目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第12話 新人ロゼティヤの憂鬱(その3)

今回の取材では空中庭園サラダという珍しい料理に出会うことができた。私は、レオナルトくんとシュウジさんに心からお礼の言葉を述べた。そして、取材の記念に彼らと一緒に写真を撮ることにした。レオナルトくんは写真があまり好きではないみたいで渋っていたけど、無理やり一緒に撮った。ついでに、レオナルトくんとシュウジさんの連絡先も入手した。もしかしたら、また異世界でお世話になるかもしれない。


 私は、レオナルトくんとシュウジさんと別れて、もう少し料理取材を続けることにした。街の人に色々と尋ねてみると、迷店と評判の焼き鳥屋さんがあるらしいので、行ってみることにした。どんな店なのかと、街の人達に聞いたら、皆が苦笑いしていたのが気になるけど。

「こんにちは」

私は努めて明るい声を出して、お店の暖簾をくぐった。お店には頭にねじり鉢巻きを巻いた年配の男性店主が一人座っていた。

「らっしゃい」

店主は威勢の良い声を返してくれた。

「あの、焼き鳥が美味しいと聞いたのですが、、、」

私は手短に取材で訪問した旨を伝える。迷店の店主は気難しい方が多いので、やや緊張する。

「おう、取材いいよ」

予想に反して、店主は快く引き受けてくれた。私は期待に胸を躍らせる。そして、店主が再び口を開く。

「でも、うちの店は鳥と串はお客さんが持参するスタイルだからね」

「えっ!」

私は驚きのあまり声を出してしまった。そうか、これが迷店と言われる由来か。

「そうなんですね、でも私、今日は鳥も串も持っていないです、、、」

私が申し訳なさそうにしていると、店主が明るく言った。

「じゃあ、次に来たお客さんと一緒に食べればいいよ」

私はしばらく店内で待つことにした。食材の在庫を持たない焼き鳥屋というのは斬新だ。しばらくすると、お店に常連風のお客さんが入ってきた。

「今日は、この鳥の焼き鳥をお願いしまーす」

「へい、まいど」

店主とは慣れたやり取りをしている。店主は会話の途中で私の事をお客さんに紹介してくれて、お客さんから取材の了承を得てくれた。ありがたい。私は常連風のお客さんにお礼を言いつつ、尋ねてみた。

「今日はありがとうございます。ところで、この鳥は何ですか?」

常連風のお客さんは答える。

「この鳥は、怪鳥ムキムキだよ。食べると筋肉ムキムキになれるんだ」

「えっ、、、」

私は食べるのを遠慮することにした。筋肉は好きだけど、私が筋肉ムキムキになってもなぁ、、、。異世界の洗礼を受けつつ、このお店を出ることにした。なかなか異世界の料理は一筋縄ではいかないようだ。まさか、食べる前の段階で挫折するとは思わなかった。これが異世界の常識なのかもしれない。お店に入ると美味しい料理が食べらた元の世界のことを懐かしく思えてきた。


 少し心が折れそうになった私は、自分自身の志を振り返ることにした。私が取材して執筆した記事が、誰かが美味しい料理と出会うきっかけになると思うと嬉しく感じる。料理人さんにお話を聞くと、皆さん色々な想いがあって、いつも勉強になっている。ある料理人さんはお客さんの笑顔のために、またある料理人さんは自己研鑽のためになど。料理の一皿一皿に、多くの想いが込められていて、取材させて頂いている私の方が温かい気持ちになってくる。また、料理される食材達も晴れ舞台に向けて、丹精込めて育てられている。肉や魚や野菜達。全ての食材に感謝の気持ちが沸いてきた。

 よし、気を取り直し、もう一軒の取材に行くぞ。そう思って、お店を探していると、「カップ麺専門店」という看板が目に入った。異世界にカップ麺という組み合わせに、私の興味がそそられて、勇気を出して、お店に入ってみることにした。

 そのお店は、体格の良い男性店主が一人で切り盛りされてた。私がカウンターに座ると、名物のカップ麺が目の前にすぐに出てた。

「湯加減はどうしますか?」

 店主は私にカップ麺のお湯の温度を尋ねてた。今までカップ麺の温度を気にしたことがなかった私は戸惑いつつも、取材魂に火をつけて、逆質問することにした。

「お薦めの湯加減ありますか?」

 店主は私の目を見つめながら、ゆっくりと口を開いて答えてくれた。

「この季節は90℃がいいよ」

 なんと、季節によって湯加減が違うようだ。これは奥が深い。実に奥が深い。湯加減なんて何でもいいと考えていた自分が恥ずかしくなってくる。

「わかりました。それでお願いします」

 私は店主がお薦めする湯加減でカップ麺を作ってもらうことにしました。お湯を注ぎ終わった店主は渋い声で言った。

「いまから三分待ってください。絶対、三分ですよ」

 カップ麺が出来上がるまでの三分間。店内は静寂に包まれた。時計の針が動く音だけが店内に響いている。店内には店主と私の二人きり。お互い無言。店主はカップ麺から立ち上がる湯気を真剣な眼差しで見ている。この張り詰めた空気が、きっとカップ麺に命を注いでいるに違いない。何て奥が深い料理なんだ。

「三分経ったから、食べていいよ」

 店主は低い声で、食事開始の合図を告げてくれた。私は緊張しながらお箸で麺を掴み、口の中に運んだ。そして、さらに緊張しながら麺を嚙むと、口の中にカップ麺の味が広がり、私は思わずこう言ってしまった。


「これ、普通の味ですよね?」

 店主は静かにこくりと頷き、渋い声で言いました。

「誰が作っても味が変わらないのが、カップ麺のいいところだよ」

 私は心の中で「そりゃそうだ」と思いながら、このお店の記事をどう書こうかと頭を悩ませ始めた。出会いと別れ。素晴らしい出会いがあれば、そうじゃない出会いもある。そんなことを思い出させててくれるお店だった、、、。


 一通りの取材を終えて私は異世界編集部に戻ってきた。そして、取材原稿を上司であるダイザエモンさんに提出した。ダイザエモンさんは空中庭園サラダの記事を確認すると、そのままクライアントに記事を送ってくれた。これでようやく一段落である。


 私の職場の机の上には、異世界グルメ取材の記念として、私とレオナルトくんとシュウジさんの三人で撮影した写真を飾っている。ダイザエモンさんが、その写真を見て、小さな声で呟いた。

「こいつら大きくなったなぁ」

 そう言えば、ダイザエモンさんの過去をよく知らない。異世界編集部でグルメ記者として「グルメ記事の女王」という異名で呼ばれる前は、ダイザエモンさんは一体何をしていたのか。部下である私は上司の過去を詮索することに気が引けてしまい、なかなか聞き出せていない。


「ダイザエモンさんはレオナルトくんとショウザブロウさんのこと知っているのですか?」

 私はさりげなく上司のダイザエモンさんに尋ねてみた。ダイザエモンさんは素早く目を逸らして、何事も無かったかのように言った。

「そういえば、空中庭園サラダの記事を顧客が絶賛していたぞ。今度は黒龍の生肉のグルメ記事が欲しいってさ。最近は、美味しくなったらしいし、どうかな?」

「それって、ダイザエモンさんがお腹壊した料理ですよね?」

 私はすぐに言い返した。今度は異世界の僻地へ出張する前触れなのかもしれない。黒龍の生肉にはあまり興味はないが、異世界にはまだまだ知らないことが沢山あるので、出張という名の探索活動をしても良いかと考え始めていた。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?