「ー『何かを学ぶのに資格は要らない』」
「…っ!」
『……』
「…これは、此処『イデーヴェス』の掲げる教育理念だ。
ーその昔…『古代文明』の時代は正しい知識や技術を学ぶにはそれ相当の『対価』や『地位』と言った資格が必要だったらしい。
でも、一握りの人しか『学べない国』にはやがて大きな動乱が起こるようになり、反対に『誰もが学べる国』はどんな災いをも乗り越えていったんだ。
…だから、いつしか『誰もが学び国民全員で国を背負う』という考えが生まれたんだ。
ー此処『イデーヴェス』は、その流れを最初に作った人の『後継者』が作った凄い学園なんだ。…そんな学園で何を学ぶのに、それこそ『資格』なんてモノは要らないのさ。
第一、ハミルトン先生が襲われたのは君のせいなんかじゃない」
「ー………。…ホ、ホント、デスカ?」
『……』
気付けば、彼らは安堵していた。…余程追い詰められていたようだ。
「当然だ。悪いのは全部、『犯人』だ」
『………』
「ーさあ、もう一度聞こう。君たちは、これからも此処で勉強したいか?」
『……』
何も言えないでいる彼らにもう一度聞いてみると、彼らは互いの顔を見合った。…そして、直後に頷き合う。
『…シタイデス』
「…決まりだな」
「ーお待たせしました~っ!」
「さ、食事にしようか」
彼らが決意したタイミングでちょうどメニューが運ばれて来たので、俺は雰囲気を変える為にパン!と手を叩いた。
「っ!……」
まあ、そんな事をしなくても彼らは目の前に置かれたメニューに釘付けになり、中には口の端からヨダレを垂らす子までいた。
「あ、ちょうど良い。こっちでの『食事の作法』を教えあげよう」
『…っ!』
すると、本能のままに食事を食べようとした彼らはハッとして手を引っ込めた。
「…まず、両手を顔の高さでこうやって合わせるんだ」
『……』
彼らは言われた通り俺の真似をした。
「…そして、それが出来たらこの言葉を言うんだ
ー『いただきます』」
『…イ、イタダキマス……』
「…よし、それじゃ食べよう」
『…っ!』
そして、彼らと俺は食事を始めるのだったー。
「ーそれじゃあ、改めて『本題』に入るとしようか」
数十分後。食事を終えた俺と生徒達は、場所を寮の自習ルームに移していた。
『オ願イシマス』
「ああ。…さて、まずは『これ』を渡しておこう」
俺は手元にあるタブレットを彼らに見せる。同時に、ロゼや情報班が一斉に彼らの前にそれを置いて言った。
「ーありがとうございます。
じゃあ、『ここ』を長押しして起動してみよう」
そして、彼女達がルームの後方に控えたタイミングで俺はタブレットの右側面の電源ボタンを指差す。
『ハイッ』
彼らは元気良く返事をして、次々とタブレットを起動させて言った。…予想通り、こういった『誰もが当たり前に』持っているツールも初めて見るようだ。
ー彼らの学習の遅れを解消するには、言語は勿論勉強に必要なツールの使い方を教えるのも必要だ。…まあ、要するに『基礎トレーニングスクール』を開校するのが俺のプランだ。
…いやしかし、許可が降りるの凄く早かったな……。…『プラトー』の賛成意見を添えて申請を出したとはいえ、僅か2時間で……。
『ー初期設定ヲシテ下サイ』
内心で、理事長や政府の決断の速さに驚いているとタブレットから電子音声が聞こえた。どうやら、全員『第1ステップ』を通過したようだ。
「…良し。次は、初期設定だー」
俺が気持ちを切り替えてそう言うと、俺の後ろにエアウィンドウが展開した。
ーその後は基本的な扱い方や、電子ペンでの記入の仕方を教えた。…そしてー。
「ーさあ、これで『第2ステップ』はクリアだ。…では、次はいよいよ『メインフェーズ』と行こうか」
『……っ!』
俺がそう言うと、エアウィンドウに『文字』がずらりと表示された。同時に、生徒達のタブレットにも同様のデータが転送される。
「今、君達のタブレットに転送されたのは銀河連盟の公用文字だ。
今日からしばらくは、『リーディング』…発音を完璧にしていこう。
…では、一番左上の文字をタップしてみてくれ」
『…っ!』
生徒達は言われた通り、母音の一文字目をタップする。すると、タブレットから電子音声が流れた。
「…じゃあ次は、『言語通訳』を一時的に制限した状態で二度目のタップだ。
ー3カウント。3、2、1、『ワードオフ』」
カウントの後、ロゼは彼らの『通訳機』のシステムの一部に制限を掛けた。
『……っ』
そして、再度彼らは文字をタップする。…すると、彼らは少しびっくりしたようだ。
「『ワードオン』。…では、もう一度制限を掛けるので何回かタップしてみよう」
『ハ、ハイッ!』
ーそして、時間は流れていきそろそろ男子のバスタイムとなった。
「ーじゃあ、今日は此処までにしよう。
…あ、それと1つ伝えておかないといけない事がある」
『……?』
「私はあくまで、『職員の方々が復帰』するまでの『代理』に過ぎない。だから、復帰したら私は此処を離れなくてはならないだ。
ああ勿論、『専任スタッフ』に引き継ぐので安心してくれ」
『……っ!』
すると、生徒達は不安そうにした。…まあ、そうなるよな。
「…大丈夫。専任スタッフは私の『先生』だった方だ。だから、当然『私よりも上手』だし『とても丁寧な方』だ。
それに、離れると言っても『此処』を離れるだけだ。…それは、君たちと『離れる』という意味ではない。
第一、私は君たちに『教える』と言ったんだ。だから私は、最後まで責任を持って『教える』所存だ。
…まあ、直接私が教える頻度は少なくなるがそこは勘弁して欲しい」
『……』
話しを教えると、生徒達はぽかんとしていた。…どうやら相当なカルチャーショックだったらしい。
「…では、次は明後日だ
ーさようなら」
『ッ!ア、アリガトウゴザイマシタッ!』
こちらが終わりの挨拶をすると、彼らはガタガタッと立ち上がり頭を下げるのだったー。
○
『ーあ、お疲れのところすみません』
夜の帳が降りきった頃。俺は『ミドルレッグ』から、『アドベンチャーカノープス』内の『レスキューウィング』と通信していた。
「大丈夫ですよ。…それで、どうしましたか?」
『あ、その前に職員の方々の経過を伝えておきますね。
とりあえずは、凡そ3割は-除去ーが完了しました。…すみません、まだまだ時間が掛かりそうです』
ホーク大尉は申し訳なさそうにしているが、俺は首を振る。
「とんでもない。…むしろ、もう3割も除去出来た事に驚いていますよ。
いやはや、やはり貴女達に『トリの治療ルーム』を預けて良かった。…私では、完璧に生かす事は難しかったでしょう」
『…ありがとうございます。
…では、本題に入ります。…まずは、こちらを見て下さいー』
すると、モニターに例の『ナノマシン』らしきデータが表示された。…それを見て、彼女の言いたい事を察した。
「…なんとなく予想はしていましたが、やはり『生体兵器』でしたか」
『はい…。そのデータの通り、ナノマシンのベースには-ナノサイズのパラサイトバグ-の丸ごと使われています。
そしてー』
「ー『既存のパラサイトバグ』ではないのですね?」
『…バーキン中尉が言っていたので、間違いないと思われます』
先読みして言うと、大尉は補佐官であり細菌や微細な危険生物の知識を持つビオラ=バーキン中尉の名前を出した。
「…なるほど。…なかなかに厄介ですね」
…つまりは、今回は無事に解決出来ても俺達が離れたタイミングでまた同じ事が起きた時に、此処の医療設備では適切な治療が出来ないと言う事だ。…となるとー。
『ー…サンプルが欲しいですね。出来れば、もうちょっと』
「…今ある針の分では、足りないようですね……。…つまりは、まだ潜伏している者達に『行動』を起こさせる必要がある訳ですか。
ーなら、ちょうど良い」
『……はい?……っ!?』
首を傾げた大尉は、こちらから聞こえた『アラート』にハッとした。
「…いやー、やはり『食い付いた』ようですね。どうやら『連中』は、相当『焦っている』ようだ」
『警告。不審車両ニ追跡サレテイマス』
ーまあ、ハミルトン先生が狙われた理由を考えると当然俺も『最優先ターゲット』となるだろう。
『…もしかして、-トレーニングスクール-を始めたのは……』
「最初は『そのつもり』でしたが、どうやら彼らは直接の『関わり』はないようでした。
…っと、しばらく通信を閉じます」
『…っ。…お気をつけてー』
そこで通信は終わり、俺は準備を始めるのだったー。