マンション管理人になった僕の大切な業務の一つとして住民の方とコミュニケーションを図ることがある。今日は、光太郎くんが僕に語ってくれた話である。
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夕暮れ時の公園で俺はブランコを一人で漕いでいた。
誰もいない公園。
全力でブランコを漕ぐ俺。
何とも異様な光景に違いない。
俺は学年末テストの出来の悪さに落ち込んでいた。
「はぁ、今日の期末テストもうまくいかなかったなぁ」
誰に言うでもなく、独り言で反省会を始めていた。
勉強は得意な方ではない。
でも、それなりに頑張ったような気がする。
まだ、教科書を半分くらい読んでなかったけど。
「赤点だったら、嫌だなぁ」
口を開けば溜息交じりの後悔の念。
徐々に周囲は暗くなり始めて、頬には冷たい風邪が容赦なくぶつかってくる。
「いっそのこと、異世界にでも行ってみたいなぁ」
ついに俺は現実を放棄し始めていた。
ほら、異世界に行って、勇者になって、魔王でも討伐して、チヤホヤされたい。
「我ながら、なんて安直な考えなんだ」
深い溜息とともに、自嘲気味な妄想を吐き出す。
「よし、異世界行ってみるか!?」
陽気な声が聞こえてくる。
ブランコに座っていた俺は顔を上げると、目の前に一人の女性が立っていた。
いや、女性ではあるけれど、白鳥のような羽が生えていた。
「あの、、、コスプレですか?」
俺は現実に即して、妥当な回答を導き出し、目の前の女性に尋ねた。
「違いまーす。残念でした。私は女神でーす」
溌剌とした表情で、自称女神は陽気に答えてくれた。
そして、手は腰に当てて、何かの決めポーズをしてくれる。
俺は内心では「まいったなぁ」と思いつつ、自称女神にちょっとだけ興味が沸いてきた。
「そうですか、女神さんですか、、、。それはどうも」
「あら、あなたはご挨拶も出来ないの?私は女神のサンクリファニアよ。有名でしょ?」
女神サンクリファニアという名前なんて聞いたことはないぞ、と思いつつも、そう発言するのはやや大人げないので、もう少しマイルドに回答することにした。
「すいません、俺の知識不足で、女神サンクリファニアという名前はちょっと初耳です」
こういう時は傲慢な態度はよくない。まずは低姿勢で接するに限る。自称女神さんは実は危ないただの女性である可能性も捨てきれないのだから。
「まぁ、あたな勉強不足なのね!ところで、名前は?」
女神サンクリファニアは俺の失礼な態度を問い詰めることもなく、あっさりと流してくれた。
「俺の名前は雪村光太郎です。高校三年生です」
とりあえず、名前と所属を女神サンクリファニアに伝えてみた。
「はじめまして、光太郎くん」
いきなりの挨拶。意外と礼儀正しい人なんだな。
「こちらこそ、はじめまして、女神サンクリファニアさん」
「うむ、よろしい」
女神サンクリファニアはご満悦な様子である。
ここまでは、俺は無難な応対をしているようで安堵した。
「ところで、光太郎くん。異世界行ってみるか!?」
女神サンクリファニアは、晩御飯はハンバーグでいいか、くらいの軽いノリで異世界行きを提案してくれる。
女神からしたら、そんなノリでいいのだろうか。
「えっ、異世界ですか?」
とりあえず、俺は聞き返してみた。
「うん、異世界」
女神サンクリファニアは、はっきりと「異世界」という言葉を返してくれた。
「じゃあ、俺って勇者ですか?」
俺の頭の中では、異世界に行って、勇者になって、魔王を討伐して、凱旋門帰国して、美女達にチヤホヤされる展開が巡っていた。
多くの美女達から、誰を選ぼうか。
欲望全快である。
「あっ、勇者は先約があるから無理」
女神サンクリファニアは、あっさりと俺が勇者になることを拒否した。
「えっ、先約ってなんすか!?女神サンクリファニアさんは俺の願いを叶えてくれるんじゃないんですか?」
俺は食い下がる。ここで妥協してはダメだ。いかに好条件を引き出すか、ここは粘りどころだ。ラノベとゲームで身に着けた知識を甘く見るなよ。
俺は謎の優越感で、女神サンクリファニアとの交渉に挑むことにした。
「私があなたの願いを叶えるなんて、いつ言った?」
「ぐっ、、、確かに、、、言っていないです」
俺の拡大解釈だったようだ。
女神サンクリファニアは、交渉ごとに関しては、なかなか手強い相手なのかもしれない。
ここは相手の一歩引き下がろう。例え勇者ではなくても、他に良い役柄はあるはずだ。
「じゃあ、俺は剣士がいいです」
俺の頭の中では、異世界に行って、二刀流の剣士になって、魔王を討伐して、凱旋門帰国して、美女達にチヤホヤされる展開が巡っていた。
多くの美女達から、誰を選ぼうか。
うん、既視感だな。
さぁ、剣士でどうだ。
「あっ、剣士は既に定員オーバーだから無理」
「え~、定員オーバーってなんすか!?女神サンクリファニアさんはもう少し俺の希望に歩み寄ってくれてもいいんじゃないですか?」
俺は不満をぶちまける。剣士もやはり人気職業のようだ。
ここで安易に村人とかに妥協してはダメだ。
いや、決して村人がダメとか言っているわけではない。
せっかく異世界に行けるのに、もう少し職業として活躍できそうなものになりたい。
男子たるもの憧れる異世界職業は多々あるのだ。
「そうですか、剣士は諦めますよ」
とりあえず、俺がしぶしぶ諦めたような雰囲気を醸し出すしかない。
きっと、この雰囲気を察した女神サンクリファニアは妥協点を出してくれるに違いない。俺の頭の中で損得勘定のそろばんが弾かれまくる。
いや、現代ではそろばんではなくてスマホに内蔵している計算アプリか。
「他に希望の職業はあるのかい?光太郎くんよ」
女神サンクリファニアは優しい声で俺の希望を尋ねてくれる。
よしよし、ここまではある意味で俺の作戦通りだったかもしれない。
ずいぶんと紆余曲折したが、次で決めたい。
「じゃあ、俺は魔法使いがいいです」
俺の頭の中では、異世界に行って、凄い魔法使いになって、魔王を討伐して、凱旋門帰国して、美女達にチヤホヤされる展開が巡っていた。
多くの美女達から、誰を選ぼうか。
うん、すでに何回か繰り返した既視感だな。
さぁ、魔法使いでどうだ。
「えっ、魔法使いって、あなた魔力ないでしょう?」
「えっ、今現在の俺には魔力はないですが、、、」
確かに魔法使いたるもの魔力が無ければどうしようもない。
確かにどうしようもない。
でも、そこは異世界に行った時に補ってくれるシステムではないのか?
釈然としない俺は女神サンクリファニアに詰め寄った。
「今は魔力がないですが、異世界に行った時に魔力とか付与されないんですか?」
ついでにチート能力とかも使えるようにして欲しい。
全ての属性を苦労せずに習得できるとか、パラメータMAXとか。
そんなパラメータの奴は見たことが無い、って言われたい。
「そんな都合の良く魔力なんて付与されないよ」
女神サンクリファニアは冷たく言い放った。
「そんなの女神の世界では常識だよ」
女神サンクリファニアは飽きれた口調で言う。
「女神の世界の常識は、俺の世界の非常識ですよ!」
「なんと!?そなたの世界では、異世界に行った時に魔力が付与されるのが常識なのか!?」
「もちろんそうですよ」
俺は胸を張って言い放った。口が裂けても、一部の人だけの常識です、とは言えない。
ここはこれで押し通すしかない。
さぁ、どうだ!俺は魔法使いになれるのか?
女神サンクリファニアはしばらく黙りこんで思案しているようだった。
そして、ゆっくりと口を開いて結論を告げた。
「魔力を付与する手続きがめんどくさいから、やっぱ無理じゃ」
「えぇぇぇ~、俺が魔法使いになるのもダメっすか!?」
女神サンクリファニアとの交渉は長引きそうだ、と俺の直感が囁いている。