-ポターランに来て二日目の朝。俺は宿泊先の『三ツ星』ホテルの上層フロアにある一室にて、昨日の夜届いた横長の上質なケースを開封する。…おお。
その中には『青と水色のロングバトン』が入っていた。俺は、早速手に取ってみる。
「…っ(話しには聞いていたが、軽っ…)」
しっかりと硬い感触はするのに、まるで羽のような軽さに驚いた。…流石『フェザーウッド』と呼ばれるだけあるな。んで、『これ』は…。
俺は、バトンの両端に巻かれた青いテープのようなモノを指で弾く。
「…っ!(うわ、マジで『スチール素材』みたいな硬さだな)」
そのとても木とは思えない甲高い音に、俺は感心した。…『スチールウッド』。その名の通り『鋼鉄の硬さ』だ。さてと-。
俺は、私服からトレーニングウェアに着替え付属されていた細長い収納ケースにバトンを入れて、それを持って部屋を出た。
そして、『専用』のエレベーターで一気に地下一階まで降り『予約して貰っていた』トレーニングルームに入る。
-しかし、本当に至れり尽くせりだな…。…まあ、おかげで集中して出来るから助かるんだけど。
そんな事を考えながら、ケースを一旦床に降ろし『負荷装置』を起動した。…すると、モニターはカウントダウンを始めそれが終わると同時に身体が重くなった
「…っ(…『久しぶり』だな)」
『久々の感覚』に、俺は慌てずにゆっくりと身体を動かしていきだんだんとスピードを上げていった。そして、ある程度慣れた所でウォーミングアップを始める。
-そして、数十分後。俺は加重空間の中で跳んだり軽く走ったりしていた。…良し。次行こう。
充分に慣れたので、ケースからバトンを取り出し構える。…『ちょうどぴったり』だ。いやはや、相変わらず『スゲー腕』だぜ。
先程まで凄く軽かったバトンは、『愛用』のバトンと体感的に同じ重さになっていた。
『制作を頼んだ職人』の技量に改めて感動しつつ、正面に構えたバトンをゆっくりと回し始める。
それから、先程と同じように回転速度を上げた。…良し、良い感じだ。
それが終わると、バトンを斜め上に掲げて再び回転させる。
-…良し。最後は『いつもの』だな。
数分間、正面と斜め上それから左右に振り回したりした後『日課のラスト』を始めるべくツールと装置のタイマー機能を起動する。
『-GO!』
カウントダウンの後、俺は前方に乱れ突きを放った。
『-STOP!』
…ふう。さて、記録は……うわ、ギリギリじゃないか。
終了と同時に負荷も消え、俺は素早くツールを見た。…その記録はいつもに比べて『ノルマ』ギリギリのラインだった。…これは、なかなか『鍛えがい』があるじゃないか。
俺はやる気をたぎらせトレーニングルームを出た-。
◯
-Side『チャレンジャー』
-大会を目前に控えたファストイボコの中心地は、平日にも関わらず熱気に包まれていた。そんな空気を流れる街中を、イアン=ランスターはいつも通りのクールの表情でランニングする。…ちなみに、姉のアイーシャは朝が弱いのでいまだ夢の中だ。
(…彼も、今頃何処かを走っているのだろうか……。…それとも、『知り合い』の人の所で『トレーニング』をしているのかな)
走りながら、昨日偶然再会したオリバー=ブライトの今日の予定を推察する。…その推察は、驚く程『惜しかった』。
彼は気付いているのだ。彼の『知り合い』は一般人ではないと。…そもそも、一般人が彼の『知り合い』というのに無理がある。
(…思えば、イエロトルボで初めて会ったのは『トラの像』のある記念公園だ。…そして、二度目も同じ場所。
…これから導き出されるのは、『知り合い』というのは『公園管理事務所』の誰かだ)
本人が聞いたら冷や汗を流しそうな推察をする彼は、ふと『ある噂』を思い出す。
(…そういえば、『あそこ』には未確認の噂があったな。
-『トラの像』をあの公園に寄贈したのは、『私達のお祖母様』と今の所長さんの父上殿…『-元市長-』の方と『赤い髪の船乗り』だった
と。…彼は、『祖父の知り合い』と言ってたけどそれが『祖父の知り合いの息子さん』だったらその『船乗り』が、彼の祖父だろう。
では、その船乗りは何者なのだろうか?…もしかすると-)
とある『可能性』が浮かんだちょうどその時、目的の場所にたどり着いだ。
(-…今回の大会で見極めてみるとしよう)
彼は決意を新たにし、ファロークスの本社ビルの隣にある『トレーニングセンター』に入った。
「-いらっしゃいませっ!大会出場者の方ですか?」
「…はい」
すると、早朝にも関わらず元気ハツラツな受付嬢がニコニコしながら来館理由を聞いて来たので、彼は頷きつつエントリーカードを出す。
「ありがとうございます。一旦お預かりしますね-」
彼女は断りを入れ、カードをチェックした。
(…今回は、やたらと『厳しい』な。エントリーの時もチェックインの時も『IDチェック』されたし、此処に至ってはエントリーカードのチェックまである。…やっぱり、『ロストチップ』が賞品だから『裏』が立ち入らないようにしてるのかな?)
「-はい。エントリーカードをお返しします。それでは、中へお進み下さい」
「…ありがとうございます」
考えている内にチェックは終わり、エントリーカードを返して貰ったので彼はお礼を言って奥に進んだ。
-…っ。
二つのドアをくぐり抜けた瞬間、全身に負荷が掛かる。それと同時に肌を突き刺すようなプレッシャーが他方向から飛んできた。
『……』
それは、他の参加者達が彼に視線を向けたからに他ならなかった。しかし、彼は平然とした様子で人が少ない場所に向かいウォーミングアップを始めた。
(…しかし、凄いメンツが揃ってる。『同業者』は僕達と同じ『シルバー』が多数、『ゴールド』もちらほら居る。この分だと『プラチナ』も来ているだろう。
そして、『本業』の人達もソロやチームの有名どころが来ている。…それに-)
彼は中心付近に立つ三人の『ベテラン』を見た。
「-289、290、291-」
一人は、負荷環境の中で腕立て伏せをする壮年の男性。
「…よっ。ほっ。ほっ。ほっ-」
一人は、軽量仕様の『ショックナイフ』をジャグリングする細腕の美魔女な女性。
「………」
一人は、高速で拳や蹴りを繰り出す白髪頭の老人。
-彼らこそ、『秘宝』に最も近いと噂される『大ベテランのハンター』達…通称『BIG3』だ。
(…やっぱり、一番の壁はあの三人だろうな。
でも、今回だけは負けられない)
彼は決意を新たに、大会の為に用意した軽量仕様の非殺傷武装…『ショックグローブ』を手に装着し『ショックシール』をブーツに貼った。
そして、ゆっくりと身体を動かし始めた。
(-…良し。ギアを上げていこう)
数分後、いつものように身体が動くようになったので『型』を始めた。…しかし、直後-。
「-退いた退いたっ!」
『あまり聞きたくない』粗野な声が聞こえたのでそちらを向くと、やはりというか数人のだらしなく伸ばした髪に『調子付いた笑み』を浮かべた『取り巻き女』達が騒ぎ立ていた。
そして、その後ろからケバい格好のゴツい女が入って来た。
(…やっぱり『来た』か)
『……』
他の参加者達も、嫌な顔で彼女を目で追う。
「-あらあら、流石『先輩方』はお早いですねぇ~?」
そして、中心に着いた彼女は三人に声を掛ける。そう、彼女も『最有力候補』の一人だ。…ただし、その称号は『自力』ではなく『ずる賢い手』で手に入れた物だ。
「…少し離れてくれませんか?下品な臭いがするせいで気が散る」
「…それはつまり、私が『年寄り』だと言いたいのかしら?」
「……」
すると、壮年の男性は彼女の香水の臭いに鼻をつまみ美魔女の女性は凍えるような笑みを向け、ご老体はスルーした。
「あーら、ごめんなさい。…じゃあ、お詫びに『この娘達を好きにして』下さいな?」
『どうぞ、お好きにして下さい』
彼女が後ろを向くと控えていた取り巻き達が、上着を脱ぎ扇情的な水着を見せ頭を下げた。
(…相変わらず、『反吐が出る』。どうせ、『潜り混ませる』つもりのくせに)
「「「いい加減にしろ」」」
しかし、三人は絶対零度の声とプレッシャーを放った。
『……っ』
「まあ怖い。…けれど、お詫びが受け入れて貰えないなら『私が勝ち得たチップ』でご勘弁して頂くしかないですね~…」
だが、そのプレッシャーを軽く流した彼女は『全員』に宣戦布告した。
「やれる物なら、やってみせなさい」
「この大会では、貴女の『小賢しい策略』が通じないと思う事ね」
「…醜態を晒す事のないように気を付ける事だな」
「ご忠告ありがとうございます。
-行くわよ」
『はいっ!』
彼女は仰々しいお辞儀をして、取り巻き達に声を掛けて歩き出した。すると、彼女達は迅速に上書きを身に付けその後ろに続いた。
(…はあ、ホントアイツらが来るとロクな事にならないな)
彼は、安堵のため息を吐き改めてトレーニングを始めた-。