マンション管理人の僕はゴンゾウおじいさんの話を聞くことになった。どうやら孫のことで悩んでいるらしい。
*****************************************
蝉の鳴く声が山奥の村でオーケストラを奏でている。
爽やかな夏風が畑の作物たちを撫でていく。
川のせせらぎと鳥のさえずりが自然溢れる村の唯一の自慢。
しかしながら、容赦ない太陽の照り付けで、昼間の活動が億劫になってくる。
「ゴンゾウおじいちゃーん!」
都会から孫のケイタロウが遊びに来ていた。
都会っ子のケイタロウにとって、自然豊かな村は刺激的らしい。
「おっ、ケイタロウか」
午前中は虫取りに行ってきたらしい。
この暑さでは虫も出てこないだろうに。
「ケイタロウ、何か虫はとれたかい?」
「それが全然いないんだよ」
予想した通りで何も虫を捕れなかったらしい。
「まぁ、この暑さじゃあ仕方ないよ」
とりあえず、ケイタロウを慰めてあげた。ケイタロウがこの村で退屈しなければよいが。そんな心配が私の頭の中をよぎった。
「ところで、ゴンゾウおじいちゃんにお願いがあるんだけど、、、いいかな?」
ケイタロウがもじもじしながら、私の方を見つめてくる。
「うん?どうしたケイタロウ、言ってみなさい」
可愛い孫の頼みである。祖父の立場としては、できるだけ叶えてあげたいと、ついつい思ってしまう。孫は本当にかわいい。
「さぁ、ケイタロウ、遠慮せずに言ってみなさい」
私はケイタロウに話の続きを促した。
「じゃあ、言うね」
ケイタロウは私の目をしっかりと見つめて口を開いた。
「ねぇ、おじいちゃん、おもしろい話を聞かせてくれない?」
私は絶句してしまった。
これは困った。
おもしろい話だって、、、一体何を話せばいいのか。しかし、可愛い孫の頼みである。ここは無下に断ることはできない。
私は動揺しているのを悟られないように、ゆっくりとした口調で応じた。
「おもしろい話かは、、、、そうだな、、、、わかった。話してみるね」
私は背中のうっすらと汗をかいていることに気がついた。
私と孫との歳の差を考えると、一体何がおもしろい話になるのだろうか。
しっかりするんだ、ゴンゾウよ。自分自身を鼓舞して、私は再び口を開いた。
「よし、ケイタロウ。本屋の話をしてあげよう」
「へぇ、本屋のおもしろい話かぁ。楽しみだな」
ケイタロウのキラキラとした目が私の焦りを加速させていく。
しかし、ここは踏ん張りどころである。
私は努めて冷静な口調で語り出した。
「本屋の秘密、というお話じゃ」
私はケイタロウがロボットアニメが好きなことを思い出して、咄嗟に創作話を聞かせることにした。
・・・・・
本屋の中に警告音が鳴り響いている
どうやら、怪獣が本屋に接近しているようだ。
この警告音を合図に本屋の書店員達が活気づいていく。
緑色のエプロンを締め直した僕は急いで裏口へと向かった。
「これから出撃準備を整えます」
スマホに顔を近づけ、手短に店長へ状況を伝える。
店長は既に司令室で各書店員に指示を出している。
「了解」
店長からの短い応答。
本屋の中では、書店員達が任務遂行に向けて奔走している。
僕は裏口へ向かう通路上ですれ違う仲間達から激励の言葉を貰う。
「太郎、今回も活躍してね」
僕の名前は太郎で、搭乗型ロボットのパイロットだ。
「各書店員に告ぐ!今回はパターンCでいく」
本屋の店内放送から店長の指示が飛んでくる。
「パターンCだって!?」
どよめく本屋内。
パターンCはラノベコーナと写真集コーナの総入れ替えを意味する。
ちなみにロボットの攻撃力は本屋内の本の配置で決まってくる。
だから、パターンCは迅速に行わなければならない。
「パターンCかぁ」
僕は独り言を呟きながら、これからのロボット操作を頭の中でシミュレーションした。
裏口に到着した僕はロボットのコクピットに身体を滑り込ませて、手早く起動の準備にとりかかる。
コクピット内のスピーカーから店長の声が聞こえてくる。
「太郎!想定よりもラノベの売り上げが多い状況だ。今回はいつもより多めに、ロケット砲の弾数は十発に設定しろ」
「ありがとうございます、店長!」
ラノベの売り上げが好調なため、今回は攻撃力を高めに設定できそうだ。
ロケット砲の弾数が十発もあるのは心強い。
これもアニメ化された作品達のおかげかもしれない。ありがたや。
僕は店長の気遣いに感謝しつつ、ロボットの起動画面に目を凝らす。
日頃のメンテナンスのおかげで、トラブルも無く、起動準備が完了。
「太郎、出撃します!」
声高に宣言して僕はロボットと共に怪獣討伐に向けて出撃した。
・・・・・
「どうじゃ、ケイタロウ。おもしろい話じゃろ?」
私はドヤ顔をしてケイタロウを見つめた。
ケイタロウの反応は、、、、正直微妙であった。
「うーん、ゴンゾウおじいちゃん。ロボットの攻撃力が本屋内の本の配置で決まってくる点はユニークだけど、ちょっと現実離れしているかな」
まさかのダメだし。
「そうか、、、、ちょっと、ケイタロウの好みに合わなかったようじゃの」
私は潔く負けを認める。
「ねぇ、おじいちゃん、もっと、おもしろい話を聞かせてくれない?」
私は絶句してしまった。
これは困った。
もっと、おもしろい話だって、、、一体何を話せばいいのか。
「じゃあ、ぬいぐるみロボットの話じゃあ」
私はそう言って、再び語り出した。
・・・・・
怪獣が出現して人類を襲うようになってから百年が経過した。
あらゆる兵器を試した結果、ぬいぐるみの毛が怪獣には効果的であることが判明した。
そこで人類の英知を結集して、汎用型ぬいぐるみロボットが創られた。
ショッピングモールの中に怪獣接近を知らせる警戒音が鳴り響いている
「また、怪獣の接近か。これじゃあ、ゆっくりとオレンジジュースも飲めないや」
汎用型ぬいぐるみロボットのパイロットである俺は、これからの出撃準備を考えて、思わず溜息を洩らした。
ブルルルッ!
俺の腕に巻かれた時計型端末に司令部からの出撃連絡が入った。
「いま、どこにいる?」
時計型端末を口元に近づけ、俺は司令部に状況を伝える。
「ショッピングモールでオレンジジュースを飲んでいます」
「休暇中に悪いが、出現の準備を頼む」
「了解しました。これから出撃準備を整えます」
休暇中であってもパイロットは容赦なく呼び出される。汎用型ぬいぐるみロボットのパイロットは常に人員不足だ。誰でも汎用型ぬいぐるみロボットを操縦できるわけではない。ぬいぐるみに対する深い愛情が必須で、なおかつぬいぐるみから認められないといけない。
「今度また代休を申請するか」
俺は独り言を呟きながら、汎用型ぬいぐるみロボットが保管されている基地へ急ぐことにした。こんなことになるんだったら、基地で過ごすんだった、と軽く後悔しつつ。
基地に到着した俺はオペレータルームに置かれているクマのぬいぐるみを抱きしめにいく。乱雑に抱きしめてしまうと、汎用型ぬいぐるみロボットは起動しなくなる。とても繊細なロボットなんだ。
このクマのぬいぐるみと汎用型ぬいぐるみロボットは神経がリンクされているとのこと。
ここで俺は重大なことに気がつく。
「今日の昼飯はニンニクましましのラーメンだった」
案の定、クマのぬいぐるみはご機嫌斜めとなり、ロボットは起動しなくなってしまった。
・・・・
「どうじゃ、ケイタロウ。おもしろい話じゃろ?」
私はドヤ顔をしてケイタロウを見つめた。
ケイタロウの反応は、、、、さっきと同じく微妙であった。
「うーん、ゴンゾウおじいちゃん。ニンニクましましに罪はないと思うよ」
まさかのダメだし。
「そうか、、、、ちょっと、ケイタロウの好みに合わなかったようじゃの」
さらに、私は潔く負けを認める。
蝉の鳴く声がさらに大きく聞こえてくる。
爽やかな夏風が私の背中の汗を撫でていく。
子供とは、なんと無邪気なものなんじゃ、と私は心の中で呟いた。