目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
異世界マンション管理人の不思議な日常
amegahare
異世界ファンタジースローライフ
2024年08月14日
公開日
102,784文字
連載中
異世界マンション管理人になった僕の不思議な日常を綴ります。

第1話 管理人になってしまう

異世界で人間族と魔族とか戦いに明け暮れたのは遠い昔の話である。いまでは人間族と魔族との融和が進み、仲良く暮らしている。最近では、同じマンションで人間族と魔族とが共に生活するのも珍しくはない。


 僕が住んでいるマンションでも、人間族と魔族とが共に暮らしてる。世帯数は100世帯くらいの中規模マンションといったところである。

「おはようございます」

 僕は冒険者ギルドに毎朝出掛けている。駆け出しのFランク冒険者だ。朝、マンションの入り口でマンションの管理人さんに挨拶をするのが日課だ。

「おはよう。今日も早いね」

 初老の人間族の管理人さんは穏やかな笑顔とともに答えてくる。そんな些細な日常での挨拶が意外と嬉しかったりする。ちなみに、管理人さんは元Aランク冒険者だそうだ。冒険者ランクはAからFまでの6段階で分類されており、Aランクは最高位の冒険者に位置する。


 そんなある日、<管理人の体調不良につき、代わりの管理人を急募>という掲示がされていた。これは困った、というのが第一印象だった。マンションの管理人の仕事は多岐にわたる。ゴミ出しや清掃に加えて、住民達からの苦情対応など多くの業務がある。特に、人間族と魔族とが同居するマンションでは管理人の対応次第で円滑に物事が進む場合もあれば、炎上することもある。ギルドの依頼でもマンション管理人募集という依頼がときどきある。人間族のみが住んでいるマンションや、特定の魔族のみが住んでいるマンションでの管理人業務のランクは低い傾向にあるが、人間族と魔族とが共同で生活しているマンションは管理人業務のランクが高い傾向にある。それだけ難易度が高いということだ。


「ちょっと、ちょっと、そこの冒険者の君!」

 管理人募集の掲示板の前で、僕が色々と思案していると人間族の女性に声を掛けられた。

「はい、、、?僕のことですか?」

「あたな以外に、ここには誰もいないでしょ!」

「そうですね、、、。ところで、あなたは?」

 僕は見慣れない女性に尋ねてみた。

「私は、このマンションのオーナーです」

 女性オーナーは腰に手を当てて、鋭い眼光で僕を捉える。そして、間髪いれずに質問してくる。

 「あなた冒険者でしょ?このマンションの管理人になってみない?人間族と魔族が仲良く暮らしている素敵なマンションよ」

 女性は僕に管理人になるように促してくる。

「いや、、、僕は、ここのマンションの住人でして、、、」

 僕は逃げ道を探る。僕はこの管理人業務が大変そうな予感しかしなかったので、あまり気が進まなかった。

「あれ!?ちょうどいいんじゃないの。住人に冒険者がいるなんて好都合だわ」

 女性は僕の返答を気にする様子もなく、話をどんどん進めていく。

「いや、、、まだまだ僕はFランク冒険者で、、、、人間族と魔族が同居するマンションの管理人業務は気が重くて、、、、」

 なんとか逃げ切りたいと思った僕はのらりくらいと返答した。そんな僕の様子を楽しんでいるように、女性は不敵な笑みを浮かべて提案してきた。

「マンション管理人募集の選択肢は三択です」

女性は腕を伸ばして指を三本立てて、僕の目の前に突き出した。

「その一、ぜひ管理人に立候補したい。その二、希望者がいなければ管理人になってもいい。その三、今年はやりたくない。以上の三つです」

 女性の堂々とした態度に僕はすっかり気圧されてしまった。

 マンション管理人不在の問題が解決しないと困るという気持ちが僕にはある一方で、管理人になるのは色々と大変そうという気持ちもある。

 このまま管理人不在という現状に我慢し続けて、マンションが荒廃していく様子を見守り続けるという選択肢も考えられたが、住んでいる場所が荒んでいくのはやはり辛い。一方で、近隣の他のマンションに空きが出る可能性は限りなく低い。この地域では慢性的に住居不足である。

「ちょっと消極的な回答ですが、希望者がいなければ管理人になってもいい、という選択肢でお願いします」

 僕は最大限の譲歩を図りつつ、渋々と回答した。女性は不敵な笑みを浮かべたまま「じゃあ、それで」と言い残して、去って行った。僕は胸騒ぎを感じていた。


「あっ、どうも!」

 次の朝、冒険者ギルドに出掛けようと思った僕は女性オーナーに呼び止められた。

「結果をお伝えします。色々な冒険者ギルドに掛け合った結果、ぜひ管理人に立候補したいという冒険者はゼロでした。次に希望者がいなければ管理人になってもいいと答えたのはあなただけでした。その他の冒険者は今年はやりたくないという回答でした」

 女性オーナーは丁寧な口調とは裏腹に、その鋭い眼光で僕を捉えている。

「えっ、、、僕だけでしたか、、、希望者がいなければ管理人になってもいいと答えたのは」

 聞き間違いの可能性も考慮して再度僕は尋ねてみたが、女性オーナーはこくりと静かに頷くだけだった。

「管理人への就任おめでとうございます」

 女性は管理人探しという厄介な仕事を終えられた達成感で喜んでいる様子であった。一方の僕は気が重くなり始めていた。

「わかりました、、、、。僕もいちようは冒険者なので、このマンションの管理人の依頼を引き受けます」

 こうして僕は、この人間族と魔族が一緒に暮らすマンションの管理人となってしまった。


 マンション管理人になった僕が管理人室で書類の整理をしている時であった。

「黄金のドラゴンが欲しい」

 と、住民の幸太郎くんからお願いされた。幸太郎くんは小学生になったばかりである。僕はただのマンション管理人である。管理会社からは住民の要望にはできるだけ応えるように、と強く言われている。

 困惑した僕は幸太郎くんに聞き返した。

「黄金のドラゴンって?」

「このドラゴンを黄金色にして欲しいの」

 幸太郎くんは黒い金属で製作されたドラゴン像を指差した。話を聞いてみると、幸太郎くんが田舎のお爺ちゃんの家に遊びに行った際に、蔵の中から見つけたドラゴン像らしい。お爺ちゃんは、小学校の入学祝いとして、快くドラゴン像をプレゼントしたそうだ。

 「うむ、困った」と僕は心の中で呟きつつ、僕には黒い金属で製作されたドラゴン像を黄金色に変える方法が思いつかない。でも、幸太郎くんの目は真剣であった。その真剣な眼差しを裏切ることはできない。

「わかった、何とかしてみるね」

 僕は精一杯の明るい声で答えた。

 幸太郎くんは、その答えを聞いて、表情が明るくなった。

「ありがとう、おじさん!」と、笑顔の幸太郎くん。僕はまだおじさんという年齢ではないのに、と心の中で反芻した。


 さて、引き受けたけど、どうしたものか。

 僕は途方に暮れていた。


 数日間、何か良いアイデアは無いものかと、蔵書を駆使して調べてみた。予算のかかる方法は、マンション理事会から拒絶されるのは明らかである。ましてや、管理人の立場から、マンションの積立金を使わせて下さいとは言えない。


 悩むこと、数日。

 そして、ついに良い方法を思いついた。


 早速、幸太郎くんから黒い金属で製作されたドラゴン像を預かり、マンション入り口の道路に面した場所に設置した。

 そして、こう一文を添えた。

「幸運のドラゴンです。手で撫でると貴方に幸運が訪れると言われています」


 異世界でも観光スポットを求める人達の心理は同じである。あっという間に、口コミで広がり、雑誌やテレビなどの取材の効果もあり、ドラゴン像は人気になった。黒い金属で製作されたドラゴン像を撫でるために、多くの人達がやってきた。

 どうやらパワースポットという扱いになっているらしい。


 やがて、黒かったドラゴン像は、人々の撫でた効果により、金属の塗装が剥げ、黄金色に輝くようになった。


 マンション管理人として最初の責務を果たした僕は、胸を撫で下ろした。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?