ーSide『イリーガル・A』
ートオムルヘをはじめ非加盟星系に広大なテリトリーを持つ、兵器運送会社『サーシェスカンパニー』。…その会社は今、さながら戦場と化していた。
『ー良いから責任者出せっ!』
『このサギ野郎っ!』
『ミール(金)返せっ!』
主戦場はコールセンターだが、本社や全支社にも苦情や罵倒の通信がひっきりなしに送らて来ていた。…その対応に手間取っているせいで、根本的な問題解決にいまだ着手出来ないでいた。
…だが、恐らくは『ロクな解決方』は出て来ないだろう。何故なら、連中は『こういう事態の想定』をまるっきりして来なかったのだから。
(ー……マズイ、マズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイッ!)
…そして、『この事態を招いた主犯の片割れ』である中年の重役は自分の『城』…支社の専用ワークルームの中で、冷や汗をダラダラ流しながら頭を抱えていた。
(…計算外だっ!まさか、我が社の最大の障害たる『あの男』が居たとはっ!それが分かっていれば、横やりなんぞ入れなかったのにっ!…そもそも、ノックスの子飼いの私兵共が『容易に』無力化されたなければ……。
…結果として、『手掛かり』の入手を失敗したばかりか社の存続を脅かす結果になってしまった……。…もし私の関与がバレれば、『クビ』すら生ぬるい制裁が……。
どうするっ!?…いっその事『抜ける』か?)
その重役は、自分の不始末を棚に上げ同僚に責任転嫁していた。…だが、結局は『罰』は自分に下される事を理解しているので横やりがプレジデントに知られる事を恐れていた。
…そして、追い詰められた重役は『身の振り』を考え始める。…つまりは、『銀河連盟』への出頭もしくは『プレシャス』への投降しようとしていたのだ。
(…く、だが、恐らくは『贅沢』とは無縁の生活を強要させられるだろう。……)
…しかし、そう考えるものの『今の生活』を捨てる決断はどうしても出来なかった。…それだけ、重役は『様々な欲望』を満たして来たのだ。
…つまり男にしてみれば、『今の生活』は『命』と天秤に掛けても釣り合いが取れてしまうモノになっていたのだ。
「ーっ!?……はい、こちらランガン」
そんな男の耳に、いつもとは違う…『上からの通信』だと分かるコール音が聞こえてしまった。…男は、一瞬恐怖するが『まだ大丈夫』だと思い込む事にして通信に出る。
『やあ、親愛なる同志ランガン』
すると、男の予想通り『今最も通信をしたくない相手』であるプレジデントがモニターに映し出された。…その表情は『いつものように』穏やかだったが、かえって恐怖心を煽る。
「こ、これはプレジデント…。…『お忙しい状況の中』ですのにどうされました?」
男は、増大する恐怖心に耐えつつさも『知らない風』を装う。
『何、-今の状況-は-かつてあの男から受けた大敗-に比べれば遥かにマシだ。
…それに、既に-打開策-は完成している』
プレジデントは、非常に落ち着いた様子で告げる。…その様子に、男は少し安堵し同時に困惑する。
「(…何故、その話を私にだけ?)その『打開策』は一体どのようなモノなのですか?」
男は、『それ』が自分への『オーダー』だと経験から察する。…だから、詳細を尋ねてみた。
『実はな、つい先日-非常に喜ばしいニュース-が飛び込んで来たのだ。
ーなんと、協力組織が-あの方-の行方を掴んだのだ』
「……っ!?本当ですかっ!?」
男は、思わず自分は耳を疑った。…それだけ、『信じられない』報告なのだ。
『ああ、確かな情報だ。…そして、此処からが重要だ。
…分かるな?』
プレジデントは嬉しいそうに頷き、そして獰猛な獣のような瞳を男に向ける。
「…っ!『この支社』の近辺を通過するのですね?」
『その通りだ。…この大任、引き受けてくれるな?』
「勿論ですともっ!どうか、お任せ下さい」
『頼んだぞ。それでは、後で詳細なデータを送らせよう。
ー良い知らせを、期待している』
そういって、通信は終わった。…すると、男はー。
「ーハッハッハッハッ!(最大のピンチかと思っていたら、最大のチャンスが舞い込んで来たぞっ!)」
先程までとうって変わって、男は狂喜に満ちた笑い声を出した。
ーだが、男は知らない。…このオーダー自体が、『ペナルティ』だという事に。
そんな事とはつゆ知らずに、男はクレーム処理に必死に対応している部下にオーダーを出すのだったー。
○
ーSide『イリーガル・B』
(ー…最悪だ)
一方その頃。同じくサーシェス重役のノックスも、冷や汗を流しながら頭を抱えていた。
(…まさか、私兵に裏切られるなんて。…私は、『嘘を報告』してしまった。
そればかりか、『元々のプラン』もパーだ…)
女は想定していなかった。プラトーがイデーヴェスに来る事も、プラトーサイドに『優秀な専属サポーター』がいる事も、自分の企てが見抜かれそれを『攻撃材料』に転用される事も。
(…マズい。…この失態は、『クビ』のレベルを遥かに超えている事態だ。…そうなると、次にプレジデントはー)
女は、あの恐ろしい社長が自分と『バカ』にどんな無茶振りをしてくるか考える。…何故、そんな事を考えれるのかというと女の祖母も母親も、サーシェスの人間だったからだ。
特に、祖母はサーシェスの創設メンバーの1人なのでプレジデントの性格は良く知っていた。…それを、子供の時から聞いていたからこそ、こうやって『備える』事が出来るのだ。
(ーっ…。…そういえば、最近『私のネットワーク』に『追跡チーム』の事が来てたわね)
ふと、女は祖母と母親から受け継いだ人脈によるネットワークの事を思い出す。…その人物達が最近、トオムルヘ軍の高速船団を度々目撃しているのだ。しかも、その船団には『ある人物』を追跡している事を示す紋章がプリントされているらしいのだ。
(…つまり、『あの方』の足取りを掴んだと考えるべきね。
…となるとー)
女は、船団の目撃情報を星系マップに反映させる。…すると、船団はよりによって『厄介なエリア』に向かっている事が判明した。
(ー…これは。…『銀河連盟のエリア』に向かっいるの?
…なんて面倒な。…だが、考えられるとすれば…っ!?)
だいたいの予想が付いたその瞬間、女にもプレジデントからの通信が入る。
「…はい、こちらノックスです」
『やあ、親愛なる同志ノックス』
そして、女は覚悟を決めて通信に出た。…すると、不気味なほど穏やかな様子のプレジデントの顔がモニターに映し出された。
「ごきげんよう、プレジデント。
ー…どうやら、私への『特別オーダー』が決まったようですね?」
彼女は、意を決して単刀直入に問い掛ける。…すると、プレジデントは満足げに笑った。
『ー流石は、我が社に代々尽くしてくれている家系の生まれだ。…既に、自分の置かれている状況は把握しているようだ。
…-あの愚か者-は、それさえも理解出来ていなかったよ』
そしてプレジデントは、『笑いながら』激しい怒りを露にする。…だが、直ぐに怒りを抑え本題を切り出した。
『…正直、今回の君の失態は-不運-が重なったとしか言えないだろう。
だが、それでも失態は失態だ。…君には-クビ-より重い-ペナルティ-を課す。
…勿論、このペナルティを無事にクリア出来れば今回の君の失態には目を瞑ろう』
ー…そう。実はこの『ペナルティ』はミスをカバーするチャンスでもあるのだ。
本来、プレジデントはどれだけ会社に貢献して来た重役をあっさりと切り捨てる非常に冷酷な人物ではあるものの、『真に有用な人材』にはこうして『チャンス』を与えるのだ。
だが、当然その分難易度とリスクは非常に高いのは言うまでもないだろう。
「寛大な措置に感謝致します」
『…では、本題に入ろう。
…恐らく、君も知っているだろうがトオムルヘの追跡チームがついに-あの方-の足取りを掴んだ』
「…やはり『その件』でしたか……」
予想通り、女に課せられたオーダーは『さる高貴な人物』の身柄確保だった。
『…本当に君は優秀だ。…では、-行き先-にも予想がついているな?』
「はい。
ー『連盟エリア』ですね?」
『そうだ。…ちなみに、-航路予測システム-によると本国日時の8日後に-ランガンの愚か者-の担当する星系を通過するそうだ』
「…っ!…そうですか」
その名前を聞いた瞬間、女は通信の最中にも関わらず怒りを露にしてしまう。
『…落ち着け。…勿論、あの男と協力しろとは言わん。
君には、-目的地-近辺で捕獲チームの補佐をして貰いたいのだ』
「…っ。了解しました」
『うむ、頼んだぞ。
ーそれでは、至急詳細データを送らせよう』
「ありがとうございます」
そして、通信が切れると女は気を引き締めて準備を始めるのだったー。