橋の上で涼んでいると、金色の冒険者腕章を身に着けた青年を見つけた。冒険者にも色々とランクがあるようだが、金色がどのあたりのランクなのか、私にはよくわからなかった。外見から年齢は私と同じ二十二歳前後だろうか。青年は籠を背負っている。籠の中には野菜のような植物が沢山詰め込まれている。私は彼に狙いを定めることにした。
「ちょっと、よろしいですか? 私はグルメ取材のために日本から来たロゼティヤと言います。その、食材のことを質問してもよろしいでしょうか?」
私は彼に近づきつつ、満面の笑みで話しかけた。取材において、まずは相手の警戒心を解く必要がある。その点、容姿端麗と言われることが多い私は、強面の上司のダイザエモンさんと違って有利だと自負している。彼は歩くのを止めて、私の方に顔を向けて素っ気なく言った。
「あんた、腹減ってるの?」
大抵の男性は気恥ずかしそうな反応をまず返してくれる。でも、彼は私の外見には特に興味がないようだ。まぁ、実際のところ、お腹は空いている。
「えっと……お腹は空いています。ですので、どこか美味しいお店をご存知でしたら、教えて頂きたいのですが……」
私より身長が高い彼に対して、やや上目使いで尋ね続けた。特に照れた様子もない彼は、再び素っ気なく言った。
「いまから、この食材をお店に持ち込んで、料理を作ってもらうけど……あんたも来る?」
ありがたい提案に私は嬉しくなり、即座に返事した。
「はい! もしご迷惑でなければ、ご一緒させて下さい」
彼はそんな私の変化に興味もない様子で、「いいよ」と短く答えた。
その後の会話のやりとりで、彼の名前はレオナルトということ、仕事は冒険者であること、私より年下で十八歳であること、そして、ちょうど珍しい食材が手に入ったので調理を依頼しに行く途中だったことがわかった。私は自分の幸運に感謝しつつ、レオナルトと一緒にお店に向かった。
「ところで、レオナルトくんはどんなお店に向かっているの?」
私は親近感をもってもらうために彼のことを"レオナルトくん"と呼ぶことにした。彼は呼び方に関して特に気にしていない様子だった。
「この先に料理研究家シュウジさんの店があるんだ。どんな食材を持ち込んでも美味しい料理にしてくれるんだよ。俺のお気に入りの店なんだ」
わざわざ異世界にグルメ取材の来た私の胸が高鳴った。料理研究家シュウジさんがどういう人物かはわからないけど、期待できそうだ。
「へぇー。それは、すごい楽しみ!」
私は自分でもわかるくらいの弾んだ声を発した。しばらくするとレオナルトくんが看板のない店の前で歩くのを止めて言った。
「着いたぞ。ここが料理研究家シュウジさんの店だ。さぁ、中に入るぞ」
そう言って、レオナルトくんは扉を押しあけて中に入って行った。私は胸の高鳴りを感じながら、レオナルトくんの後に続けてお店の中に入った。
料理研究家シュウジさんのお店の中は、木の温もりが感じられる落ち着いた雰囲気であった。店内には他のお客さんの姿はなかったが、食欲が刺激されるような美味しそうな匂いが漂っていた。
「いらっしゃいませ」
三十歳前後の爽やかな外見の男性がお店の奥から出てきた。茶色の短髪が良く似合っている男性であった。
「おっ! 久しぶりだね、レオナルト。元気そうだね」
「お久しぶりです。シュウジさんこそ、お元気そうでなによりです」
レオナルトくんは丁寧に答えた。私はレオナルトくんがシュウジさんと呼ぶ男性をまじまじと見た。
「レオナルトが女の子と一緒なんて珍しいね。どうしたの?」
シュウジさんは私をちらりと見て、レオナルトくんに尋ねる。レオナルトくんは私が取材のため同行していることを手短に説明してくれた。そして、シュウジさんはあっさりと取材を快諾してくれた。
レオナルトくんから食材を受け取ったシュウジさんは厨房の中へ入って行った。しばらくすると、満足げな顔をしたシュウジさんが厨房から出てきて、コップに水を注いでくれた。
「なかなか良い食材だね。料理が楽しくなるよ。ありがとう、レオナルト!」
そう言って、シュウジさんは再び厨房の中へ消えて入った。その後、心地よい包丁の音が店内に響いてきた。
レオナルトくんとしばらく雑談していると、シュウジさんが大きなお皿を持って登場した。
「おまたせ、名物の空中庭園サラダだよ」
目の前には空中に浮いているように見えるサラダが出てきた。目を凝らしてみると、透明なゼリー状の山が見える。そして、その山の頂上にサラダが盛り付けられている。
「すごい、本当に浮いてるみたい」
私は驚きの声を上げた。
「3種類のドレッシングを山の頂上から、ゆっくりとかけて食べるんだよ。ドレッシングは、酸っぱい味、甘い味、辛い味があるから自分で調整してね」
シュウジさんは驚いている私に説明してくれた。
山の頂上のサラダはとても色鮮やかだ。そして、山の麓には油で揚げたお肉やお魚が盛り付けられている。
「地上には肉と魚、空の上には野菜。これは、この異世界の憧レオナルト表現しているんだ」
レオナルトくんは透明な山越しに私の眼を見て、説明してくれた。
「二百年前に人類が異世界に移住し始めた時に、異世界の土壌に合う野菜が無くて、新鮮な野菜を食べることができなかったんだ。当然、人類は新鮮な野菜を渇望していた。今では品種改良のおかげで野菜も地球と同じように収穫できるようになったけど、当時の気持ちを忘れないように、この料理を定期的に食べているんだよ」
そう言って、レオナルトくんは慣れた手つきで黄色の酸っぱい味のドレッシングを山の頂上に注ぎだした。
そうすると、今まで透明だった山肌に黄色の液体が流れ、徐々に山の輪郭を形作っていく。
「なんて、綺麗なの」
私は感嘆の声をあげた。そして、さっそくスプーンで黄色に染まった山肌を掬ってみた。ゼリー状の山は見た目通りで、すぐに掬うことができた。そして、スプーンを口に運ぶ。
「おいしい。ゼリーのぷるぷるの食感と酸っぱい味が混ざって絶妙だね」
私は職業柄、ついつい食レポをしてしまう。レオナルトくんを見ると、私の反応に動じることなく、黙々と食べている。
山頂の野菜は歯ごたえが良い。ミニトマト、コーン、サツマイモ、キャベツ、などなど豪華である。そして、山の麓の油で揚げたお肉やお魚も美味しい。山頂の野菜、山肌のゼリー、山の麓の揚げ物を順番に食べていく。さまざまな味が絶妙に調和していく。幸せだ。
そんな私の姿を横目に、レオナルトくんは残りの青色の甘い味のドレッシングと、赤色の辛い味のドレッシングも山にかけていく。山の頂上から、黄色、青色、赤色の液体が徐々に混じり合いながら山の麓に流れていく。食べる場所によって、味が変化するのは面白い。
私はひたすら「おいしい、おいしい」を連呼して食べ続けた。そんな私の様子をシュウジさんは苦笑いしながら見ていた。
空中庭園サラダは、食べる人の好みに応じて自分で味を変えていく料理だ。そして、黄色の酸っぱい味のドレッシング、青色の甘い味のドレッシング、赤色の辛い味のドレッシングをかけた山肌は美しい色合いになる。視覚的にも楽しめる料理だ。この空中庭園サラダは一種の芸術作品だと思う。