俺の名前は雪村光太郎だ。
現在、女神サンクリファニアと異世界での俺の職業について交渉中だ。
「勇者もダメ、剣士もダメ、魔法使いもダメって、ずいぶん制約ありますね?」
俺は状況を整理するためにも、女神サンクリファニアを追求してみた。
「そりゃそうよ!なんだって思い通りになんかならないわよ」
まさかの反論。
女神サンクリファニアさんは手強い。
「わかりました、わかりました。では、ここは違う職業で妥協しましょう」
俺は代替案を考えることとした。
人気職はどうやら他の転生者に予約されているようだ。
適正とかそんなのはどうやら関係ないらしい。
純粋に先着順。
ある意味で公平であり、ある意味で不公平である。その極意は多数決に通じるものがあるのかもしれない。まぁ、多数決と先着順は関係ないか、などと思考が散漫になってきた。
俺は頭を掻きむしりながら、他の職業がないか熟考した。
夜風の冷たい風邪が俺の頬を撫でていく。
「あの、召喚士とかどうでしょうか?魔物とか召喚して使役するやつです」
俺の頭の中では、異世界に行って、召喚士になって、色々な魔物を召喚して、魔王とか討伐して、凱旋門帰国して、美女達にチヤホヤされる展開が巡っていた。
多くの美女達から、誰を選ぼうか。
何だったら、サキュバスとか美人系の魔物を召喚してもいい。
魔族も召喚できるとなると夢は広がるな。
さぁ、どうだ!女神サンクリファニアよ。
「う~ん。あなたは召喚の儀式とか知らないでしょ?」
「もちろん、一般人の俺は召喚の儀式とか知らないです」
ここは潔く自分の無知を認める。
確かに召喚士たるもの召喚の儀式を知らなければどうしようもない。
確かにどうしようもない。
でも、そこは異世界に行った時に補ってくれるシステムではないのか?
魔法使いのように魔力付与は難しいとしても召喚の儀式の手解きくらいはしてくれてもいいのではないか。
釈然としない俺は女神サンクリファニアさんに再度詰め寄った。
「今は儀式の知識がないですが、異世界に行った時に誰かに弟子入りさせてもらえないんですか?」
できれば美人な師匠がいい。
召喚士の能力も磨けて、日常も楽しいなんて一石二鳥ではないか。
なんだたら、チート能力ですごい魔獣とか召喚したい。
もちろん全ての属性を苦労せずに習得できるとか、パラメータMAXとか。
そんな凄い召喚士は見たことが無い、って言われたい。チヤホヤされたい。
「召喚士に弟子入りですか?」
女神サンクリファニアさんは不思議そうな口調で言った。
「はい、弟子入りです。師弟関係です。美しい師弟関係です」
女神サンクリファニアさんに早口でまくしたてる俺。
ここは勢いが大切だ。
さぁ、どうだ。
「幸太郎くんは、召喚士をちょっと勘違いしているかもね?」
「なんと!?俺の勘違いですか?」
「うん、たぶんイメージが違うような気がするの」
女神サンクリファニアさんの頭の上にはクエスチョンマークが浮かんでいるようだ。
「召喚士って、魔物を召喚して使役できるんですよね?」
俺は現代の常識を女神サンクリファニアさんに尋ねてみる。
何事もわからないことは素直に聞いてみるのが一番だ。
女神サンクリファニアさんは苦笑いしながらも答えてくれた。
「えっとね、魔物を召喚できるという点では合っているわよ」
なんだ、俺の常識が合っているではないか。
「あっ、やっぱり魔物を召喚できるんですね」
ここは一歩ずつ確認していこう。
まずは、召喚士の基本的な役割の共通認識を得たようだ。
「魔物を召喚できるなら全然OKですよ。儀式が複雑なんですか?」
俺は次の疑問をぶつけてみた。
儀式の方法はおそらく数多あるだろう。
この世界においても、古今東西でさまざまな儀式がある。
お祈り、瞑想、歌、課金などなど。例を出せばきりがない。
さぁ、どんな儀式だ。召喚士の儀式とは。
「儀式はある意味で複雑で、ある意味でシンプルよ」
女神サンクリファニアさんは曖昧な回答をした。
なるほど、儀式はある意味で複雑で、ある意味でシンプルか、全然わからん。
「それって、つまりどういうことですか?」
俺は素直に問い掛けた。
異世界の召喚士の儀式って、いったいどんな感じだろう。
女神サンクリファニアさんはニッコリとして口を開いた。
「召喚士は自分の心臓に剣を突き刺すの!命と引き換えに魔物を呼び出すのよ」
「あぁ、なるほど。自分の心臓に剣を突きさして、命と引き換えに魔物を呼び出せるんですね。それは、シンプルですね」
なるほど、命と引き換えか。
それって、職業として成り立つのか?
女神サンクリファニアさんは俺の目を見つめて、さらに続ける。
「でも、幸太郎くんがどうしても召喚士になりたいって言うなら、承諾するよ?」
「いや、結構です。辞めておきます。召喚士の件は無かったことにして下さい」
生贄になることを前提にして、異世界に行っても仕方がない。
我ながら召喚士の見通しが甘かったか。
「そうね、せっかく希望の職だったのに残念ね」
女神サンクリファニアさんは言葉通り、残念そうな顔をしている。
いやいや、残念そうな顔をされても、召喚士になるのは承諾できないよ、と心の中で俺は叫ぶ。
ここは、他の提案をしていこう。
勇者もダメ、剣士もダメ、魔法使いもダメで、召喚士もある意味でダメだった。
なかなか異世界の職業選択の幅は狭いな。
「では、格闘家とかどうでしょうか?拳で魔物を倒す奴です。究めれば波動とか出せるやつです」
俺の頭の中では、異世界に行って、格闘家になって、色々な魔物を成敗して、魔王とか拳で倒して、凱旋門帰国して、美女達にチヤホヤされる展開が巡っていた。
多くの美女達から、誰を選ぼうか。
格闘家だるもの筋肉もきっと凄いだろうから、モテるに違いない。
筋肉は裏切らない。
さぁ、どうだ!女神サンクリファニアよ。
「う~ん。格闘家って拳で魔物と戦うの?」
女神サンクリファニアさんは格闘家の概念を確認してきた。
「そうです、鍛え抜かれた拳で魔物をなぎ倒していくのです!」
俺の頭の中には、パンチの応酬、キックの連打、とび蹴りからの決めポーズ、と一連の技が展開されていた。
きっと、格闘家はあるはずだ。
人類は武器を持つ前に拳と拳でぶつかりあっていたはずだ。
格闘家という職業がないわけがない。
もちろん、俺は格闘の知識は皆無だ。
ここは潔く自分の無知を認める。
確かに現時点では、格闘の作法なんて知らない。
でもきっと、それはたいした問題ではないだろう。
異世界に行って、一から体を鍛え直して、研鑽していけばいい。
もしかしたら、その研鑽の過程で素敵な出会いがあるかもしれない。
格闘家仲間との交流、お互いを認め合う信頼関係、食事のときの談笑、そして美人な教官。夢は広がるばかりだ。
さぁ、どうだ格闘家!
女神サンクリファニアさん、またまた困った顔をして、手をモジモジとさせている。
「そんなに格闘家って難しいですか?」
釈然としない俺は女神サンクリファニアさんにさらに詰め寄った。
「今は格闘技の知識がないですが、異世界に行った時にどこかの武道館とかに弟子入りさせてもらえないんですか?」
できれば美人な教官や門下生がいるところがいい。
そして、さらに言えばあまり練習がきつくないところがいい。
女神サンクリファニアさん、両手を胸の前に添えてからゆっくりと口を開いた。
「確かに、格闘家は拳で戦うかもしれませんが、、、あたなが行く異世界の魔物は触るとあなた自身が溶けてしまいますよ?」
俺、絶句。
魔物の皮膚って特殊なんですね。
最初に言ってくださいよ、俺は心の中で叫んだ。