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第3話 コウタロウくん給食の出来事

 マンション管理人になった僕の大切な業務の一つとして住民の方とコミュニケーションを図ることがある。実際、これがなかなか大変であることを痛感している。


 そんなある日、小学校に通う幸太郎くんが僕を尋ねてきて、小学校であった面白い話を聞かせてくれた。

「給食のデザートが消えた。犯人はクラスの中にいる」

 幸太郎くんは興奮した様子で僕に学校での出来事を語り始めた。


*************************

 小学校の楽しみの一つは給食である。しかも今日は特別な日で、なんとデザートにチーズケーキが提供される日だ。街に住む有名料理人が特別に作ってくれたチーズケーキである。この日を心待ちにしていたクラスメイト達。午前中の休み時間はチーズケーキの話題で盛り上がっている。

「はい、皆さん、午前中の授業はここまでです。今から給食にしましょう。」

 先生は声高らかに給食開始の合図を宣言した。

 この合図を待っていた給食当番達は白い割烹着に素早く着替えて、配膳の準備にとりかかる。

「今日は、お休みの人が一人います。」

 先生がいつも通り欠席者の有無を皆に伝える。

「おぉぉ!今日は1人休みかぁ。ラッキーだな」

 不謹慎であるが、クラス中で喜びの声が漏れ始める。

 欠席者がいる場合は希望者を募り、ジャンケンで余った給食の食材を分配するルールとなっている。今日のデザートは特別なチーズケーキ。熾烈なジャンケン大会が予想される。少し緊張してきた僕は隣のアキちゃんに尋ねてみた。

「アキちゃん、チーズケーキ好き?」

 長い黒髪が特徴のアキちゃんは僕の方を見て笑顔で答えた。

「うん、好きだよ。この日をわたしはとても楽しみにしていたの!」

 僕は密かにアキちゃんに魅かれていた。アキちゃんの眩しい笑顔に心が満たされる。そんな僕の心の中を知らないアキちゃんは無邪気に尋ねてくる。

「コウタロウくんは、チーズケーキ好きなの?」

「うん、大好きだよ」

 僕は思わず、「大好きだよアキちゃん」と言いそうになってぎりぎりで堪えた。まだ、給食も始まっていないのに、一体僕は何を言おうとしているのか。こんなシチュエーションで告白してしまったら、一生の不覚である。「落ち着けコウタロウ」と、自分に言い聞かせて、冷静さを装った。

「わたしも余ったチーズケーキのジャンケンに参加しようかな」

 アキちゃんはジャンケン大会へ挑戦するかどうか迷っている様子であった。これは、ひょっとしてチャンスではないか。神様が僕に与えてくださった試練かもしれない。いや、きっとそうに違いない。ここは僕がジャンケンで他のクラスメイト達を圧倒して、チーズケーキを手に入れてアキちゃんにプレゼントすれば良いのではないか。そんな、壮大な計画が僕の頭の中を一瞬で駆け抜けた。

 「じゃあ、僕がジャンケンで勝ったら、アキちゃんにチーズケーキをプレゼントするよ」

 僕は得意気な顔をしてアキちゃんに言った。アキちゃんは目を丸くして、そして笑顔に変わった。

 「コウタロウくんは、優しいんだね」

 ありがとう、アキちゃん。その言葉を待っていたよ。僕の中で闘志の炎がメラメラと燃え上がった。手首の準備体操を始めて、給食の配膳が終わるまで、しばらく待つことにした。


 ジャンケン大会の開始合図を首を長くして待っている僕達に向かって、先生が言い放った。

「あれ!?チーズケーキの余りがないですね」

 予想外の展開に僕はしばらく混乱してしまった。チーズケーキの余りがない、とはどういうことだ。一体、何が起こっているのか。

 そんな僕たちの困惑を他所に、先生は無邪気に言った。

「まぁ、いいか。きっと、チーズケーキが歩いて、どこかに行ったのね」

 そうか、チーズケーキは歩くのか。先生の間の抜けたコメントにクラスの緊張は和らいだ。と言いたいところであるが、この日を楽しみにしていたクラスメイト達は口々に不満を言った。

「先生、それはおかしいですよ」

「先生、僕たちからジャンケンの機会を奪わないでください」

「あぁぁ、チーズケーキ、もう一個食べたかったなぁ」

 余るはずのチーズケーキがない。疑心暗鬼に陥るクラスメイト達。果たしてチーズケーキは何処へいったのか。

 ここはアキちゃんにカッコいい姿を見せるチャンスだ、と僕の本能は叫んだ。僕は勢い良く立ち上がり、大きな声で言った。

「チーズケーキが歩くはずがない。犯人は、この中にいる」

 人生で一度は言ってみたかったセリフである。クラス中の視線が僕に集まる。僕はゆっくりと教壇に移動して、皆の顔を見回した。クラス中が沈黙している。僕の次の言葉を待っているようだ。

 僕は、ゆっくりと口を動かした。

「犯人は、この中にいる」

 同じセリフを繰り返した。緊張感がクラスの中に漂い始めた。

「みんな、冷静になって考えて欲しい。チーズケーキは歩くか?」

 クラスメイト達は、一斉に首を横に振った。

「そう、チーズケーキは歩かない。つまり、誰かが意図的にチーズケーキ1個を奪ったことになる」

 僕は、そう言いつつ、クラスメイト達の給食を見回した。

「でも、皆のデザート皿にはチーズケーキが一個しかない」

まずは状況の整理が大切だ。おそらく犯人は、デザート皿にはチーズケーキを二個並べるようなミスはしないだろう。

「犯人は、なかなかの知能犯だ。我々が注目している中でチーズケーキを盗み出したのだからな」

 僕は、またクラスメイト達の目をゆっくりと見渡した。途中でアキちゃんと目があった。アキちゃんは目で僕を応援してくれているようだった。よし、この難事件を何としても解決してやる。僕は気持ちを奮い立たせた。

「しかし、皆、今は席から動かないで欲しい。僕が犯人を見つけ出すまでは」

 この不可解な事件は必ず僕が解いてみせる。僕は順番にクラスメイト達の給食を確認することにした。きっと犯人は、内心焦っているに違いない。でも、許さない。アキちゃんが楽しみにしていたチーズケーキを奪うなんて。そんな非道なことは許されるはずがない。


 ゆっくりと時間をかけてクラス全員の給食を確認したのに証拠が見つからない。僕は内心焦り出した。

「犯人は、かなりの知能犯だ。ぼくがこんなにも探したのに、痕跡すら見つけ出せない」

 いつまでも犯人捜しを長引かせるわけにはいかない。なぜなら給食の時間は限られているからだ。刻一刻と時間が過ぎていく。焦りの色が僕の顔に出始める。

「シーズケーキを奪った犯人よ、自首するなら、今のうちだ」

 僕は犯人に自首を促した。静まり返るクラスメイト達。しかし、当然ながら犯人の自首はなかった。このままではマズイ。アキちゃんにカッコいい姿を見せる予定が、

こんな無様な姿を見せることになってしまうなんて。僕は内心、後悔し始めた。皆の顔には不満の色が出始めている。何とかしなければ。

「犯人よ、僕は正体に気づいている」

 僕は適当な事を言って、犯人の動揺を誘う作戦にかけることにした。きっと、犯人も焦っているに違いない。残された時間は給食の時間が終わるまでの、あと5分。お腹が空いてきたクラスメイト達は明らかに不満そうだ。ちらっとアキちゃんの方に顔を向けると、アキちゃんも空腹に耐えている様子だった。このままではいけない。何か見落としている痕跡があるはずだ。僕は先生に救いの目を向けた。

 先生は微笑みながら言った。

「だから、チーズケーキが歩いて、どこかに行ったのよ」

 先生はチーズケーキが歩くという主張を譲らない様子だった。そろそろ僕も犯人捜しを諦める頃合いなのかもしれない。自分の不甲斐なさが悔しい。何より、アキちゃんにチーズケーキをプレゼントすることが出来なくなってしまい非常に悔しい。

 でも、これ以上、時間を延ばすわけにはいかない。僕は吹っ切れた顔で敗北宣言しようと思って、顔を上げた。その時である。教室の後ろで、何か動いているものがある。目を凝らして良く見てみる。

「あっ!チーズケーキ歩いている」

 そう、チーズケーキが軽快に歩いてた。スラリと伸びた脚がリズミカルに動いている。チーズケーキって歩くんだ。僕は先生の方に顔を向けると、先生は口を開いた。

「だから、さっきから、チーズケーキが歩いて、どこかに行ったって言ってるじゃない」

 世の中には、まだまだ不思議なことが色々とあるのだと知った日であった。

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幸太郎くんの話を聞いて、マンション管理人である僕は、異世界って本当に色々なことがあるんだなぁとしみじみと感じた。

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