどの流星群だ。
少女が言った「地球は美しい惑星だ」という言葉を反芻していた。
そして、俺は、頭の中で神様に尋ねてみた。
「あの、俺の運命の女性は?」
頭の中に神様の声が聞こえてきた。
「星、綺麗じゃの」
「おいおい」
俺は思わず神様にツッコミを入れた。
「いや、星は綺麗だけど。俺の運命の女性は?」
「あれっ?ちょっと、世界が変わってしまったようじゃの」
再び絶句する俺。
「神様は何をやってるんですか?俺の運命の女性はどこにいったんですか?」
俺は二回目であるが、怒り心頭である。
「そんなこと言われてもなぁ」
神様は俺の頭の中で弱々しく反論した。
俺は尋ねてみた。
「もう一回、タイムリープ発動してくれませんか?」
神様は驚いた声をあげる。
「えっ、それは無理だよー。だって、使用回数を超えてるから」
神様は厳格な口調で抗議した。
「タイムリープ、発動!」
俺は声高く宣言した。
星空の下で、俺の空しい叫び声だけが響き渡る結果となってしまった。
俺の目から流れ星のような大量の涙がこぼれ落ちていた。