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第10話 新人ロゼティヤの憂鬱(その1)

マンション管理人の僕が、新人ロゼティヤから聞いた話である。

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 某大手出版社の料理雑誌部門で働く新人ロゼティヤは、今日も朝一番の出社です。オフィス近くのカフェでテイクアウトしたコーヒーを自分の机の上に置いて、まずはパソコンを起動!

 「今日も大量のメールが届いているけど、効率良く働くぞ」

と気合を入れて、メールのタイトルをどんどん確認していきます。

 「んっ?何だか不穏な件名のメールがあるぞ、、、」

メールの件名は「人事異動のお知らせ」で、差出人は人事部長。嫌な予感しかしない。恐る恐るそのメールをクリックしてみると、、、。


「 ロゼティヤ様

 お疲れ様です。人事部長の佐山です。

 この度は突然のご連絡で大変恐縮ですが、本日付で人事異動が貴方に発令されることになりました。「異世界」編集部への出向をお願い致します。本来なら直接お伺いしてお伝えすべきところを、急な辞令でしたのでメールでのご連絡となり申し訳ございません。

 異動先の「異世界」編集部の上司はダイザエモンさんになります。徒歩での通勤が可能なので、アクセスは便利だと思います。新しい職場では一日も早く仕事を覚えられるよう心より願っております。

 慣れない世界での勤務となり、ご迷惑をおかけしますが、どうぞ宜しくお願い致します。取り急ぎ、メールでのご連絡を申し上げます。」


 突然の人事異動の連絡に気が動転しつつも、会社命令は絶対なので、ロゼティヤは素早く身支度を整え始める。


 二百年前のある日、地球上の様々な場所で異世界へ通じる門が突如出現した。人類は大混乱に陥り、世界中の国々が異世界へ調査団の派遣を繰り返した。調査の結果、異世界は空気も水もあり、人類が居住可能であることが明らかとなった。ただし、動植物の生態系だけは地球と異なるけれど。現在では異世界に移住して生活している人達も多い。人類が異世界に行くことは珍しいことではなくなった。二百年前の地球で例えるならば、海外へ旅行する感覚に近いだろうか。


 「ちょっとロゼティヤにお願いしたいんだけど、異世界のグルメ記事の執筆依頼を受けたから取材してきてくれない?」

 坊主頭で強面の上司であるダイザエモンさんが私に命じてきた。私は某出版社の料理雑誌部門の異世界編集部で働くことになってしまい、ダイザエモンさんに色々と指導を頂いている。異動初日に、この上司は一体何を言っているのだろうか。

「えっ? 私が一人でいきなり異世界を探索するんですか?」

 私は無駄だと思いながら、上司のダイザエモンさんに聞き返す。

「ロゼティヤはもう二十二歳だし、そろそろ一人でグルメ取材する経験を積むべきだ。それに容姿端麗なロゼティヤの方が、異世界では何かと都合がいいはずだぞ。髪のない俺より、金髪のロゼティヤの方が適任だぞ。きっと。」

 異世界で髪の有無がどれだけ重要かはわからないけど、ダイザエモンさんは私の成長を願っているような口ぶりだった。ダイザエモンさんは今年で五十歳になるそうだが、まったく体力は衰えていない様子である。

「でも、この依頼を受けたのはダイザエモンさんですよね? 私が一人で行っても大丈夫なんでしょうか?」

 私はもう少し粘ってみることにした。地球の料理と比べて異世界の料理は変なものが多い。編集部で働くある年配記者から聞いた話であるが、ダイザエモンさんは異世界で「黒龍の生肉」を食べて酷い腹痛になったことがあるらしい。それ以来、異世界の料理取材を避けているそうだ。なぜそれでダイザエモンさんに異世界編集部の勤務が務まるのかは謎であるが、今回は大手顧客からの執筆依頼らしく断れない様子だ。

「ロゼティヤなら大丈夫だよ。それに、俺さぁ、別の取材で日本への出張あるし」

 ダイザエモン先生が満面の笑みで答える。どうやら私の逃げ道は無さそうだ。

「……わかりました。たくさん経費を使わせて頂きますね」

 私は渋々ながら了承した。

「グルメ取材では日本人の口に合うかどうか、という視点を忘れるなよ」

 ダイザエモンさんが私に取材の要点を伝える。ダイザエモンさんは強面だけど、グルメ記者としての能力は高く、繊細で可憐な文章を書ける人だ。多くの人達はダイザエモンさんの文章を読むと、食欲が刺激されて口から涎がでてしまう。ダイザエモンさんは美しい文章を書けることから「グルメ記事の女王」という異名をもっている。その異名を聞いた私はダイザエモンさんのことをてっきり女性だと勘違いしていた。異世界編集部に異動して、初めてダイザエモンさんと会った時の衝撃は生涯忘れることはないだろう。ダイザエモンさんは坊主頭に強面で巨漢という強烈な姿だった。ダイザエモンさんの強烈な姿が衝撃的だったため、私は人事異動を取り下げたいということを言えなくなってしまった。まぁ、ダイザエモンさんはそんなに悪い人ではないと思う。たぶん……。

「ダイザエモンさん、私は異世界へグルメ取材にいつから行けばいいんですか?」

 私は覚悟を決めて問いかける。

「えっ? いまからだよ。異世界のグルメ取材をするお店はロゼティヤに任せるよ」

 ダイザエモンさんは爽やかな表情で言った。「この極悪人がっ!」という言葉をぎりぎりのところで飲み込んだ私は、急いで取材のための身支度を整え始めた。なんて、人使いの荒い編集部なんだ。


 異世界には多くの街がある。私は冒険者の多い街へ行くことにした。その街では、珍しい食材を食べることができるらしい。電車とバスを乗り継いで目的の街に辿り着いた。異世界でも地球と同様の交通網が整備されているのは先人達のおかげだ。日本では冬だったけれど、この街では春のような陽気に包まれている。寒い日本を脱出できたのは良かったかもしれない。私は暖かな気候にすっかり気分が高まり、桜色のスプリングコートを着て、街を散策することにした。歴史の教科書で見たような中世ヨーロッパの街並みが再現されている。私の中での冒険者の街というイメージとも合っていて、なんだか嬉しくなる。


 とりあえず、適当に街を散策して、お店を探すことにした。お昼少し前に、私は雰囲気が良さそうなレストランを見つけて、勇気を出して飛び込んでみることにした。

「こんにちは」

「いらっしゃいませ」

 爽やかな雰囲気の青年が応対してくれた。

「このお店のお薦め料理は何ですか?」

 私は新たな料理に出会える期待と不安を感じながら青年に聞いてみた。

「当店のメニューは一品しかありません。料理名は“シェフの気まぐれ”です。価格は時価です」

 爽やかな笑顔を崩さず青年は答えた。

「聞き慣れない料理名ですね、、、、どんな料理ですか?」

 私な少し警戒しつつ質問した。料理名“シェフの気まぐれ”から、どんな料理なのかまったく想像できない。

「私の創作料理になります。どんな料理かは秘密です。興味があるようでしたら、注文して下さい」

 青年は涼しい顔をして答えてくれた。

 私は青年を見つめながら考え込んだ。料理名から危険な雰囲気を感じる。そもそも“シェフの気まぐれ”とは何だろうか。青年にとって気まぐれであるが、私にとって気まぐれでは困る。

「その料理は辛いですか?」

 とりあえず、人間が食べれる料理かどうか確認が必要だ。

「辛くないですよ」

 青年はすぐに答えてくれた。辛くないのであれば、意外と美味しいかもしれない。期待が膨らんできた。

 「ちなみに、お値段は時価とのことですか、今日はいくらですか?」

 値段が気になったので、私は確認してみた。青年は爽やかに答える。

 「今日は百万円になります」

 私は衝撃の値段に目を丸くしてしまった。お昼ご飯に百万円は予算オーバーである。

 「あの、、、その値段は高くないですか?」

 ごく普通の金銭感覚の私は、眩暈を感じながら質問した。すると青年は爽やかに答えた。

 「だって、“シェフの気まぐれ”ですから、値段はそんなもんですよ」

 どうやら彼にとっての気まぐれは、私にとっての気まぐれにはなれなさそうである。

 「いつか経費で食べに来るので、その時にお願いします」

 私は曖昧な笑顔で青年にお別れを告げて、お店から出ることにした。お店から出て、しばらく歩きながら、さっきのお店は客単価が高いんだろうな、ということを考えていた。もっと他に考えることはあるだろうけど、あまりにも衝撃的だったので、どうでもいいことに考えを巡らせてしまった。

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