「-っ!?失礼…」
船舶免許も無事に取得し、ブラウジス閣下と共に『こだわりの生食材を使ったヘルシー』なランチを食べていると、ディネントさんの元に緊急の連絡が来た。…どうやら、件の海賊が来たようだ。
「大丈夫。既に防衛隊が出動しているしこの星系の『シールド』は他の星系に比べてかなり頑丈に出来ているから何も心配はいらないよ」
彼を目で追っていると、閣下は落ち着いた様子でそう言った。
「そうですか…」
しかし、俺はその言葉を鵜呑みに出来なかった。…何故ならー。
「-…もしかして、何か気掛かりな事でもあるのかな?」
「…はい。敵が使ったとされる謎の武装について考えていました」
「…艦隊を航行不能にしたその兵器については、帝国軍と『友人達』の合同分析チームが調べているが、彼らの頭脳を持ってしても未だに解明できていない。…だが、あくまでブースターを破壊する程度の使い方しか出来ていないのであれば、問題ないのではないかな?」
「…お言葉ですが、閣下は本当に祖父の上官だったのでしょうか?」
余り楽観的な言葉に、気付けばそんな事を口にしていた。
「…どういう意味かな?」
「もし祖父がこの場にいたら、間違いなく閣下は『平和ボケ野郎』と怒鳴られていたでしょう」
「……っ。…まさか、重大な見落としがあるというのかね?」
やや低い声で聞いて来た彼は、ハッとした。
「そもそも、首領が乗る旗艦と主力部隊が掃討されたというのに何故海賊は未だに活動を続けているのでしょうか?
考えられるとすれば、掃討された者達は『囮』だという事です」
「…っ!?」
「なら、残党が未だに活動を続けていても何ら不思議はありません。…だって首領は『謎の武装を積んだ船』でまんまと逃げおおせたのですから」
「…そういえば、報告では残党の船は真新しいモノばかりだったと……。…っ!ちょ、ちょっと待ちたまえ……。
まさか、この星系に来ているのは『本隊』かっ!?」
「でしょうね。…そして、それだけの悪知恵が働く首領もしくはブレーンがいる『本隊』が果たして、『一つの運用方』だけしか思い付いていない事などあり得るのでしょうか?」
「……っ!?」
俺が推測を言い終えた直後、室内の明かりは消え代わりに非常灯が点灯した。
「ほら、言わんこっちゃない」
「…もしかして、敵の武装に心当たりでもあるのかね?」
「-閣下、オリバー様、ご無事ですかっ!」
閣下が問いかけたその時、非常口の方からディネントさん率いる護衛チームがやって来た。
「とりあえず、今は避難を優先しましょう」
「…どうして、君はそこまで落ち着いていられるんだ?」
そそくさと席を立つ俺を見て、閣下は『見当違い』な事を言った。…その発言で俺の頭にある予想が浮かんだ。
「…ああ。閣下は、『明るい祖父』しか知らないんですね。
だから、今の俺を見て『冷静』だなんて言えるんだ」
『…っ』
直後、こちらに近いて来た護衛の何人かが俺を見て息を飲んだ。…流石はプロ。俺が『キレている』のが分かったか。
「…オリバー様、どうか落ち着いて下さい。今は防衛隊と我々に任せて避難を」
「…ふう。分かっていますよ」
ようやく宇宙に羽ばたけるようになった祝いの日をぶち壊しにされてどうしようもなくキレているが、移動手段や武装もない状態なので大人しくディネントさんの言葉に従った。
「…閣下も、お急ぎ下さい。
それと、オリバー様には余り不用意な発言はなさらない方が宜しいかと。…何故なら彼は、『英雄』の孫なのですから」
「…そう言えば、君の母上は同志ヴィクターと共に宇宙を翔けていたのだったね。…分かった、肝に銘じておこう」
閣下は席を立ちながら、真剣な表情で頷くのだった-。
「-…それで、謎の武装は何だと思うのかな?」
護衛チームに護られつつレストランを出て非常用エレベーターに乗った直後、閣下は先程の続きを聞いてきた。
「…一番考えられるのは、『試験段階で封印された-悪魔の抜け道-』と呼ばれた禁忌のシステム…『マルチショートワープシステム』でしょうかね?」
「……な」
『……』
俺の発言に、閣下は勿論同乗した護衛チームも唖然とした。
-『マルチショートワープシステム』…それは元々、暮らしをより良くする為のシステムとしてこの世に生まれる筈だった。
通常、ワープは縦横二直線の軌道でしか移動出来ない。しかし、このシステムは直線以外…例えば斜めの軌道や湾曲した軌道を描く事で、転移先を細かく指定し物や人の転送に大いに役立つと期待されていた。…しかし、皮肉な事に転送ポートサイズに『小型化』する事は出来ずせめて『ショートワープ』…宇宙船の短距離の移動手段に採用される流れになった。
…だが、更なる弱点が明らかになる。このシステムは軌道計算にパワーを割いているせいで肝心の『移動』の出力が確保出来ないのだ。
では、何が『転送』出来るのかと研究が進められた結果、ビーム等のエネルギー体のみ自由な場所に転送出来る事が分かったのだが、…その最中衝撃的な事件が起きた。
実は、この研究は途中から軍事利用…海賊討伐の為に技術転用が試行錯誤されていたのだ。
…その日、試験機を搭載した戦艦は実験を終え本部に帰還している途中だった。だが、『運の良い事』に海賊の船団に出くわし当時戦艦に乗っていた艦長は、躊躇う事なく試験機を稼働させビームを発射。…まあ、ブースターにでも当たれば良いと思っていたのだろう。しかし、当然海賊は対ビーム用バリアを展開しその攻撃は防がれる…筈だった。
だが、なんと『出口』はバリア内に出現し一撃でブースターを破壊したのだ。
その時、戦艦に乗るクル一は勿論同乗していた科学者達も恐怖し、そして心に固く誓った。
『-この兵器は、絶対に世に出してはいけない』と。…もし、この技術が『危険な思想』を持つ者達に流出すれば間違いなく、『非人道目的』で使われ多くの尊い命が星になるだろう。故に、『マルチショートワープシステム』は試験段階で『禁止兵器』の認定を受け、研究データは完全に消去する為電磁パルスを使った廃棄作業が。携わった関係者は、制約書にサインの上10年保護…いや監視が続けられる事になった。
-そんな、『悪魔の抜け道』と呼ばれた危険な兵器が実用化と量産化されているのだから、彼らの反応は当然といえよう。
「…ば、馬鹿な事を言うものではない。…君も過去のニュース等で知っているように、徹底した事後処理が行われたんだぞ?なのに、どうして…?」
「なら、『この状況』はどう説明するんですか?『それ』によって敵が侵入してきたから、『非常事態用の防衛システム』が起動しているんでしょう?
…それに、データを消去し人の口にロックを掛けても『狂気的な探求心』を持つ人間がいる限り『生まれて』しまうんですよ」
「…まさか、極僅かな情報だけで完成させた人間がいるのか?」
「…ええ。しかも、ほぼ確実にその『マッドサイエンスティスト』はどこぞの『危険な勢力』に援助してもらっているでしょうね」
「……君の言う通り、どうやら私は…いや『我々帝国』は『平和ボケ』していたようだ。
…ちなみにだが-」
閣下は、深刻な表情でそう呟いた。そして、俺に何かを聞こうとした時。…エレベーターは、指定した階のかなり前でストップした。
「…まさか、もう此処まで来たのか?」
『……』
「…仕方ありません。目的の階までは階段ー」
ディネントさんがそう言い掛けた直後、エレベーターホールの前に伸びる通路の奥から複数のビームガンの音が聞こえた。…これは中々にマズイ状況だ。
「…急ぎましょう」
彼は極めて冷静な声で言い、すぐ近くの非常階段のドアを開けた。…次の瞬間、通路から耳をつんざく爆発音が聞こえたかと思ったら激しい炎の波が俺達を飲み込んだ-。