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第9話 孫のケイタロウが笑う

時折吹く強い夏風で山の木々が幹を擦り合せて軽快なリズムを奏でる。

家の軒先に吊るした風鈴が涼しげな音色を響かせている。

自然の調和が織り成す光景がどこまでも広がる山村。


そんな中、私は孫のケイタロウにおもしろい話を何度も強要されていた。

「ゴンゾウおじいちゃんにもうちょっとだけお願いがあるんだけど、、、いいかな?」

ケイタロウがもじもじしながら、私の方をさらに上目づかいで見つめてくる。

「うん?どうしたケイタロウ、遠慮しなくていいよ」

私はひきつった笑顔を懸命に押し戻そうとする。

可愛い孫の頼みである。祖父の立場としては、できるだけ叶えてあげたいと、ついつい思ってしまう。孫は本当にかわいい。

「さぁ、ケイタロウ、遠慮せずに言ってみなさい」

私はケイタロウに話の続きを促した。

「じゃあ、言うね」

ケイタロウは私の目をしっかりと見つめて口を目一杯に開けた。

「ねぇ、おじいちゃん、最大限におもしろい話を聞かせてくれない?」

またまたまた、私は絶句してしまった。

これは困った。

おもしろい話だって、、、一体何を話せばいいのか。


私はこれ以上の失態を重ねるわけにはいかない。

これまで話した四つの物語は、孫のケイタロウの心には一切響かなかったようじゃ。

隣の家のシゲゾウさんなら笑いすぎて、ぎっくり腰になっているレベルなのに。

孫のケイタロウは都会っ子だけあって、おもしろさには厳しい。

私は明らかに狼狽しながらも、懸命に物語を考え出した。


「帰り道でさりげなく、というお話じゃ」

私はケイタロウがロボットアニメとかではなく、実はラブコメにおもしろさを感じるタイプの子供なのかもしれないと思い直して、咄嗟に創作話を聞かせることにした。


・・・・

 もうすぐ高校の卒業式。

 こうして学校から一緒に帰れるのも、あと少し。

「今日も寒いね」

 黄色のマフラーが良く似合う美里は優しい声で呟いた。美里の白い息は夜風に連れ去られて、夜の闇に吸い込まれていってしまった。

「そうだね」

 俺は白い息を吸い込んだ星空を妬ましく思った。

 永遠にこの時間が続けばいいのに、と何回願ったことだろうか。

「美里は、体調もずいぶん良くなったみたいだね」

 俺は自分の気持ちを悟られないように努めて冷静に言った。ほんの数日前まで風邪で寝込んでいた美里を気遣う。

「おかげさまで、体調はよくなったよ。心配してくれてありがとう。あと、差し入れの果物もありがとう」

 美里が喜んでいる様子は声のトーンからわかる。控えめだけど、はにかんだ笑顔に癒される。果物を差し入れして心底良かったと過去の行動を心の中で称賛した。

「このままお互いの第一志望の大学に合格すると、、、、離れてしまうね」

 俺は寂しい気持ちを打ち消すように、わざと明るく言ってみた。

「そうだね、、、北海道と東京じゃあ、距離があるもんね」

 声の雰囲気から美里も寂しく思ってくれているようだ。お互いに将来の目指したい夢がある。だから、遠距離になってしまう。この遠距離という地理的制約が、俺たちの関係の進展を阻んでいる原因だ。

 答えのない答えを探すために俺は星空を再び見上げた。俺につられて美里も星空を見上げた。

「ねぇ、聞いていい?」

 美里が遠慮がちに俺に尋ねてくる。美里の顔が赤くて、少し照れているようだ、

「うん、いいよ。どうしたの?」

 美里はもしかしたら、俺に告白するのかもしれない。心の準備をするか。


「あなたは、、、なぜ真冬なのにタンクトップなの?そして、なぜ筋肉をそんなにアピールするの?」

 俺は美里の予想外の質問に面食らった。美里は恥ずかしがり屋なのかもしれない。

「筋肉は、、、裏切らないから」

 俺は満面の笑みで美里の瞳を覗きこんだ。

 美里は凄い勢いで、俺から目を逸らしてしまった。

 まったく照れ屋さんなんだから。

・・・・

「どうじゃ、ケイタロウ。おもしろい話じゃろ?」

私はドヤ顔をしてケイタロウを見つめた。

ケイタロウの反応は、、、、ちょっとだけ笑っている!

「ゴンゾウおじいちゃん。男女の駆け引きっておもしろいよね」

まさかのややヒット。

「そうか、、、、ケイタロウは男女間の話が好みじゃったか。そうかそうか、ケイタロウもそういうことに興味がいく年齢だからのぉ」

私は手ごたえを感じていた。

今も昔も子供にとって男女の恋愛沙汰はおもしろいに違いない。

「ねぇ、おじいちゃん、もっともっともっと、おもしろい話を聞かせてくれない?」

私は絶句してしまった。

糸口はつかんだものの、これは困った。

もっともっともっと、おもしろい話だって、、、一体何を話せばいいのか。


「じゃあ、誕生日の交換制度、という話じゃあ」

私はケイタロウが男女の恋愛沙汰に興味を示したことを突破口とするべく、男女に焦点をあててみることにして、咄嗟に創作話を聞かせることにした。

私はやや軽快な口ぶりで、再び語り出した。


・・・・

「僕と誕生日を交換してくれませんか?」

 私の生きている世界では双方が合意すれば、誕生日を交換できる制度がある。私の誕生日は7月7日。どちらかというと、人気のある日だ。だから、よく誕生日の交換を申し込まれる。

「あなたの誕生日はいつですか?」

 私は今まで誕生日を交換したことがない。だって、7月7日を気に入っているから。でも、冷たく断るわけにはいかず、相手と最低限のコミュニケーションをするようには心掛けている。

「僕の誕生日は7月7日です」

 あれ、私と同じ日だ。珍しい。しかし、ここで疑問。なぜ、7月7日を手放そうとしているのか?

「7月7日って、人気のある誕生日だと思うけど、なぜ交換したいの?」

 と、素直に聞いてみることにした。

 私を捉えた彼の優しげな眼は大きくなり、頬は少し赤色に染まった。

「だって、僕と誕生日を交換しれくれたら、君は僕のことを忘れないでしょ」

 そういって、彼は恥ずかしそうに顔をマフラーに沈めた。

 同じ誕生日を交換しても書類上は何も変わらない。でも、彼の誕生日が私の誕生日になる。そして、私の誕生日が彼の誕生日になる。

 そういうのも悪くない。

 夕暮れの時の空を眺めて、もう少し思案することにした。

 そして、この先の未来に想いを馳せてみることにした。

・・・・


「どうじゃ、ケイタロウ。おもしろい話じゃろ?」

私はドヤ顔をしてケイタロウを見つめた。

ケイタロウの反応は、、、、あくびをしていた。おもいっきり口をあけて、あくびをしている。

「うーん、ゴンゾウおじいちゃん。誕生日は交換したらダメだよね」

まさかのダメだし。

「そうか、、、、ちょっと、ケイタロウの好みに合わなかったようじゃの」

私は心の底から負けを認める。

さすがケイタロウは都会っ子だけあって、こんな軽い男女間の話には興味を持たないか。きっと、多くの物語に接して育ってきたからかもしれない。

この田舎で育っていれば、自然に囲まれて一層伸び伸びとできたかもしれないのに。

そんなことを考えていた私に対して、ケイタロウは遠慮なく言い放った。

「てか、おじいちゃんのおもしろい話は、ちょっと微妙だったよ」

私は絶句した。

ケイタロウよ、なんと手厳しいのか。

私は夏の太陽に照らされた地面を呆気にとられて見つめていた。


そして、ぼそっと呟いた。

「夏草や ゴンゾウさんは 夢のあと」

これを聞いていたケイタロウは大笑い。腹をよじっての大笑い。

「ゴンゾウおじいちゃん!俳句で自分の状況を語るなんて、粋がいいよ!」

ケイタロウは愉快そうに言って、またゲラゲラと笑っている。


私は太陽に照らされて緑色に輝いている遠くの山々を見つめていた。

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ゴンゾウさんは管理人の僕に話をして満足した様子で、部屋に帰っていった。やれやれ。

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